遠藤秀紀「人体失敗の進化史」光文社新書

公開日: : 最終更新日:2011/09/19 書評(書籍)



知的好奇心を擽られる。おそらく、「生物と無生物のあいだ」からの連想でこの本を手に取ったと思う。あちらよりも面白かった。なにより自分のこと、ヒトのことが書かれているから

最近、ひょんなことから医者の待合室に2時間ほど滞在することがあり、そこに置かれていた生命の進化についてのムック本を読んだ。本書はそこに書かれていたことと同じ部分も多く、かつ、ムック本のほうが図解が多いので、すんなり明快に内容を理解することができた。本書を気に入ったのも、その前提が寄与するところは大きいのではないかと思った

静かだが熱い、著者の職業意識に感銘を受ける



p34.進化の歴史的事実を論理的に紐解くと、もはや鳥類を、恐竜の仲間から外して考えることは不要なことだといえる。つまり、あなたがいま齧っているフライドチキンは、大昔の地球の支配者だったあの恐竜の末裔、そのものなのである

p37.いまでは、哺乳類を生んだとされていた爬虫類の系統進化の考え方が大きく変わり、哺乳類は爬虫類を介さずに、根源的には両生類から直接生じたとするほうが妥当だとされるようになっている

p59.もともとリン酸とカルシウムの体内配分をどうしておくべきかという苦心の産物が、最後には、陸上で生きるのに不可欠な身体の柱に変貌してしまう。ミネラルの貯蔵庫が、さらなる機能的な骨に豹変した瞬間だ→前適応

p79.小耳骨の歴史をたどると、基本体制で呼吸器官、顎をもつ魚の段階で咀嚼器官、最後に哺乳類として発展する際に感覚器官と、5億年ほどの間に、3つの機能を渡り歩いたことになる

p92.臍の相手はいつも心優しい”おふくろさん”というわけではない。脊椎動物にとって、臍のつながる先は、あくまでも卵の黄身だ

p100.脊椎動物の多くは、設計変更と改造を繰り返した挙句、一皮剥がしてしまえば、滅茶苦茶といってもいいくらい左右非対称の体をもつことになってしまった。その典型が、哺乳類などの高等な脊椎動物の胸部臓器なのである

p108.鰾を主要なガス交換の機械として肺に格上げしたことをきっかけに、心臓を左右非対称にしなければならなくなり、同時に血管をも非対称にしなくてはならなくなった。そして、もう少しきれいな対称形でもいいはずの肺までもが、左右バラバラの図面で出来上がってくるようになってしまった

p143.私のような形を扱う学者が遺体や標本で最初に目をつけるのは、形がもっている大きさなのだ。サイズが大きいことは、形に無視できない機能が備わっていることの一つのヒントでもある

p155.オリンピックでのメダルとは縁のなかったビールマン本人だが、技に名を残すというのは、それだけで競技者冥利に尽きるというものだろう

p158.たかだか50キロ前後の動物にしては、ヒト科、すくなくともホモ・サピエンスは、お尻の骨と筋肉全体が、異様なまでに大きい

p172.皆さんは自分の親指の付け根から手首にかけて、生まれつき大きな筋肉の塊が付いていることを、一度として不思議に思ったことはないだろう。しかし、それは哺乳類の中でも、ヒト科へ向かった私たちだけに備わる、類まれに優れた設計変更の結果なのだ

p181.ヒト科の進化とともに、言語の中枢は際立って左の脳に局在するようになる。なぜ右ではなくて左に偏ったのか。その真の理由はまったく何も分からないといってよい

p185.動物学者にとって、月経はあまりにも奇妙な現象だ。なぜならば、月経そのものが、女性にとって何ら生存に有利には働かないと確信できるからだ。月に一度、確実に身体をトータルに消耗する。栄養生理学的に見て何らのメリットもない

p194.ホモ・サピエンスの女性たるもの、大人になったが最後、死ぬまでのほとんどの時間を、子供の妊娠と授乳に費やしていた可能性が高い。1回あたりに時間のかかる妊娠と泌乳を、数回だが、確実に成し遂げる。それが動物としてのヒトの女性の、典型的生涯だったのである

p195.初潮は早くても、一向に結婚しない。恋愛は多様でも、けっして子供をもとうとしない。そのこと自体の価値観は女性個人が決めることであって議論の対象ではないが、現代の女性の新しい生き方は、客観的にホモ・サピエンスが進化させた生物学的な生涯構図とは、まったく合致していないことは明らかだ。現代女性は、妊娠と泌乳という生物学的役割とは無関係に暮らすようになり、まさに大人になってからずっと、妊娠も泌乳も忘れて、いつまでも”月の誘い”とともに生きるようになったのである

p204.ヒトの四肢の末端では、重力に抗して次々と血液を心臓に戻すことがなかなか難しくなっている。たとえば手足の冷え性やむくみといった症状は、胴体を90度回転させた設計変更が、無理を抱え込んでいることを意味する

p214.生理学的にリフレッシュすることのできない肩の筋肉は、いずれは痛みの感覚を神経に返してくるようになる。しかも、現代人は肩を回復させるような適量の運動もなければ、必要な気分転換の機会にも事欠いているだろう。ストレスをはじめとした精神的な要因も、肩こりを増悪させるようになり、抜け道のない肩こりのスパイラルに、肩全体が苛まれることになる

p218.たかが500万年で、ここまで白分たちが暮らす土台を揺るがせた″乱暴者″は、やはりヒト科ただ一群である。何千万年、何億年と生き続ける生物群がいるなかで、人類が短期間に見せた賢いがゆえの愚かさは、このグループが動物としては明らかな失敗作であることを意味しているといえるだろう。ヒト科全体を批判するのがためらわれるとしても、明らかにホモ・サピエンスは成功したとは思われない。この二足歩行の動物は、どちらかといえば、化け物の類だ。50キロの身体に1400ccの脳をつなげてしまった哀しいモンスターなのである。設計変更を繰り返して大きな脳を得たまではまだよかったのだが、その悩が結局はヒトを失敗作たらしめる根源だったと私には思われる。もちろん、ヒトが種としていかなる未来を歩むかなどという論は、科学の仕事ではなく、限りなくロマンと文学のものである。しかし、ヒトの未来はどうなるかという問いに対して、遺体解剖で得られた知をもって答えるなら、やはり自分白身を行き詰まった失敗作ととらえなくてはならない。 もちろん、それは、次の設計変更がこれ以上なされないうちに、わが人類が終焉を迎えるという、哀しい未来予測でもある。このストーリーで私たちが重く受け止めるべきことは、身体の設計変更とは、取り返しのつかない失敗作をも生み出すということを、ホモ・サピエンス自身が証明しているということだ。しかし、それを憂えても仕方がない。私が心から愛でておきたいのは、白分たちが失敗作であることに気づくような動物を生み出してしまうほど、身体の設計変更には、無限に近い可能性が秘められているということだ



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