カズオ・イシグロ「日の名残り」ハヤカワepi文庫

公開日: : 最終更新日:2011/09/03 書評(書籍)

外国を舞台に外国人が活躍する小説には、登場人物の名前を覚えることから始まる、一定の負担がある。しかし今回は、まず登場人物が少ないこともあり、それほど負担なく読み進められた。所要時間は半日ほど エリート政治と民主主義。執事とその主人。古きイギリスと新しいアメリカ。こういった対立軸で人の持つ価値観を描き出す 執事と女中頭の恋愛小説とは言えない。この本に、ろくな展開はない。執事は女中頭の行為がわからないほど、愚鈍なのか。いや、「井の中の蛙」的な環境下、人情の機微に触れるのも仕事の一つと思えるので、そうでもなさそうだ。どうも執事、召使、女中という商売にはいわゆる社内恋愛や社内結婚はすべきではない、という暗黙のルールがあるというのが、我らが主人公の執事殿の美学なのだろう。彼は「品格」という言葉を掘り下げて曰く、いい執事には「品格」があり、これは分析することができ、後天的に獲得することのできる美徳であると解く。彼によれば、そのような「品格」の発揮においては、女中頭との恋愛沙汰はタブーとされるのだろうか この本はお笑いなのか。主人公が堅苦しく、ふがいない。失笑する場面、多数。自分を勝手に狭く定義し、その中で一人合点の美学に酔う主人公。社会に対する極めて狭い視野 でも、面白かった。なんかイギリスの有名な文学賞を受賞したそうで、あまりこういう文学作品を読まない私としては、ベンチマークにさせていただきたい 最後の部分は印象的。夕日が一番いい時間。これが日の名残り。最後に出会った老人も、主人公の執事も、元女中頭も、イギリスという国も あと、この主人公氏は、なんでこういう口調なのだ p27.そんなことを考え合わせますと、ファラディ様が冗談には冗談で応じてもらいたいと望み、それをしない私を職務怠慢と考えておられるというのは、ありえないことではありません。それを私は懸念しているのですが、といって、はたして私にできることかどうか…。冗談の言い合いなど、とても私が熱意をもって遂行できる任務とは思えません p61.品格の有無を決定するものは、みずからの職業的あり方を貫き、それに堪える能力だと言えるのではありますまいか p161.とはいえ、あの夜、私にのしかかっていた重圧の大きさを考えるなら、もしかしたら私にも、あのミスター・マーシャルや、さらには父にも匹敵する「品格」をかいま見せた瞬間が―少しは―あったと申し上げても、あるいは自分自身を不当にあざむことにはならないのかもしれません。さよう、なぜ否定する必要がありましょうか。悲しい思い出にもかかわらず、今日、私はあの夜を振り返るたびに、いつも大きな誇らしさを感じるのです p165.私どもは、先のどの世代も見過ごしてきたある事実に、初めて気づいた世代ではありますまいか。それは、世界でもっとも重要な決定は公の会議室で下されるものではない、という事実です。あるいは公衆や報道機関の注視する中、数日間の国際会議で下されるものではない、という事実です。私どもにとりまして、議論も決定も、およそ重要な事柄はすべて、この国の大きなお屋敷の密室の静けさの中で決まるものでした p166.職業的野心を少しでももつ執事なら、誰でも車輪の中心を望み、そこへできるだけ近づきたいと願ったでしょう。繰り返しますが、私どもは理想主義的な世代であり、執事としてどれだけの技量があるかとともに、その技量をどのような目的に発揮したかを問わずにはいられない世代です。誰もが、よりよい世界の創造に微力を尽くしたいと願い、職業人としてそれが最も確実にできる方法は、この文明を担っておられる当代の偉大な紳士にお仕えすることだと考えたのです p176.ファラディ様の知識の該博さには、正直に申し上げて驚かされました。ときおり不適切な感嘆詞を交えながらのお話ではありましたが、イギリスの生活様式に深い関心をお持ちであることがよくわかりました p185.さよう、私はこの新技術を自分のものとし、ファラディ様がどのようなジョークをとばされても、自信をもってそれに受け答えできるようになりたいものと思い、多少の努力を続けてきておりました p193.ですから、あの夜、銀器の磨きぐあいがハリファックス卿とリッベントロップ様の会談に、小さいながら無視できない貢献をしたと申し上げても、あながち私の独り善がりではないことがおわかりいただけましょう p238.こう申し上げますと、私が反省しているような印象をもたれるかもしれません。あの夜、たかが恋愛小説のことであのような態度をとったのは行き過ぎだった、と。そうではありません。あれには、重要な原則的問題がからんでいたことをご理解いただかねばなりません p270.「まあ、私は私なりに義務を果たしているつもりですよ。なんたってイギリスは民主主義国だし、この村だって、その民主主義を守るために大きな犠牲を払ってきたんだからね。だから、そうやって獲得した権利を行使するのが、私ども全員の義務だと思うんです。この村の若者が何人も戦場で命を亡くしたのは、それは残った私どもにその権利を与えてくれるためでしたね、だから、残った者が自分の役割を果たさないでいたら、あの若者たちに申し訳がたちません p280.一般庶民にそのようなことを期待するのは、とても無理というものです。さらには、望ましいことでもないように―私には―思われます。一般人が知り、理解できることには、たしかに限界があるのです。そのことを無視して、誰もが国家の大問題について「強い意見」をもち、発言すべきだと主張するのは、とても賢明とは思われません p283.「それなのに」とスペンサー様はつづけられました。「われわれは国の意思決定を、この執事殿や、その数百万人のお仲間に委ねようと言い張っている。この議会政治という重荷を背負っているかぎり、さまざまな困難に少しも解決策を見出せないのは当たり前のことではないか。母親の会に戦争の指揮をとってくれと頼んだほうがまだましだ」 p290.私どもが世界の大問題を理解できる立場に立つことは、絶対にありえないのです。とすれば、私どもがたどりうる最善の道は、賢く高潔であるとみずからが判断した雇主に全幅の信頼を寄せ、能力のかぎりその雇主に尽くすことではありますまいか p350.「なあ、あんた、わしはあんたの言うことが全部理解できているかどうかわからん。だが、わしに言わせれば、あんたの態度は間違っとるよ。いいかい、いつも後ろを振り向いていちゃいかんのだ。後ろばかり向いているから、気が滅入るんだよ。何だって?昔ほどうまく仕事ができない?みんな同じさ。いつかは休むときが来るんだよ。わしを見てごらん。隠退してから、楽しくて仕方がない。そりゃ、あんたもわしも、必ずしももう若いとは言えんが、それでも前を向きつづけなくちゃいかん」そして、そのときだったと存じます。男がこう言ったのは―「人生、楽しまなくっちゃ。夕方が一日でいちばんいい時間なんだ。脚を伸ばして、のんびりするのさ。夕方がいちばんいい。わしはそう思う。みんなにも尋ねてごらんよ。夕方が一日でいちばんいい時間だって言うよ」 p353.主人が執事に望む任務としても、ジョークは決して不合理なものではないように思えてまいりました。もちろん、私はジョークの技術を開発するために、これまでにも相当な時間を費やしてきておりますが、心のどこかで、もうひとつ熱意が欠けていたのかもしれません。明日ダーリントン・ホールに帰りつきましたら、私は決意を新たにしてジョークの練習に取り組んでみることにいたしましょう。ファラディ様は、まだ一週間はもどられません。まだ多少の練習時間がございます。お帰りになったファラディ様を、私は立派なジョークでびっくりさせて差し上げることができるやもしれません p357.(訳者あとがき)書評のページに、カズオ・イシグロが『日の名残り』でブッカー賞をとったという記事があった。本の内容も紹介されていて、それを読みながら、ああ、私もバットマンだけじゃなくて、いつかはこんな本を訳してみたいものだと思った。そういう翻訳家になれますようにと願った。そして帰国すると、どうだろう、一週間後にほんとうに『日の名残り』の翻訳依頼が来た 20051125232000
日の名残り
posted with 簡単リンクくん at 2005.11.25
カズオ・イシグロ著 / 土屋 政雄訳
早川書房 (2001.5)
通常2-3日以内に発送します。

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