森岡孝二「働きすぎの時代」岩波新書

公開日: : 最終更新日:2011/09/13 書評(書籍)



岩波新書を読んだのは久しぶりな気がする。この本は、タイトルのような問題意識を持つ者にとっての勉強の取っ掛かりになるような本だ。分析には興味深く、ポンと手を打ちたくなるような解説も見られる。しかし、内容に斑や偏向があるように感じられる。主張に対しては、「そのような意見もある」程度に見ておいたほうが良さそうだ

最後の、労働者や会社や組合や国家が行うべきことのリストについては、少し呆れた。このくらいのことはみんな考えているのではないかという感じ。ここだけ読んで退屈に感じるのであれば、そういう人に感じられるような、深い洞察、というものは、この本にはなさそうだ



p34.アメリカの猛烈企業はまるで日本の企業社会であることが、カリフォルニア大学バークレー校教授イブラヒム・ワードの評論にある。「新興宗教の場合と同じく、研修セミナー、修養会、全体ミーティングといった恒常的な教化を通じて、仲間内の価値観が注入され、威勢のよい掛け声が浸透し、批判精神が弱められていく。会社の社訓(使命、目的)が教理問答のように復唱され、スポーツや軍隊を思わせる歌やスローガンが熱っぽく叫ばれる。会社のロゴを身に付けるといった服装に至るまで、あらゆるものが会社への献身を示している」

p53.労働を軽減し労働時間を短くするはずの技術が実は労働量を増やし労働時間を長くするという事態は今になって初めて生じたことではない。18世紀後半から19世紀前半のイギリスなどにおける産業革命では、今わたしたちが目撃していることとある意味で似たことが起こった

p57.バーバラ・ガーソンが「電子搾取工場」で最初に取り上げているのは、マクドナルドである。時給の低いアルバイト仕事であるために、長く働き続ける者はほとんどいない。マクドナルドで働いて辞めていったアメリカ人は80万人―全労働力の7%―にのぼる

p59.アメリカで「インディペンデント・コントラクター」と呼ばれる個人請負労働者は、自己の専門能力を生かした自由な働き方としてもてはやされている面がある。しかし、専門的な技能や知識によって高給を取っている人は少数であり、むしろ働き方や支払いからみると、個人請負労働者は低賃金労働者であることが多い。しかも、より重要なことに、実態は「雇用契約」であるにもかかわらず、労働基準に遵守、付加給付の支給、最低賃金の保障といった雇用主の法的義務を免れるために、契約上「個人請負」のかたちで働かせる「偽装雇用」が多いといわれている

p70.ネットプロバイダー最大手のアメリカ・オンライン社は、社員に祝日前後の3連休だけは、「Eメール・フリー」の指示を出し、Eメールをチェックしなくてよいと知らせている。ということは、他の週末には仕事関連のメールがあるのが普通であり、社員は当然それをチェックしなければならないということである

p75.事務労働者のなかでも、コンピュータの普及の影響を誰よりも強くこうむったのは「ピンク・カラー」(女性の仕事とされてきた職種と職域)の労働者たちである。彼女たちの仕事は自動化の容易なサブルーティンに細分化されてしまい賃金まで下がる結果となった

p89.ロバート・B・ライシュはクリントン政権時の労働長官であったとき、家族とふれある時間も自分自身と向き合う時間もないほど仕事に没頭していた。ある晩、下の息子に電話して、就寝時間までに戻れないので、明日の朝「おはよう」を言いに行くよと伝えた。すると、「どんなに遅くてもいいから起こして」という答えが返ってきた。そんなことがあって、ライシュは労働長官を辞め、自らの個人的経験から出発して、「我々が収入のために働くことが、我々を豊かにさせるのであれば、どうしてわれわれの個人的な生活は貧しくなってしまうのか」考えはじめた。そして書かれたのが「勝者の代償」である

p93.長い労働時間が家庭生活の危機を生んでいることに関しては、ライシュは、企業に対し従業員が家族責任を果たせるように労働時間を弾力化することや、小さな子どもや年老いた家族の世話をするための有給休暇を与えることを求めている。また、有給労働をしているために労働者が負担しなければならない育児や介護の費用を「必要経費」として所得税から控除する制度を導入することも提唱している

p97.宅配便業は労働時間がとくに長いことで知られている。道路貨物運送業の労働時間について厚生労働省の調査を見ると、男性の道路貨物運送従事者のうち、宅配便の受け渡しをする労働者が含まれる「販売従事者」だけをとると、週平均労働時間はなんと56時間にもなる

p101.横田増生氏の潜入ルポ「アマゾン・ドット・コムの光と影」に、アマゾンのスピードの秘密が克明に述べられている。ペリカン便の日通が請け負っている50万点もの本が詰まったアマゾンの巨大な物流センターでは、常時100人のアルバイトが注文された本を「1分3冊」のノルマでひたすら探し回る。「バイト同士の笑い声はもちろん、話し声さえ聞こえてこない」ほどに懸命に働いても、このスピードでできるアルバイトはめったにいない。ベテランでも実際は「1分2.5冊」程度だという。アマゾンでは「30代から50代の男女」がアルバイトの大半を占めている。彼らは「2ヶ月ごとの契約」で雇われ、健康保険も厚生年金もなく時給だけを受け取る。時給は850円。「1年もつアルバイトは10人に1人もいない」

p113.このような「新自由主義」の政治思想は「市場個人主義」の経済思想に支えられている。ジェフリー・M・ホジソンが「経済学とユートピア」で述べているように、市場個人主義は、個人の権利と自由は市場を最大限に利用することによってもっともよく保障されると考え、国家による経済運営の調整、規制、介入を原則として否定する。そのために、市場個人主義は、市場自体が法や慣習や道徳などに支えられて機能する社会制度であることを見ず、文化的・社会的・歴史的な背景を異にするさまざまなタイプの市場があることを見ようとしない。また、金銭的価値や利己心に重きを置いて、経済システムが機能するうえでの信頼や協同や社会的絆の機能を正当に考慮していない

p123.フリーターの増大を生んでいる要因としてより重視すべきは、労働力の供給側の要因よりも、むしろ需要側(企業側)の、1990年代半ば以降の長期にわたる新規採用の抑制と、正社員をパート・アルバイト・派遣社員・契約社員・個人請負などに置き換える雇用戦略である

p126.現在すでに日本の労働者の4人に1人は年収150万円未満、2人に1人は年収300万円未満、4人に3人は500万円未満である

p165.日本の女性は二重の意味で、世界の先進国でもっとも働きすぎである。労働時間に家事時間を加えた「広義の労働時間」では、5カ国の男女の全労働者中、日本の女性がもっとも働きすぎである

p172.働きすぎと浪費が蔓延するアメリカ社会のただなかで、所得よりも自由時間を、出世よりも生活の質や自己実現を追求する生き方を選び、「以前より少ない収入で幸せに暮らしている」人々が増えている。そのことを、広範な調査とインタビューで明らかにしているのは、ジュリエット・B・ショアの「浪費するアメリカ人」である。彼女は、車でいえば高速運転を減速ギアに切り替えるようなライフスタイルの転換を「ダウンシフティング」、それを実行している人びとを「ダウンシフター」と呼んでいる

p196.労働者は何をなすべきか:自分と家族の時間を大切にする、仕事以外の生き甲斐、家事労働の分担、地域活動への参加、年休をめいっぱい取得、残業をしない、労働基準監督署に違法行為を申告、心身の不調は直ちに医師の診察を受け、指示に従う、時間帯によっては情報ツールの受信を拒否



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