友野典男「行動経済学」光文社新書

公開日: : 最終更新日:2012/02/03 書評(書籍)



新書のサイズではあるが、事例が豊富で、最初の勉強にはなかなか手頃だ。分厚いのは仕方がない。古典的な経済学ってそんなに偏狭なものだったのだろうかと思いつつ、それでもこの本で指摘されている点は興味深く、常に頷く

最後の章はほとんど脳生理学や心理学の話になってしまっている。が、仕方がないのだろう。飛ばし飛ばし読んで3時間くらいで読むイメージ



p17.経済人を、ソースティン・ヴェブレンは「快楽と苦痛のいなずま計算機」と言い、ハーバート・サイモンは「全知全能の神のような存在」と例えたのであり、「この全知全能モデルの見解は、おそらく、神の心のはたらきのモデルとしては役立つが、……人間の心のはたらきのモデルとしては役に立たない」ような代物なのである

p65.「もっとも偉大な人とは、自分自身の判断を思いっきり信じられる人たちのこと―もっとも馬鹿な人も同じだが」ポール・ヴァレリー

p74.結果を知った後では、自分が正解により近い予測を行なったと考える人が多かったのである。この後知恵バイアスは、利用可能性ヒューリスティクによって生まれる。事態が生じた後では、そのことが事実として印象に残り、そこで、事前に予測した値を過大評価してしまうのである

p85.商品を買う時に、価値に基づく正しい価格がわかるのは稀であり、たいていの場合には、定価や正価といった表示を見て妥当な価格を判断する

p88.アンカリング効果から確証バイアスと言われる傾向が生じる。確証バイアスとは、いったん自分の意見や態度を決めると、それらを裏付ける情報ばかり集めて、反対の情報を無視したり、さらに情報を自分の意見や態度を補強する情報だと解釈するというバイアスのことである。さらに、確証バイアスから自信過剰という傾向が生じることもわかっている

p106.人間もフレーム問題と無縁ではない。初心者の運転が下手なのは、運転操作そのものが上手くいかないという技術的な側面もあるが、どの情報が運転にとって重要で、どの情報が重要でないかのフレームの絞り込みが適切にできないからだ

p146.保有効果とは、人々があるものや状態(財だけでなく地位、権利、意見なども含まれる)を実際に所有している場合には、それを持っていない場合よりもそのものを高く評価することをいう

p160.現状維持バイアスは、現在の状態から動こうとしないという意味で「慣性」が働いているのである。「慣性は物理的世界のみならず、社会的世界の性質でもある」(モシンスキとバーヒレル)

p167.企業の行動が公正であるとみなされるかどうかの判断は、参照点とそこからの移動が決定的に重要であることがわかった。企業はたとえ公的、法的な規制がない場合でも、単純に利潤追求的行動をすることはできない。短期には高い利潤が得られたとしても、不公正であるという悪評が立てば長期的には利潤を失うことになる。そのため自制的な行動が必要となる

p178.2つの質問は全く同一の状況であって表現が異なっているにすぎない。トヴェルスキーとカーネマンによると、実験後に、選好が一貫していないことを被験者に指摘しても被験者の選好は変化しなかったという

p185.日本、アメリカ、デンマークなど同意者が少ない国では、臓器提供の意思表示をしない限り提供者とはみなされないのに対して、オーストリアなど同意者が多い国では、逆に臓器提供をしないという意思表示をしない限り提供の意思があるとみなされるという初期設定の違いに原因があると言われている

p193.ユーロとギルダーの交換レートは約2.2であるから、以前にたとえば2000ギルダー募金していた人は、約910ユーロ募金すれば実質値でほぼ同額であるのに、人々が1ユーロ=2ギルダーとみなして1000ユーロ募金することが募金額増加の原因であるとクーアマンらは推測している。貨幣錯覚が現実に生じている例である

p202.アークスとエイトンは、子供がサンクコストにとらわれるかどうかを確かめる実験を行なった。そして、小さい子供はサンクコストに惑わされることは少ないが、年齢が進むにつれてサンクコスト効果が認められるようになることを見出した。これは、子供たちが、「無駄にするな」というヒューリスティクを年齢と共に身につけていき、それを過剰に運用した結果であることの傍証だとしている

p215.シュワルツは、このような現象を「選択のパラドックス」と呼んでいる。選択肢が多いほど自由に選べる可能性が広がり、より充実度は高くなるはずだという信奉が現代人にはある。この発想は自由主義的思想とも結びついて世間を席巻しているが、これは幻想だと言う

p242.哲学者のデヴィッド・ヒュームは次のように述べる。「これから12ヶ月先に私が行なう行為のことを熟慮する際、私は常に大きな善の方を選ぶ決意がある―たとえ時間的にそれが近かろうが遠かろうが。…しかしそれに接近してくると、現在への新しい傾向性が発生し、私が最初の目的と決意を変わらずに固守することを難しくする」

p244.人々は時間的に離れた対象に対しては、より抽象的、本質的、特徴的な点に着目して対象を解釈し、時間的に近い対象に対してはより具体的、表面的、瑣末的な点に着目して解釈するのである

p256.カーネマンとレーデルマイヤーはさらに一歩進めて、検査が終わった時に、結腸鏡を直ぐに患者の体から引き抜かずに1分ほど放置して、その後ゆっくり引き抜くという措置をとった。この動作自体は不快ではあるが苦痛を伴うものではない。そしてこの措置をとった者の検査全体の記憶による印象は、通常の措置をとった場合よりもかなり向上したのである。ピーク・エンド効果の表れであり、「終わりよければすべてよし」なのだ

p264.選択肢が多いと一見満足度は高いように思えるがそうとは限らない。たとえば、抽選でパリ旅行が当たれば嬉しいし、ハワイ旅行でも嬉しい。しかし、パリ旅行とハワイ旅行が選べるとしたら実は満足度が低くなる。パリを選んだ人は、「パリには海がない」と不満を感じ、ハワイを選んだ人は、「ハワイには良い美術館がない」などと不平をもらすのである

p297.評判形成が協力行動を強く促進する

p305.グニーズィとラスティチーニは、罰金がない場合には、親は遅刻することに対して罪悪感を感じ、その感情が遅刻を防いでいたのであろう、ところが罰金が導入された後は、「時間をお金で買う」という取引の一種と考えるようになり、やましさを感じずに遅刻ができるようになったのではないかと説明している。罰金を科すことを止め後でも、遅刻が以前の水準に戻らなかったのは、単に遅刻の価格がゼロになっただけと受け取ってしまうからである。つまり、制裁システムが導入されることで、社会規範やモラルによって規制されていた行動が市場での取引のように考えられてしまうのである。フランスの詩人ポール・ヴァレリーがこの点を鋭く指摘している。「罰することが道徳心を弱らせてしまう、そのわけは、罰することで罪の償いは終わったと思わせるからだ。罪は罰への恐怖を刑への恐怖におとしめる―要するに罪をゆるすわけだ。そして罪を取引のできる、軽量できるものに変えてしまう。値切ることも可能なのである」

p308.唯一例外とも言えるのが、ヒルとサリーが行なった自閉症者を被験者とする最終提案ゲーム実験である。提案者となった自閉症者のうちおよそ1/3はゼロの提案をした。自閉症者は、他人の心を読むのが不得意という特徴があり、応答者が拒否するかどうかを予測できないことが多いのである。皮肉なことに、これが経済人の行動予測に最もよく合致する例である

p321.経済学を学ぶと利己的になると言えそうだ

p330.7ケタの数字を記憶するという認知的負荷が高い作業をしている場合には感情が優勢となって、より美味しいと思われるケーキが選ばれ、2ケタの数字の記憶では十分に認知資源が残っており、思考によってサラダが選ばれたと考えられるのである

p333.シェリングの提案は一見奇抜である。隠しておかなければならないような秘密があればそれを誘拐犯に告白すればよい。なければ、口に出して言えないような恥ずかしいことを誘拐犯の前でして、それを写真に撮らせればよい。そうすれば、人質は、もし警察に訴えて誘拐犯が捕まると、自分自身の秘密や恥ずかしいことが明るみに出てしまうため、「警察には訴えない」という約束の信憑性が高まるのである

p335.やはり裏切ったら絶対に許さない人間であることを普段から互いに強く印象づけておけばよい。もし裏切ったら少々の犠牲も厭わずに相手を追及するという姿勢を示しておけば、裏切りは防げるのである。ここでも、合理的行動より、感情に任せた非合理的行動の方が良い結果をもたらすのである

p374.コスミデスは、この問題で正答率が上がるのは、問題の内容がなじみ深いからではなく、人には、社会的契約(この場合には、「未成年はアルコールを飲んではならない」)を守らない者を見破る能力が備わっているからだと主張する。この能力をコスミデスとトゥービーは、「裏切り者検知能力」と呼んだ

p375.さらに面白い実験結果が北海道大学の山岸俊男教授の研究グループによって得られた。それは裏切り者は見ただけでわかるということだ

p376.進化心理学者のロビン・ダンバーは、世界にきわめてたくさんの言語や方言があるのは、他人が敵か見方か区別するために必要だからだと主張する。同じ集団に属している人は同じ言語を使うため、他の集団の人が違う言語を使うならば、見分けやすいのである



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