チャールズ・R・ジェンキンス「告白」角川書店

公開日: : 最終更新日:2012/03/19 書評(書籍), 有罪判決



何せ、本人が書いたのだから真実味を帯びている。この件にはテレビ報道でしか理解していない。しかし、同時期に生きる人間として当時の報道を思い起こしながら本著を読み進めていくことができるのは、極めて興味深い

マスコミ報道に対して、真実は違うとか、解釈が異なると反論をしている部分がある。それらは説得力ある方法でなされており、理解が深まった

数奇な運命というほかない

潔い。自分が脱走兵であり、その点については裁きを受けなければならないことについては、再三にわたって述べている。それ以外においては本人も被害者であるというストーリーだ。どの報道よりもスッキリした

この本の印税により親族に会うための渡米の費用を工面できるという。将来はガソリンスタンドの店員でもいいという。この辺の区切りをつける能力に共感

思い知らされたのが、この本の主たる舞台となる国が如何に原始的かということ。まずは、娯楽が喫煙。著者とその妻の出会いの場面では2人とも緊張から何十本もタバコを吸う。市場では、国内産のものは百本単位で、外国産のものはカートン単位で、物々交換の材料になる。そしてインドネシアへ向かう全日空機には、北朝鮮の外交団が喫煙するためのスペースも設けられたという。もう一つは接待と贈り物の習慣。折に触れてパーティを開いて上司をもてなす。また贈り物の交換もある。忘れられないのが、やはりインドネシアの場面で著者が飲み残しの洋酒とタバコと全日空からもらった飛行機の模型を北朝鮮の代表団に贈るところ



p60.最近私は、洗脳を受けたと思うかとか、すり込まれたプロパガンダを払拭するのにどれはどかかったか、などと人によく聞かれる。しかし正直に言える―私は一度も洗脳されたことはないし、北朝鮮側が無理矢理詰め込もうとしたでっちあげの歴史や経済学や社会理論や金日成崇拝を、私たち4人の米国人は1人として受け入れたことはない。なぜかは自分でもよくわからないが、おそらく外側から見たのと同じように、私たちにとってもどれも高圧的でばかばかしく思えたのは確かだ。劇映画で見るような手の込んだ「洗脳」やマインドコントロールのテクニックを使われたことはない(現実にそういうものに効果があるかも疑問だが)。私たちはただ学習と暗記をさせられ、延々と自己批判をさせられただけだ。結局のところ、終わりの見えない苦役は逆効果で、彼らが吹き込もうとしている内容を私たちは受け入れるどころか、ますます拒むようになっていったのだ。北朝鮮に生まれ、特にこうした教育を受けて育ったならば、連中が言うことのすべて(少なくとも大半)を信じることもできるかもしれない。しかし外の世界を見ながら育った私たちにとっては、すべてはうそだとわかっていた。だから彼らが本当だと言い続けたからといって、私たちが信じるはずはなかったのだ。

p88.何十人、いや、何百人もの人間を殺してやりたかった。こうした憎悪の念は波のように押し寄せてきて私を圧倒した。耐えがたい頭痛のように。あるいは寝ているときに誰かが胸の上に座っているように重苦しい感じがした。そう、何か巨大なものに押しつぶされ、粉々に砕かれそうな苦しさだ…人の気持ちは年を経るに連れて、大概のものが理解可能になってくる。小さいとき、若いときに理解不可能だった人間の行動が、その人と同じ年齢や境遇に置かれることで、ようやく理解可能になることがある。そういうことをここ10年くらいで強く感じるようになった。小さなことでは、ある年になると男は下腹が出てくるものだ、とか。すごく卑近な例だが。もっと真剣に考えていることで

p95.それから数年間、私の「仕事」は基本的にはイデオロギーを学習することだった。それ以外にはボイス・オブ・アメリカや在日米軍による米軍向け放送やNHKなど、英語のラジオ放送を幹部たちのために朝鮮語に翻訳することだった。この仕事を私は喜んで引き受けた。まともなニュースを聴くと、まだ自分が本当の世界につながっていると感じることができた。その上、よりバランスの取れたニュースが伝わることは、たとえ相手が北朝鮮のエリートたちに限られるとはいえ、悪いことではないはずだった。北朝鮮という国自体がうその塊だということに、たとえ一人でも幹部が気づいてくれるなら、それはよいことに違いなかった。

p99.さまざまな国から多くの人が拉致されたり、だまされたりして、意思に反して北朝鮮で囚われの身となっている。それは間違いないと思う。香港や東南アジアから誘拐されてきたことがほぼ確実な人々もたくさん見かけた。また、私が北朝鮮で知り合いになったり、見かけたりした多くのヨーロッパや中東出身の人たちも、北朝鮮側が意図的に作り上げた何らかの障害のため、出国したくてもできずにいた。しかし、どうして各国は拉致されたり拘束されたりしている自国民を奪還しようとしないのだろうか?なぜ、正当な権利として主張して、重大な外交問題として北朝鮮に突きつけないのだろうか?それをしてきたのが日本だけだということが、私には不思議でならない。日本がやったように、各国はもっとしっかり調査をし、立場をはっきり主張すべきだ。そうしないのは悲劇的なことだと思う。日本だけが孤軍奮闘すべき問題ではないのだ。北朝鮮には世界じゅうから拉致されてきた人たちがいると、払は確信している

p228.私に対する判決は日米政府間の高レベルの政治交渉の結果だと言う人もいる。それも、内情を知るはずもない人がそんなことを平気で言うのだ。しかしこれほど真実とかけ離れたでたらめはない。私の一件が円満に解決されることは両国政府にとっても望ましいことで、外交的に、あるいは非公式に、その点お互いに同意していたことはあり得る。高レベルで私のことが話題にされたこともあったかもしれない。しかし米国側はブッシュ大統領まで含めて、私が正規の法的手続きを逃れることはあり得ないとずっと明言していた。そして実際にその立場を貫いたことに私は感謝している。正規の手続きを経た上で判決を受けたおかげで、いったん決まったことに米軍の外部から圧力をかけられたり手出しをされたりすることはなくなった。米国政府は、私や日本政府と例外的な取り決めなどはしなかった。それを私はありがたく思っている。私は判決どおりの禁固刑を受けた。そして今、私はようやく米国陸軍と和解ができたと言うことができる。もちろん、ここへ来るまで日本政府からは計り知れない支援を受けた―私たちを北朝鮮から連れ出し、無事に日本に迎えてくれたのだから。しかしその日本政府でも、最後は米軍の裁判制度を尊重しなければならなかった。私なりの言い方をすれば、日本政府は私を北朝鮮からはるばるキャンプ座間の正門まで連れてきてくれたのだ。そしてその恩を私は永久に忘れない。しかしキャンプ座間の門をくぐってからは、私はカルプ大尉ただ一人に助けられながら、自分で問題に立ち向かわなければならなかった

p229.9月11日、病院に車が迎えに来て、私はキャンプ座間に向かった。大勢の取材陣とテレビカメラが待ちかまえる中、私は車を降り、憲兵隊長のポール・ニガラ中佐の前に進み出た。できる限りきちんとした敬礼をし、「チャールズ・ロバート・ジェンキンス軍曹です、出頭しました」と言った。これで私は、米国陸軍に復帰した脱走兵の中で、最長の脱走期間を記録したことになる。裁判が始まるまで、現役の軍人として仕事が与えられた

p243.米国社会を見て驚いたもうひとつのことは、市民が互いに融和して、白人も黒人もお互い対等な関係にあることだった。この40年の間に、この点では米国南部も大きく進歩したことは明らかだった。

p218.斎木氏も現れ、私に向かって叫んでいた―「そこに座りなさい。今晩部屋でおとなしくしていなかったら、すぐに米国当局に引き渡しますよ!」。「勝手にしろ。ここでは米国側も手出しをできないはずだ!」と私は言い返した。しかし少し落ち着きを取り戻してから、「わかった。バーに行くのはやめる」と伝えた。今なら、日本人のスタッフはやるべきことをやっていただけだと理解できる。その時の最大の懸案は私の自由でも安全でもなく、マスコミから好ましくない見方をされることだった。思っていた以上にマスコミは私を注視していた。だから日本政府関係者も護衛たちも、私のためを思っていただけだった。北朝鮮に40年もいたため、マスコミのやり方というものを私はほとんど知らなかった。今でもマスコミヘの対応は苦手で、目本に暮らしていて気苦労が一番多い部分でもある。ホテルでのいざこざのうわさが漏れ伝わったことは知っている。そしてそれが私にとって決してプラスにならなかったことも。しかし、日本の代表団は寛大にも翌朝は全くこの件には触れず、その後も話題にしなかった。



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