宮内義彦「経営論」日経ビジネス人文庫



20080325060000





真っ当でオーソドックスなことが書いてある。もっと難しいことが書いてあるかと思ったが、素直にぐんぐんと読み進められる。若手向けの本だと思う。ここに書かれているところは常識の類だと思う。これらをどこまでその通りとして読み進めることができるか。現状がそうなっていないのであれば問題意識を持っていたかどうかの確認。これを踏まえた上で、逆説的には、それをどれだけ破ることができるかが求められるのではないか

最近の経済産業省の事務次官の発言で問題視されたステークホルダー資本主義についても触れられている先見性



p23.日本には「公共性のある経済活動については民間に任せず官それ自体が行うことが当然」という考え方と、「利潤動機を持った民間企業が公共性のある活動に入ってくるのはよくない」という考え方が、まだ根強く残っているようです

p24.日本企業の経営者の多くは、長らく統制経済に慣れ親しんできたために、市場経済の本質を十分に見極められずにいるのではないでしょうか。市場経済の本質がいっこうに見えてこないため、アメリカで開発された経営手法を上手に使えず、戸惑ってばかりなのではないでしょうか

p31.効率を求めすぎるために社会にゆがみが生じる場合もあります。企業や市場をめぐる不祥事はそういったものの一端かもしれません。しかし、これらの問題は事後チェックの機能が働かなかった、あるいは事後チェック自体が行われていなかった場合が多く含まれています。これらの問題はむしろ効率化のための制度整備が不十分であったために起こったのではないかと考えられます。効率化を求めることと同時に、公共性を担保するための制度作りは欠かせないことです

p40.日本では不祥事が起こるたびに「市場経済悪玉論」のようなものが取り沙汰されますが、本当にそうでしょうか。市場のルールが整備されていなかったために、抜け穴をくぐる者が出てきたり、事後チェックの制度がなかったり、罰則がなかったりすることが原因であることも多いのではないでしょうか

p43.品質の劣るチョコレートを作っていた会社が倒産したら、その会社に勤めていた従業員をもっとおいしいチョコレートを作る会社が吸収するか、職業訓練によってビスケットを作れる職人にして社会に送り返すかということをすれば、市場経済は社会との大きな摩擦を生まずに機能していきます

統制経済の仕組みを作り上げてまもなく日本は終戦を迎えたので、統制経済の当初の目的も消滅しました。しかし戦争は終わったのですが、統制経済のほうは終わりませんでした。つまり統制経済は「戦後の社会復興」という次の国家目標のために、戦後も生き残ったのです

p56.経済復興が軌道に乗り始めると、「社会のために企業をつぶさない」というよりも、監督官庁は自己矛盾に陥るのを避けるために企業をつぶせなくなりました。もしも保護してきた企業が経営破綻したら、監督官庁はその責任を問われます。監督官庁は需要と供給を判定し、きちんと経営できる企業にしか免許を与えていないはずだからです。免許を与えたあとも監督官庁は、経営破綻を来さないように企業を指導してきたはずだからです。保護されている業界は、規制の枠内で事業をしていれば競争にさらされないため、比較的容易に事業活動ができました。つまり、統制経済の仕組みは、保護されている業界にとって都合のよい「既得権益化したもの」になっていきました

p60.見落としてしまいがちなのは、業界トップの企業にとって統制経済は愉快で仕方のない仕組みだということです。さまざまな規制が最下位の企業を基準にしていますから、業界トップの企業は楽々と経営ができました

p63.統制経済のもとでは何事もなく、「つつがなく役目を終えること」が管理職の資質とさえ考えられるようになりました。つまり規制の強い業種ほど、管理者には、「挑戦して何かを創り上げること」よりも、保守的な資質が求められたのです

p78.本来であれば、企業経営といえども、生活の糧を得る一手段に過ぎません。どんなに高い理想を掲げても、基本的には生活をしていくために会社を経営しているはずです。つまり、生きていくために経営をしているのですから、生活そのものを危機に陥れてまで経営を続けなくてはいけない理由はないはずです

p80.私はよく「体を張って仕事をしろ、しかし命は懸けるな」と社員に言っています。どこが違うかというと、「体を張って仕事をする」ということは「一生懸命やる」ということです。それで「これ以上やったら体を壊す」と思ったら休めばいいのです。つまり、生活の糧を得るための仕事は、せいぜい体力を崩すところまでがいいところだと思います。私自身も、ひとたび体力を崩したら、完治するまで徹底的に休むことにしています

p83.金融機関はその確実性をより高めるために事業計画を精査したり、経営者を品定めするわけです。それに加えて日本では、個人保証や担保を求めるわけです。そうすることで株式会社組織の特徴である有限責任の原則が崩れ、個人保証はすべての負債に責任をとることに転化し、担保などを借り入れの返済に充当することでいわば命懸けの事業に転化してしまうわけです。金融機関に対して行う個人保証や担保提供という行為は、このように株式会社の理念を変え、昔ながらの無限責任の個人事業にしてしまっています。この結果、日本では事業を起こすことのリスクが高まり、また廃棄することをより困難にしています

p087.企業のオーバー・プレゼンスは、独特の資本主義を日本に生み出しました。仕入れ先や販売先、従業員、主力銀行や株主など、企業を取り巻く多くの利害関係者(これをステークホルダーといいます)に気を配る「ステークホルダー資本主義」です。日本では、社会に対する企業のプレゼンスが高まったため、多くの利害関係者が企業に対してさまざまな関与や責任を求めてきました。多くの日本企業もまたその期待に応えてきました

p90.これからの日本企業は、社会に対して本来の守備範囲に戻らなければ、収益の向上は望めなくなります。本来の守備範囲とは、おカネや人、モノなどの経営資源を有効活用することや市場に評価されるものを世に送ること、そして企業収益を上げて株主に評価される経営をすることです

p91.もちろん、株主の利益だけを考えていればいいと言っているわけではありません。従業員や取引先などのステークホルダーの利益も考えることで、より良いサービスや商品を生み出せるのであれば、結果として株主の利益も増えます

p92.日本企業にとって、株式会社の原点に帰ることは決して難しいことではありません。かつての日本企業はその原点に忠実だったからです。戦前の日本では少し荒々しく原始的であったにせよ、資本主義の原点に忠実でした。戦前の株式会社は、終身雇用は社会的責任だと自ら言うこともなかったようですし、社会からその責任を追及されることもありませんでした

p94.系列取引のもとでは、経営者など組織の中心となる人材は、激しい競争に負けないための訓練を積んだ専門職能を持つ必要はなくなります。こうした企業では、経営力以外の要素、例えば「円滑な人間関係を築く基盤である人格」などがより影響力を持つことになりました。こうした企業グループの経営者は、一つの職能を持った専門技術者であることよりも、その人の属性(人格や経歴、年齢、極端な場合には出身地や学歴など)が問われることになります

p96.これまでのビジネスには、ラグ(時間や情報の格差)やギルド(規制による参入障壁の高さ)のおかげで成り立っていたものが随分とあります。しかしラグはIT革命によって、ギルドは市場経済によって、世界中から急速になくなる方向にあります

p121.私が一つの理想かもしれないと思うのは、企業の期間利益の目標を100とすると、その120%位をコアビジネスで計上できる力をつけ、その中から20%程度を用いて、隣接分野や周縁、外辺などへ先行投資を常に行うことです。そうできればコアビジネスが万が一縮小するようなことがあった場合でも、新しいコアビジネスの芽が生まれる循環が期待できるからです

p126.今までの日本には企業を売るのは恥ずかしいという感覚がありました。つまり、企業を売ることが社会的責任を放棄することと同一視される傾向がありました。また、一般的にこれまでの日本企業の株価は、欧米先進諸国の企業とROEなどの経営指標の比較では高すぎるということもありました。しかし、企業そのもの、あるいは一部を売却することを決して否定的に見るべきではありません。ある事業を他人の手に譲ることによってそれが大きく開花して付加価値を高める可能性があるならば、その事業にとってずっと恵まれたことであり、経済社会への貢献もずっと大きなものになります

p157.取締役と執行役員との関係は、プロ野球にたとえるとフロントと監督・コーチとの関係に似ています

p162.日本の経営者は社内昇格が主であるため、諸外国と比較して「経営者市場」と呼ぶべきものが存在しません

p166.日本企業のなかには、「社長にとって重要な仕事は後継者を選ぶことだ」と考えている経営者もいるようです。野球にたとえると、そうした経営者は「ピッチャー兼監督」のようなものです。監督が投げているのですから、誰もマウンドから降ろすことはできません。他の選手は「次のピッチャー兼監督」に指名されるために、粛々と指示に従っているほかありません。しかも、本人がやっと降板する気になって選んだ次のピッチャーが、必ずしもその場面で最適な選手とは限りません

p178.アメリカ的経営における雇用は、ひと口で言えば労働力の市場経済化といえます。制度上も雇用の流動化が図られていて、「需給によって労働の対価が決まる」という市場原理が基礎となっています。アメリカでは労働市場も効率的な市場であり、一国全体で見れば労働力という経営資源の有効活用がなされているといえます。一個人にとっても、能力を適正に評価されるという意味で不満が少ないばかりでなく、流動性が高いために能力を発揮できる場が多く与えられています

p180.戦後の日本人の多くは、企業は存在すること自体に意義があると考えてきました。その永続性のなかで中心的な役割を果たすのが、長期雇用であり雇用の安定でした。それらが徐々に日本社会おいて企業と従業員との一体感を育んできた面もあります。最近では、こうした考え方は少しずつ変わってきているようです。例えば、利用価値のある人材はいいが、利用価値のない人材は必要としないという企業の論理が理解されつつあります。大事なのは企業という器の永続性であるが、器の中身が変化することで、永続性が初めて保たれるはずだという論理です。特に知識が新たな価値を生む「知識社会」では、企業のなかの人同士が「ふつふつたる知の交流」を日常行っていることが何よりも重要になってきます。そのような知の交流は新しい価値を創造し企業成長の基となります。それを実現するためには、有能な人に長く企業にとどまってもらう必要があります。彼らが中心となって、企業の内側でこれまで蓄積した知識を体現し、新しい知の創造に彼らが参加して初めて、企業成長のもととなる新しい価値の創造は実現するものです。このあたりに、従来の日本的雇用システムを生かす余地がありそうです。一方で、日本的雇用システムには、人材の評価や処遇の基準といった点に欠陥があります。評価や処遇の結果が企業業績にどのように結びつくかという基本的な因果関係もまだ確立されていません

p182.日本的経営の特徴の一つは、終身雇用と年功序列といわれるものでした。どちらも従業員のそのときどきの能力、あるいは企業への貢献とは直接関係しない制度です

p190.知識社会では、画一的な社員ばかりでは務まりません。従来と違って、これからの企業は多様な社員を求めています。これからは多様な人材の知恵が融合することで、新しい知恵や新しい価値を生む時代です。この「知の創造」を企業という組織レベルで実現するには、画一的な社員でなく、高水準でかつ感性の異なるいろいろな価値観を持った社員を擁していたほうが有利です。多様な社員同士がさまざまなアイデアを絶えず出し合うことで、新たな付加価値が創造されていくからです。そうした意味では、採用の仕方も変えざるを得ません。「有名大学の新卒男子を採用しておけばまず間違いない」という時代は去りつつあります。これからは、採用段階から社員の多様化を図らなければなりません。工業化社会の時のような画一的な採用をしておきながら、「これからは知識社会の時代だから多様化しよう」といってみたところで、社員の立場からすれば困惑するでしょう

p208.能力主義を徹底して社員のP/L化が進むと、社員同士が情報を共有しなくなる危険性があります。大事な情報を自分だけで抱え込み、自らの実績のみに結びつけようとする社員も出てくるでしょう。周りの社員と常に競争関係を作り、一番を競っているのですから、ライバルを利する情報を出さなくなるのは自然の流れなのかもしれません。最近では、能力主義が浸透している投資銀行型の欧米企業において、情報共有化の重要性が盛んにいわれています。これは、能力主義が情報の流れを阻害しがちなことの証左ではないでしょうか

p228.オリックスの社長に就任した1980年以来、私はいわゆるトップセールスをあまりやってきませんでした。トップセールスで成約したビジネスは、販売担当部門を結果的に弱める恐れもあり、長い目で見るとこれに力を入れるのは決してプラスとは思えません。理由はほかにもあります。それは、「経営トップが6ヶ月休んでも会社はビクともしない。ただし3年さぼったら会社がおかしくなる」といった体制を作るのが経営トップの仕事だと思っているからです

p238.少し極端な言い方かもしれませんが、異文化の人たちへの布教活動で、ギリシャ・ローマ時代に築き上げた弁論術によって説得をするなど「論理によって世界的な力をつけてきた歴史」を背景としている国々では、感情よりも論理が優先しています。こうした社会では「論理的に正しければ、感情的に納得がいかなくても論理に従わなくてはいけない」いう暗黙のルールが根付いています





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