小倉昌男「小倉昌男経営学」日経BP社



時節柄、追悼の記事がそこかしこに掲載される。日経ビジネス2005年7月11日号の記事は、この本の執筆を依頼したときの模様を描くものであって、ほかでは真似できないものの、話自体は別に追悼で取り上げなくても、というような退屈なものだ

週刊東洋経済の記事のほうが沁みる。「偉い人だからホテルに帰られるのかと思ったら、私たちと同じ研修施設に泊まった。ベッドと机があるだけの簡単な部屋だった。共同浴場にも入った。皆に『やあやあ』と声をかけるわけでもなく、無理して溶け込もうとするわけでもなく、ごく普通の一員として参加していた。ああ、こうして一緒にいてくれるんだと、皆が心にしみ通るものを感じた/あのころは、霞ヶ関に火をつけてやろうかと思った/福祉事業は障害がある人に対する同情だけで行ってはならない。彼らだって立派に稼ぎ、自立できるのだということを立証しなければならない/最近、お前、ぼけてきたなと友人から言われるんだ。アルツハイマーになったときのことを切実に考えるね。人間は母親の胎内の真っ暗闇から出てきてびっくりしてオギャーと叫ぶ。死ぬってことは、またその闇に戻っていくことなんだよね。来世は信じているよ。そうでないと寂しいじゃないか」(週刊東洋経済2005.7.16)

日経新聞でも大きく取り上げられた。初報の評伝、「初日11個、志貫く/生涯で2つ、国民生活にかかわりの深い”常識”を打ち破っている/権力をかさに着る官僚を侍に見立て『二本差しが怖くて、おでんが食えるか』と江戸の町人気質を発揮/『この豊かな日本で絶対にゆるせない』と憤り、福祉施設の経営改革に乗り出した。」(日経平成17年7月1日朝刊13面)

翌日の春秋。社会人は全員読め。「旧運輸省と衝突。『運輸省の役人は小学5年生以下だ』と、こき下ろした。『小学生も5年生ぐらいになると、うちの配送センターなどを見学してくれる。役人は来やしない』。現場を知らないで、お上意識で規制する官僚に腹の虫が治まらなかったのだ。/会社を引退した直後、幹部が気を利かせて業績の説明にやってきた。「ヤマトとはもう関係ないから来なくていいよ」と帰らせたそうだ。人柄はいたって気さく。義太夫や小唄などの稽古に精を出し、おさらいの会にいそいそと出かけた。その人生は自分を偽ることなく、あるがままに生きた80年だった。」(日経平成17年7月2日朝刊1面)

本著は、著者の経営とそれへの姿勢を平易かつ端的に説明している。これで2,000円しないのは安過ぎる

著者に異端児的な特殊なイメージがあるかもしれない。が本質は至極真っ当。宅配というシステム作りに関する経験がふんだんに紹介されている。考え、実行し、管理し、改善する。宅急便に関するアイデアは数年も練り続けてきたものだった。派生して、スキー、ゴルフ、クール、コレクト、ブックへと展開されていく

最初の三越との取引の中止に関する説明も直接的で著者らしい。このような古くからの取引先を情緒的な問題もあり難しい判断ではあったのだろうが、それができるという自由を得た著者とその原因となった宅急便の成功から本書が始まるところが印象的

内容もよく構成されている。各章が20ページ前後でまとめられているのに気づく。なんとクールな。講読にうってつけ

この本の表紙にもある親ネコが子ネコを運ぶマーク。外出するとそこかしこに見るこのマーク。このシステムを最初に作り上げた著者に素直に尊敬する。著者に関するその後のパン屋の件がなくても充分に偉人

フェデックス、UPS、DHLなど、クーリエ・サービスでブランドを確立しているところがある。日本ではこの親子のネコのマークがそれだ

個人的な感傷として、宅急便を扱っているコンビニを極力利用したい。私がどこで買い物をしようが誰も気にしない


>p2.共同作業所の運営当事者の方々は、障害者福祉に情熱を持つ一方で、経営については何も知らないので、月額報酬が1万円にしかならない

P15.岡田社長のやりかたは許せなかったし、パートナーとして一緒に仕事をするのまもはやまっぴらであった

p16.宅急便が業務の新しい柱になる見込みがあったからこそ、最大の顧客であった三越からの撤退という重大な決断を、躊躇なくおこなうことができた

p26.関連会社への出向が役に立った。小さな会社だっただけに、労務管理から現場の作業にまで目をくばらなければならない

p33.他社はが大口貨物も運ぶ陰で利益率の高い小口貨物を大量に運んでいたのがぜんぜん見えなかった

p35.良い循環を起こす基本的な条件は「よく働くこと」

p36.巧みな宣伝。「ア」ート引越しセンター。0123。1週間以上経ったビールを川に流した樋口廣太郎氏

p37.数々のセミナーや講演を聴いて得たものは、経営とは自分の頭で考えるもの、その考えるという姿勢が大切であるということだった

p52.業界の若手経営者に呼びかけて勉強会を設立し、会報を出し、研究集会を開催して著名な講師による講演と討論を行った

p56.篠田雄次郎教授はコミュニケーションの重要性を強調。社長の持っている情報と同じ情報を従業員に与えれば、従業員は社長と同じように考え、行動するはず。このように従業員が自発的に行動するのがパートナーシップ経営。ただ、全従業員に同時、等量に情報を与える必要がある

p65.私には縮小均衡を永続すれば企業の存在が否定されることになる、という持論があった

p73.吉野家はメニューを牛丼に絞ったことにより、肉の仕入れも安く、あつあつの丼を、素人のアルバイトで出すことができる

P80.平成11年3月末時点で全国の宅急便の取次店数は297,000。全国の郵便ポストの数は約160,000。

p84.集配郵便局、公立中学校なども参考に、センターの目標は全国の警察署の数、1,200ヶ所とした

p88.そのUPSの集配車がニューヨークの十字路の回りに4台停まっている。それを見て、私は、はっと閃いた

p90.銀座は荷物の多い地域だが、銀座1丁目から8丁目まで、あの狭い地域に全部で21台の車両が配属され、毎日走り回っている

p95.役員が全員反対し、社内の会議でもはかばかしい反応が得られない中、意外なところから声が上がった。社長がそんなにしつこく言うなら本気で考えてみようか-。こんなことを言い出したのは、なんと、労働組合の幹部たちであった

p106.商品で大事なのは、ネーミングである。ネーミングは商品の売れ行きを左右するほど重要なものである

p107.破損などの不安がある荷物は、荷受けしないのではなく、荷受けのときにヤマト運輸の社員が必要な補強をすることにした。主婦は荷作りをやかましく言うとその運送会社を敬遠するからである

p110.大体、不特定多数の客を相手にする商売で、商品の価格を明示していないのは、まことにおかしなことである。たとえば寿司屋でメニューに時価とあれば注文を躊躇する人もあるだろう。運送の場合、しょっちゅう利用するものではないから、相場を知っている人はいない

p113.荷物は、たった1個でも家庭へ集荷に行くことを原則とした。これは郵便局が集荷を一切しないのに対し、サービスの違いを打ち出すために声を大にして宣伝することにした

p117.調査の結果、留守宅が多い事実にぶつかり、「在宅時配達」を展開し、ライバル郵便小包と決定的に差をつけた

p118.翌日相手方に荷物を送ったと電話したところ、さっき着いたと言われてびっくりしたという話が伝わってきた。受け取ったお客様もびっくりし、今度は自分も宅急便を使ってみようと思ったというのだ。いわゆる口コミである

p119.具体的に「翌日着きます」と言わないと、インパクトが感じられない

p122.どこの県にも過疎地があり、配達など1日くらい遅れても構わないだろうと言う人がいる。日本中の運送業者は皆そう思っている。荷主もそう思っている人が多い。運輸省もそう思っている。だが、私はそうは思わない

p141.最近は人の働きを機械に置き換える傾向が強いが、人でなければできないことや、人でやるほうが良いものはたくさんある。企業の生産性を高め、能力を発揮するのが、人の働きの最大のメリットであり、それが人の問題の中心でなければならない

p144.「安全第一、能率第二」という標語を工場内に掲げた。時間が経つにつれて安全の成績は徐々に上がったが、能率は決して落ちなかったという

p147.私は訴訟や新聞広告という手段で正面から行政と戦い、世論の支持も受けて要求を通した。民間企業は、無用な規制に安易に屈してはならないのである

p148.集荷に行っても配達に行っても、家庭の主婦から必ず「ありがとう」「ご苦労様」という言葉をかけられる。これまで聞いたことのない感謝の言葉を聞いて、現場を回るドライバーたちは感激してしまった

p151.松下電器の担当者はさぞびっくりしたことであろう。毎日のように新規の取引を希望する運送業者が来訪する中で、取引を辞退する業者が現れたのである

p153.成功した理由の1つは、宅急便のコマーシャルにあると思ったらしい。そこで35社がそれぞれに動物のマークを作り、宣伝を始めた

p153.当時の社長が「母猫が子猫を運ぶように荷物をやさしく確実に運びます」というマークのメッセージに共感、提携先のアライド・ヴァン・ラインズ社から使用許可を得て図案化した

p162.運輸省は慌てたと思う。路線延長の申請を5年も放っておいた理由など、裁判所で説明できるわけはないからだ

p163.宅急便の全国展開に社運を賭けていた。それなのに、既存業者の反対を抑えてくれれば何時でも免許をやる、とうそぶいていた運輸官僚のことを思い出すと、未だに怒りが収まらない

p170.過疎地を含めて地方にサービスエリアを広げたことは、宅急便は全国どこへでも行きます、という競争上の強みになり、販売促進に大きな効果をあげたのである

p173.「全員経営」とは、全社員が同じ経営目的に向かい、同じ目標を持つが、目標を達成するための方策は社員一人ひとりが自分で考えて実行する、つまり社員の自律的な行動に期待するのである。社員に目標は与えるが、会社側はやり方について命令したり指図したりせず、社員がその成果に責任をもって行動する、というものである

p175.疑問に思うのは、労働基準法は労働の長さのみを問題にしていて、労働の質とか密度を問題にしていないことである

p178.SDの仕事は昔からいるドライバーたちから拒否された。そこでSDには、新しく入社してきた人材を多く登用した。問屋の店員だった人などはうってつけだった。一方、同業である他のトラック運送会社の運転手だった人は、原則的にお断りした。なぜかというと、運転以外の仕事をやりたがらないし、基本的に全員経営の理念に対する理解が乏しい人が多かったからだ

p181.組織図の書き方も変えた。宅急便ではサッカーチームのメンバー表のように、一番上にフォワードであるSDの名前を連ねて書き、一番下のゴールキーパーのところに支店長の名前を書くように変えた

p198.管理職は現場をあまり見ていないし、また都合の良い報告はするけれど悪い報告は社長にしない、社長は孤独である、その孤独とそこから派生する弊害を補ってくれるのが、労働組合なのである

p204.組合幹部が会社で一番早く人事情報を知るように、役員会の人事案件が決議された後にトイレと称して隣の応接室で組合幹部に直接説明した

p212.ヤマト労組は、運動方針から規制緩和反対の項目を削除するように求めたのである。さらに平成8年の総選挙の際には、郵便事業の民営化と民間参入に賛成した細川護煕元首相や、自民党の小泉純一郎氏などの候補者を、組織をあげて応援したのである

p221.トヨタ自動車には大変苦労をかけたので、その後ウォークスルー車は独占的に納入してもらうことにしたのである。完成車を見た他のメーカーは、異口同音にこんな車ならうちでもできると言ってきたが、後の祭りであった

p225.システムは、ハードとソフトとヒューマンを結合して組み立てるものだが、特にヒューマンの部分が大事だと思う。ヒューマンの部分が適当に組み合わされることによって、システムはより良いものになるのである

p228.宅急便の業態化を押し進める各システムの構築は、ウォークスルー車においても、自動仕分け装置でも、情報システムでも、専門家の力を借りてきたものの、基本的にすべてヤマト運輸の社員が考え、作り上げ、手直ししてきた。業態というものは、人に教えてもらうものではなく、すべて自分に合ったものを手作りしていかなければならないものである

p232.心配された苦情はほとんどなく、迅速に誠意ある措置をとったことが好感を呼び、次年度のスキー宅急便は、前年以上の利用を得た、金には代えられない信用を得ることがどんなに大事か、社員の心にしっかりと根づいたことは本当に嬉しいことであった

p235.そこで、ゴルフバックを扱う宅急便の会社が連絡を取り合って、往復サービスを始めることになった。各社が自らの損得を抜きにして、利用者の利便を優先して考えたことは、あっぱれと言うべきである

p251.証券会社の仲介で個人投資家の資金を導入した。問題だったのは、ヤマト運輸の株式のなんと4割を持たせたことであった。後を継いだ私はその是正に、その後26年間苦労させられたのである

p257.日銭が入ることが、財務体質の改善にどんなに貢献したか、はかりしれない

p270.人事考課に関する私の結論は、上司の目は頼りにならないということであった。そこで考えたのは、「下からの評価」と、「横からの評価」。そして評価項目は実績ではない。”人柄”だ

p271.経営者には「論理的思考」と「高い倫理観」が不可欠だと考えている

p273.5年後に宅急便が黒字を出すと、今度はその理由も考えずにいきなり35社も新規参入してくるありさまである、だから今は1社のみ残し、すべて撤退してしまっている。要するに、自分の頭で考えないで他人の真似をするのが、経営者として一番危険な人なのである。論理の反対は情緒である。情緒的にものを考える人は経営者には向かない

p276.何でも第一を唱えて部下を叱咤激励する経営者は、戦術的志向しかできない人である

p277.東京-北海道間の航空事業が新規参入で運賃が半額に。しかし問題は、新規参入者が現れる前から起こっていたのだ。ただ単に、既存3社が気がつかなかっただけなのである。どういうことかというと、実は、旅行者は以前から運賃の高い北海道を敬遠して、安いグアム、韓国、香港などに逃げていたのである

p278.むかし老齢で有名だった経営者が、自分を超える者が出てきたら何時でもバトンタッチすると称していたと聞くが、後継者を育てる努力もせず、後継者の進路の邪魔をしていながらそれに気がつかないとは、全くナンセンスであった。どんな人にも自惚れがある。まだやれると思っていても、余力を残して引退するのが経営者の心構えである

p281.霞ヶ関には無謬性という言葉があるそうだが、その思い上がった精神構造は理解することができない。煎じ詰めていくと、世間知らずの役人の言うことを聞く経営者が悪い、ということになるのだ

p282.年に1回の株主総会が、たとえ5時間かかろうと1日かかろうと、受けて立つ気力がないなら経営者をやめたほうがよいと思っている。総会で株主の質問に答えることは、経営者の最高の責任ではないか。会社のためと称して総会屋に金を渡した社員がいたら、正に君側の奸である

p285.成功している有名な経営者は、「ねあか」の人が多い。経営者は、常にプラス思考をする必要があると思う。「ねあか」の経営者が成功しているのは、決して偶然ではない

p286.つまらないことのようだが、経営者にとって必要なことは、身銭を切ることだと思う



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