外山滋比古「思考の整理学」ちくま文庫

公開日: : 最終更新日:2012/02/05 書評(書籍)



本の帯に魅力的な惹句がある。”もっと若い時に読んでいれば…”。確かにそう思わせる一冊。1986年発売以来のロングセラーとはいえ、なぜいま平積みになっているのか分からないが、これらが書かれた帯の影響を受けなかったと言えば嘘になる

触れ込みに違わない内容。興味をもって最後まで読んだ。頭の体操になりそうな記述が多い。特に、下で引用したグライダーの話と、1日で2回の朝飯前を作るという話は共感した



p11.グライダーと飛行機は遠くからみると、似ている。空を飛ぶのも同じで、グライダーが音もなく優雅に滑空しているさまは、飛行機よりもむしろ美しいくらいだ。ただ、悲しいかな、自力で飛ぶことができない。学校はグライダー人間の訓練所である。飛行機人間はつくらない。グライダーの練習に、エンジンのついた飛行機などがまじっていては迷惑する。危険だ。学校では、ひっぱられるままに、どこへでもついて行く従順さが尊重される。勝手に飛び上がったりするのは規律違反。たちまちチェックされる。やがてそれぞれにグライダーらしくなって卒業する。優等生はグライダーとして優秀なのである。飛べそうではないか、ひとつ飛んでみろ、などと言われても困る

p18.秘術は秘す。いくら愛弟子にでもかくそうとする。弟子の方では教えてもらうことはあきらめて、なんとか師匠のもてるものを盗みとろうと考える。ここが昔の教育のねらいである。学ぼうとしているものに、惜しげなく教えるのが決して賢明ではないことを知っていたのである。免許皆伝は、ごく少数のかぎられた人にしかなされない

p22.夜考えることと、朝考えることとは、同じ人間でも、かなり違っているのではないか、ということを何年か前に気づいた

p24.おもしろいことに、朝の頭は楽天的であるらしい。前の晩に仕上げた文章があって、とてもこれではいけない。明日になってもう一度、書き直しをしよう、などと思って寝る。一夜明けて、さっぱりした頭で読み返してみると、まんざらでもないという気がしてくる

p25.英雄的早起きはできないが、朝のうちに、できることなら、朝飯前になるべくたくさんのことをしてしまいたい。それにはどうしたらいいのか。答は簡単である。朝食を抜けばいい

p26.朝食兼昼食をゆっくりとると、そこで、ひと眠りする。ふとんをしいて、本格的に寝てしまう。やがて目がさめる。新しい一日が始まる。こうすれば、一日に二度、朝飯前の時間ができる。つまり、一日が二日になる。実際、こうして、午後の三時か三時半ごろから、夕方の六時、七時までの時間も、かなりよく頭が働いてくれる

p31.文学研究ならば、まず、作品を読む。評論や批評から入って行くと、他人の先入主にとらわれてものを見るようになる

p32.アイデアと素材さえあれば、すぐ醗酵するか、ビールができるのか、というと、そうではない。これをしばらくそっとしておく必要がある。頭の中の醸造所で、時間をかける。あまり騒ぎ立ててはいけない。しばらく忘れるのである。”見つめるナベは煮えない”

p36.英語には「一晩寝て考える」(sleep over)という成句もある。朝になって浮ぶ考えがすぐれていることを、多くの人々が知っていたのだと思われる

p56.真にすぐれた句を生むのは、俳人の主観がいわば、受動的に働いて、あらわれるさまざまな素材が、自然に結び合うのを許す場を提供するときである。一見して、没個性的に見えるであろうこういう作品においてこそ、大きな個性が生かされる、と考える

p93.講演を聞いてメモをとるのは賢明でない。もっぱら耳を傾けていた方が、話はよく頭に入るのである

p120.忘れられるのは、さほど価値のないことがらである。すくなくとも、本人が心の奥深いところでそう考えているものは忘れるともなく忘れる。いかに些細なことでも、興味、関心のあることは決して忘れたりしない。忘れるとは、この価値の区別、判断である

p163.同じ専門の人間同士では話が批判的になっておもしろくない。めいめい違ったことをしているものが思ったことをなんでも話し合うのがいいという信念に達した。ひとり勝手に、これをロータリー方式と呼んでいる。ロータリー・クラブは、一つの支部の中は、一業一人となっているらしい。同業者は同一支部にはいない。これが親睦の条件になっている

p166.インブリーディング(inbreeding)ということばがある。同系繁殖、近親交配、近親結婚のこと。ニワトリでも同じ親から生まれたもの同士を交配しつづけていると、たちまち、劣性になってきて、卵もうまなければ、身体も小さくて、弱々しいものになってしまう。桃太郎の話は、このインブリーディングを戒める教訓を含んでいるように思われる。生物学的にインブリーディングがよろしくないとすれば、知的な分野でもよかろうはずがない。企業などが、同族で占められていると、弱体化しやすい。それで昔の商家では、代々、養子を迎えて、新しい血を入れることを家憲としたところがすくなくない。似たものは似たものに影響を及ぼすことはできない、という。同族だけで固まっていると、どうしても活力を失いがちで、やがて没落する

p181.あるアメリカの社会学者が、死亡の時期の研究をして、誕生日の前しばらくは死亡率がぐっと下がる。誕生日のあと、急上昇するという一般的現象を見つけた誕生日を祝ってもらえるという期待がある。プレゼントがどっと来る。それを楽しみにしていると心の張りができる。誕生日がすんでしまうと、目先、生きがいとするものがなくなってしまう

p193.本を読んで頭に描く世界が観念の産物であることは誤解の余地がすくない。ところが、ブラウン管から見えてくるものはいかにもナマナマしい

p214.いちはやくコンピューターの普及を見たアメリカで、創造性の開発がやかましく言われ出したのは偶然ではない。人間が、真に人間らしくあるためには、機械の手の出ない、あるいは、出しにくいことができるようでなくてはならない。創造性こそ、そのもっとも大きなものである



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