宮城谷昌光「新三河物語 下巻」新潮社

公開日: : 最終更新日:2012/02/10 書評(書籍), 宮城谷昌光



hiog: 宮城谷昌光「新三河物語 中巻」新潮社

hiog: 宮城谷昌光「新三河物語 上巻」新潮社

のつづき

書き物の強さ

最後はよかった

大久保家の物語であるから、大久保家の都合のよいことが多く書かれる。万が一のための記録として用意した、といいつつ、平助が晩年に書いたものが三河物語。そこに題材を取ったものである。この下巻では、本能寺の変の後から始まっているが、本能寺の変そのものはもとより、関ヶ原や大阪の陣の事ですらほとんど説明されていない。むしろ、本能寺の変から先の甲州と信州、小田原攻めのほうがプレゼンスが高い

題材があまりよくなかったのかなあ、昔読んだ、楽毅や晏子のような、読む手を休ませないほどのおもしろさはなかった。やっぱり徳川というのは暗いのかな。別の本も読んでみたい。正直、戦国はかなり見切ったと思うので



p52.――やめた。戦うことを、である。ばかばかしくなったといったほうがよい。小田原城からみえぬところで、多くの』武士がどれほど懸命に戦っていることか。それをみようとしない者のために戦ってもむだである。「小田原に開城の許しを請わねばなりません。暫時お待ちくだされ」政繁は忠世の勧告を容れた

p74.沼田を取り上げて北条家へ渡し、昌幸には何もさずけないという底意地の悪さは家康にはない。不審があれば、昌幸は何度も訴えればよい。もしも昌幸が上杉景勝を恃めば、真田家は徳川と北条の両家を敵に回すことになり、戦い抜いて、上田と沼田を保持し続けたとしても、上杉の勢力が伸張しない限り、それ以上の発展はない。昌幸に戦略の才があるのであれば、それを自領の保存にだけつかうのではなく、秀吉と戦って負けぬほどの実力をそなえた家康の経略を翼けて、家産を倍加する方が利口なのではあるまいか。そういう道を選ばないとすれば、――昌幸にほんとうの賢さはない。と、忠世は残念に思い、家康も似たようなことを考えていた

p78.家康が上田城攻めの失敗を望んでいるはずはないと思いたいが、本当に真田昌幸を懲らしめたいのであれば、こういう神経の通わぬ軍の編成を行わなかったのではないか。あえていえば平助が家康の底知れぬ恐ろしさを感じたのは、これが最初である。「平助よ――」忠佐は酒を呑む手を休めた。「七郎とわれは、そなたより先に逝く。昔、われらが門徒衆と必死に戦ったとき、駆けつけた殿が、何と仰せになったか。七郎とわれが死ねば、たれも知らぬことになる。それゆえ、平助に知っておいてもらいたい。ことばが不滅の力をもつことは、読書家であるそなたが、一番よく知っておろう」

p153.「佐久は、一遍上人の踊念仏発祥の地であるときいた。上人のごとき聖人は、捨て続けることができるが、われら凡人は、ひとつ捨てると、ひとつ拾ってしまう。捨てなければ、拾えない、ともいえる。それがわかっただけでも慶事である」

p154.「平助とは、大久保平助のことであろう。平助はさきの戦いで、わが家中の脛の白き若武者を、あえて見逃した。それを惻隠の情といい、仏の慈悲に通うものだ。いま小諸の城主は16歳の依田源十郎である。源十郎を攻め殺すことは、惻隠の情を捨てることになり、平助にできたことが、われにはできぬ、ということになろう」

p178.人を信用させるには、ことばだけでは不十分である、ということを家康ほど深く知っている人はいないであろう。猜疑心の異様に強い今川義元と織田信長に仕えると、こういう知恵がおのずとつくのであろう。これは保身的な知恵であり、人を騙すという加害的な知恵ではない。家康の胸の中には、氏直のすがすがしい容姿がある。それをあえてそこないたいとはおもわない

p178.本多正信は小牧・長久手の役のころから、家康の謀臣のひとりとなった。秀吉と戦うことは、往時の信玄と戦うこととは異なり、大計を持たなければできぬことで、その点、新しい頭脳が必要となった。譜代の臣の天地は、三河のせまさをもっている。正信の家も譜代には違いないが、かれは門徒武士として家康にさからったあと、諸国を歩き、天地の広さを知っている

p189.徳川の群臣は、このころになって、家康が無敵の武田信玄に立ち向かった三方原の合戦が、いかに大きな意義を持っていたかを痛感している。信玄がどれほど大きな勢力を持ち、天下に信望があったにせよ、あのときは他家の領土を掠盗しようとする侵略者である。家康はそれを匡す勇気を持ち、戦って、大敗した。だが、戦場で斃れた者の遺族は、たれひとりとして、「殿は謬った」と、いった者はいなかった。正義をつらぬくにはそれほどの苦難がある、と共通に認識したがゆえに、育った児も、精神の骨組みにゆがみがない

p236.――家康公の遺恨を恐れねばならぬ。と、深刻におもった。ただし忠世の心の深奥には、信康の罪状を信長のまえで認めたことは、讒言ではない、という強い声がある。むしろ忠世は信康を教戒したひとりであり、それをしなかった傅佐の臣こそ信康を死に至らしめた元凶であり、もっといえば、信康の教育をおこたった家康にこそ元悪がある。おのれの非を認めて、酒井忠次と忠世に、「ながいあいだ、なんじらを苦しませてきて、すまなかった」と、もしも家康があやまれば、家康は空前絶後の名君であろう。が、残念ながら、現実はそうではない。忠世は旧悪におびえ、恐縮する容をあらわさなければならない

p251.忠隣の顔が怒りでふくらんだ。秀忠の上田城攻めを是認しておきながら、勢いとして上田城を攻めれば、軍礼をもちだして、敗戦の責任を転嫁しようとしている。こともあろうに、かつて正信を扶助しつづけた大久保家に罪をなすりつけるとは、なんという陋劣さか。忠隣はここで正信を斬り捨てたくなった。たしかに正信は虎の威を借る狐である。怒って狐を殺せば、大久保一族は虎によって引き裂かれる。心の中で刀に手をかけたまま、忠隣は耐えた

p260.幕僚の顔をみたくない忠隣はしばらく出仕しなかった。が、そういう忠隣に冷眼をむけていたのは、じつは江戸を秀忠にまかせて駿府へ移った家康であり、嫡子を喪うことがどれほどつらいかなんじにもわかったであろう、わが嫡子を讒言によって喪わせたのは、なんじの父であるのだぞ、と意っていた。その心事を読み取り、政敵の排除に利用したのが、本多正信である。それに一枚噛んだのが土井利勝であろう。頭の切れる利勝はけっして表にあらわれない。深く読めば、絶大な偉望をもった忠隣を、正信をつかって失脚させ、その正信を悪人に仕立てておいて、嫡子の正純をまんまとかたづけるという奇術をつかった。2代将軍秀忠の時代は、利勝の時代であるといってもよい

p274.実際、長安ほど徳川家を富ませた者はいない。その絶大な功績を想えば、かれの子孫が罪を犯しても赦すほどの温宥をさずけてもよい。だが、長安が死ぬや、墓をあばいて屍体に鞭打つようなことをした。それは天下を主宰するようになった家康の醜悪な貌といってよく、猜疑のかたまりとなった晩年の今川義元、織田信長、豊臣秀吉となんらかわりはない。徳川家康だけはそれら3人とはちがう、と三河に生まれた者は誇りたかったのに、いまの家康の迷執のひどさをみれば落胆せざるをえない

p280.正信は道具にすぎない。だがこの道具は、しばしば無実の者を削損してゆくときに使われる。家康の不明を匡す道具にはならなかった

p286.彼らはすべて、――殿のために。と、意って、必死に戦ったのである。こういう大久保一門を潰して徳川家にどのような得があるのか。家を誠実に護っている犬を殺して、家に害を与える鼠を育てているようなものではないか

p294.忠世と忠佐という兄弟のはなばなしい武功は、家康の手によってひややかに否定された、というのがこの光景であろう。忠隣の子はすべて蟄居か謫居に処せられた。石川家へ養子に行った忠総と成堯も例外ではなかった。とにかく、大久保という氏をもつ者の前途はすっかり昏くなった。いまやろくに戦場を往来したこともない者が家康にはりついている

p295.彦左衛門にはわかっている。かつて二俣城にあずけられた信康が切腹するまで、懇切に接したのが平助すなわち彦左衛門であったことを家康は知っている。それだけのことで、大久保一門のなかでただひとり彦左衛門を宥した。が、彦左衛門は気に入らない。ただそれだけのことが、家康の馬前で討ち死にした者たちの功にまさるというのか

p312.寛永2年になったとき、土井大炊頭利勝が訪ねてきて、お書きになったものをお借りできまいか、といった。「われは子孫への訓辞を書いたにすぎぬ。門外不出でござる」「ほう、では、門内では拝読できようか」「ふむ……」秀忠に絶大に信頼されて、権勢並ぶものがないといわれる利勝がわざわざ訪問して、頭をさげているのである。むげにはことわれない

p313.「父上、お越しになったのは、大御所さまです」と、語げた。彦左衛門は横を向いた。「大御所さまに肖ている、と申せ」彦左衛門はさっさと寝てしまった

p313.それから数日後、堀田出羽守正盛の訪問があった。「若輩のそれがしも、大久保家のご訓辞を、拝読したい。どうか、おゆるしをたまわりたい」正盛は家光の側近中の側近である。「貴殿も、布で面をつつんだ武人を、おつれするのであろうか」「そうなりましょう」

p314.「彦左衛門か……」と、問いつつ、自分の貌をつつんできた布をとった。22歳の家光の容貌があらわれた。すると男は覆面をはずして、「そこにお立ちのかたは、上さまにたいそうよく肖ている。それがしも彦左衛門そっくりでござる」と、いった。家光は正盛をふりかえって哄笑した



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