池谷裕二ほか「ゆらぐ脳」文藝春秋

公開日: : 最終更新日:2012/02/11 書評(書籍)



あっという間に読み終えたほどの平易な内容。期待に反して内容は薄かったものの、なかなか示唆に富む記載もある。話し言葉で書かれているのは体裁としては少しマイナスかな。校正も粗い

同じ著者の「海馬」を大昔に買って読んでいないので、そちらも近いうちに読みたいと思う

著者が研究に対して誠実であるということは良く分かる。そういう態度の養い方、そのための頭の整理の仕方の訓練にはよい本だ

自分の専門に対して合理的・専門的になりすぎると幅が出ないがゆえに深いところまで研究の成果が上がらないという指摘がもっとも心に残った。「高い山は裾野が広い」という言葉を思い出す

残念なのは高名な専門誌に論文が掲載されないと安心して研究ができないらしいという、研究者の財務的な弱さではないかと思う。別件で読んだのが、児島虎次郎にスポンサーしてエル・グレコの受胎告知を買い付けた大原孫三郎の話。このようなパトロンって研究分野でも活躍すればいいのではないかという気もする



p28.私たちはともすると、好悪や快不快の感情がまず自分の心に生まれて、それによって意志や行動が決定されると思いがちですが、実際には、態度や体の姿勢、顔の表情によって感情が左右されていることもわかります。心から体ではなく、体から心なのです

p30.世界最初の実験方法の開発に成功すれば、世界最初の解析方法の開発が必要になるというのはパイオニアの宿命で光栄なことでもあるけど、実際には「どこから手をつけたらいいのだろう?」と途方に暮れてしまいました。役に立ったものは、「どれだけ専門分野以外を勉強したことがあるか」の経験でした

p49.日本語の「分かる」の「分」の漢字は「八つの刀」と書きますし、世界各地の言語における「解析する」の語源もたいていは「分ける」に関わります。つまり、人の生理には「分かる」と「分解」は馴染みがいいのです。「分解してしまったら、分からなくなるものがあるのではないか」という私の主張は、生理的には、「矛盾」を感じさせるものなのです

p64.学際的な研究は、今ではまだ、うさんくさく見えるのかもしれません。ただ、私には必要なのです。自力で解析しても私は統計学や数学のプロではありません。知らないうちに誤解釈やミスをしている可能性があるので、その道のプロと協力し合って研究を展開したいのです。知的財産を無償で共有して研究を進行させるなんていう方法は、情報の機密性を重要視する今の時代に逆行するようですが、権利だ特許だとかまけていたら、結局、人類全体はソンをしてしまうのではないでしょうか

p78.寝ているときには浅い眠りと深い眠りが交替しています。浅いときも深いときも記憶の再生は行われていますが、深い眠りでの再生は時間軸が圧縮され、早送りになっています。平均で20倍、最高で100倍というから、相当な高速再生です

p82.手をチラッと触れられた高校生のほうがそうでない高校生よりも司書を「魅力的」と思う割合が高まるわけです。本人が触れられたことに気づいていない場合でも、好感度が高いのです。さらに面白いのは、「魅力の理由」を尋ねられたとき、「笑顔がステキだったから」「髪型がいいなぁと思った」と、高校生は手に触れられたことに気づいていないので、自分の感情の理由をでっち上げてしまうのです。……実験の根本の差異である「手に触れられるか」が、本当の理由ですが、本人はそれに気づいていない。すると、人は自分の好悪の理由も分からないまま、本来の理由と異なる理由をこじつけてしまう。この脳の性質は「作話」といわれます。もちろん本人は、「笑顔がステキ」「髪型がいいな」と本気で言っているわけですから、その限りにおいては本人にとっては、「ほんとう」なのです。本心からそれを信じています。そんな具合に、脳の「分かった」もこじつけばかり

p86.今、「多様性」も「相対性」もあちこちで語られています。しかし、あまりに、「あなたの立場は分かります。それは尊重します。一方、私は……」と、何でも「相対」で捉えて、相互の立場を容認しすぎてしまったら、それはそれで、それ以上の発展もなくなり、つまらない。一般に「多様性」は礼賛されるようですが、過度な多様性の受容は、一種のディスミュニケーションであって、思考の怠慢です。「それは、どうも、いいものには思えません」と踏みとどまることも、あっていいのではないでしょうか。会社の新人社員採用でも、「多様性」はもてはやされているけれど、この場合の「多様な人材」をいわゆる「バラエティ豊富で有能な人材」と同列に捉えるのはいかがなものでしょう。「多様性」の醍醐味は「ランダムで雑多なバラエティ」より「系統の中の派生」と私は考えているのです。系統やつながりのあるものが派生して差異を生じる……この意味の「多様性」は英語では「バラエティ」ではなくて、「ダイバーシティ」というのです。ダイバーシティで捉えてこそ「多様性」や「相対性」の世界の中で、他人と対話をすることの価値が見えてくるのではないでしょうか

p92.「合理主義は非効率的」と気づきました。一見、関係のない重要なものは、専門分野以外にもあるわけです。実験結果や論文発表を渇望するあまり「合理主義」にハマれば、専門以外の勉強をしないで、「……だって、そんなの自分の研究には関係ないじゃん?」と排除したくなります。私も20代前半にそんな「合理主義」に一時ハマりましたけれど、今は、積極的に専門以外の勉強や「自分の分野に無関係に見える論文を読むこと」に時間を使うようになりました。目的以外を捨ててしまう「合理主義」は、突き詰めたら「自分の分野の知見」と「異なる分野の知見」の間の「つながり」や「派生」に気づけなくなる袋小路にほかなりません。「派生」に気づけないというのは「発見」がなくなることですから、むしろ、合理主義はサイエンスの追求においては失うものが大きいと考えるようになりました

p106.サイエンティストにとって重要な仕事は、欧米の雑誌に論文を発表することです。英語で上手に論文を書けない日本人研究者には、この現状は不利です。もちろん「日本語で論文を書いて専門の翻訳業者に……」という方法も残されてはいるけれど、その前に「日本語の文章すらうまく書けない」場合はキツいものがあります。だからこそ、サイエンティストに必須の能力はプレゼンテーションだと思うのです。伝える能力がなければサイエンティストではありえません。実験や発見ができても、論文を書かなければサイエンティストではなく、オタクのままで終わるのです

p119.情報って、タマネギみたいです。実体を追って、剥ぎ過ぎるとなくなっちゃう……気になったものを実際に調べると中身が失われていく情報は多いものです。それは漢方薬なんかもそうでしょう。ちゃんと効く。でも、何が効くのかを科学的に分解すると効かなくなる……あれは複数のコンビネーションで効くのです。情報もコンビネーションが生むので、一つだけを深追いすると核を失います。神経細胞も一つだけを見ていると分からなくなります。分解する方法だけでは消えてしまうものばかりです。脳科学は大規模な統計の枠で考えないといけません。一般の情報や社会ニュースも個々のイベントや事件が連関していたりするので、全体の雰囲気が大切だ……と考えないといけないわけです。こう考えていくと、案外、日本的な「感性」や美学」に近い処理が適しているのかもしれません

p125.20代の私は研究室の外に出るのが苦手でした。実は今もそういうところがあります。ただ、だんだん「一人の研究は非効率的」と意識を改めています。ちなみに自分の所属研究室の「いつものみんな」に会うことは強い刺激にはなりません。所属研究室のメンバーはたいていは同じ分野の同じ考え方を共有している仲間ですから。教授、准教授、講師、助教になれば、周囲の学生は自分の息のかかった存在にもなりますし。大切なのは研究室の外部の人に会うために積極的に出かけることです。この意味でサイエンティストの能力として、プレゼンテーション能力に匹敵するほど大切なのは「ミュニケーション能力」です

p174.1週間のコスタリカ滞在で、鳥の習性について学びました。……日本に帰国して上野公園に花見に出かけたら「桜にヒヨドリが止まっている」ことに気づきました。これは、以前も見られたはずなのに、かつては目に入らなかったものに気がつくことができるようになっていました。そんな具合に、発見は「視点が増えること」で生まれるものではないかと思うのです。結局のところ、自己鍛錬によって、発見へのフレームワーク(準備)が形作られるのでしょう

p183.私たちはともすると意識に立ち現れる、どちらかといえば浅薄な表面情報に流されがちですが、無意識の脳は意識では感じることのできないヒントを環境の中から模索しています。それが結果として直感につながるわけです。なぜか分からないが答えが出る、そこはかとなくイヤな予感がする、ムシの知らせ、神の啓示……いろいろな言われ方をするけれど、直感とは無意識の脳部位が厳密な計算によって編み出した結論なのだと、最新の実験データは教えてくれているのです

p194.私にはサイエンスの研究の明確なゴールがありません。私のモットーは「科学的な論理を詰める」よりも「好奇心」を先の走らせることです。そうでなければサイエンスの意義が分かりにくくなりますから。成果や出世や給料を目的にして、サイエンスを「設定したゴールまでの距離を詰める作業」にしてしまえば、結果が欲しいあまりに実験の偽造が行われてもおかしくありません。サイエンスのデータは非常に微妙な差異で成立していることもありますから、結果を急げば、決定的な誤差を「本筋に無関係の枝葉」と切り捨ててしまいかねません

p195.「尻尾」は言語ごとにずいぶんと表現が異なります長い伝承の間にすっかり変化してしまったわけです。リバーマン博士は「使用頻度の低い単語ほど変化が早く、その半減期は使用率の平方根に比例する」と定式化しています

p203.「ムダに見えるものこそ大切ではないだろうか」の視点を、私は大切にしています。もちろん、生物はそもそも不完全ですから、本当に「ただのムダ」に過ぎないのかもしれません。ただここで、むしろ私が大切にしたいと思っているのは、他人が安易に見落としてしまいがちなささいな現象に、思わぬ本質が隠れていて、そこからパラダイムシフトを引き起こすような発見が生まれるチャンスがあるということです

p206.ここで教授は発見したのです。アルコールを強引に飲ませたらスンクスは「ウゲッ」とおう吐をします。教授は当初は学生や留学生たちに実験をやらせていたため、彼らはすでにスンクスが吐くことを何度なく見ていました。しかし、嘔吐を「ヘン」と思う学生は一人もいませんでした。実験室でアルコールの投与を手伝う……教授はそこで驚いたそうです。「スンクスが吐くじゃないか!」うちの教授の偉大なところはそこでした。嘔吐する小型動物がいなかったこと、そして、それが理由で臨床医学のための嘔吐の研究が進んでいなかったことを知っていたから、目の前の動物が吐いたのを見て、咄嗟に、「……これは、スゴいことだ!」と、大発見に気がついたわけです。周囲の学生は嘔吐の事実を目前にしていて知っていたのです。しかし単に事実として知っているだけでは「発見」にはなりません。目前の事実の重要性に気がつけるのかどうかこそが、根本的な問題なのです

p215.「幽霊などいるはずがない」と言っているのではありません。単に幽霊は科学的に肯定も否定もできないと言っているわけです。つまり再現性を持たないものはサイエンスと「なじみ」がよくありません。「彼女にフラれたけれど、どうしたらいいのだろう?」「次回のテストで満点を取るためにはどうすればいいのだろう?」も、同様に再現性がありませんから科学的な回答はできません。サイエンスは万能ではありません。むしろ、サイエンスで回答ができない範囲のほうが世間にはたくさんありまして、特に「1回だけの出来事」をサイエンスで扱うものは少ないのです。生物の進化もビッグバンも1回だけの出来事ですけれど、1回だけの出来事であるがゆえに、サイエンスの思考と調査の方法では「なかなか、やりにくい」という要素があるわけです

p218.神経細胞のネットワークの構造そのものが変化してゆくこの現象こそが、まさしく「生命」らしいものだと私は感じるのです。死んでしまったら帰ってきませんし、知ってしまったら知らないことにはできませんし、生命の活動は「一回性」と「不可逆性」に彩られています

p224.脳研究の現場では、仮説がはずれてしまうのは珍しくありません。それならガリレオが望遠鏡をマニアックに改造して次々と天体の神秘の発見に到達したように、目前の道具の改良で最新の光景を眺めてみなければならないなぁと考えるようになりました

p245.「鳥は飛ぶ」に限らないのですが、仮説というものは、そもそもの正しさを証明することはできません。「その仮説はまちがっている」と指摘することはできますが(「背理法」と言います)、「正しい」ということは未来永劫できないのです。「真実が明るみになる」ということは、①帰納法によって仮説を立てて、②その反例を見出して「仮説は間違っている」という事実を証明すること、だけなのです。帰納法によって立てられた仮説(すべての仮説は帰納法によって立てられることに注意してください)は、「否定」はできるが、「肯定」はできません

p246.誤解を恐れずにいえば、世に出てくる自然科学の論文のほとんど(私の直感では99%以上)は、自己満足のレベルに留まっています。自分の仮説に「矛盾しない証拠」(多くの人はこれは「仮説を支持する証拠」と間違った呼び方をします)を並べ立てて、「我々の仮説は正しい(らしい)」と主張する論文が大半なのです



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  • 名前:Max 年齢:人生の2合目くらい 誕生日:夏の暑い日 一言:他言無用ということでお願いします
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