春日武彦「精神科医は腹の底で何を考えているか」幻冬舎新書

公開日: : 最終更新日:2011/09/19 書評(書籍)



精神科とか心療内科に思うところがあって手に取った一冊。前のが、少し物足りないということもあって、前評判としてもハードであったこれを選んだもの。医師のものでこれほど面白いと思った本も珍しい。途中で止められなくなったのも久しぶりだった

少し、中島義道的なところを認める。自分の判断が正しいし、それがいくらドライな物言いであっても正直に吐露し、ときにそのとおりに行動する。それが多くの人のヒューマニズムからは認められないが、どうも自分の判断が正しいし、うすうす他の人もそう考えているのだろうという感じ。建前どおりに動いてホンネを隠すことを嫌うような

生姜焼定食の話はウケた

金銭関係を大事にし、患者との間の一線を画す。その状態でなお、その一線を越えてくる患者への対処方法、とくに台詞が素晴らしい、し、面白い。かなり長いものだがメモした

中島らもの本は何冊か読んだことがあるが、躁うつ病であったとは知らなかった。意図せずして中島らもの当時のことについて知ることができた。それも医療との悪い関係について

自分も、自由な発言をするためにその基本的知識を持つことを証明する資格を持つことがある

芸術的な処方というものも面白かった。今年の花粉症からは、新しい耳鼻科医に診てもらっているのだが、その処方もそれっぽい



p6.つまらぬ発言をしても、医師なる立ち位置ゆえに見逃してもらえる。コメントを求められ、原稿を求められる。粗略に扱われることはない。つまり、振る舞いようによっては、精神科医という仕事はまことに美味なのである

p17.そして彼には強い副作用が出現していた。失禁やふらつき、目の調節障害などが見られ、ことに目については自力では原稿用紙の升目を埋められず、口述筆記をしていたという。しかも服薬をやめたら視力を取り戻せたと本人は語っている。こうなると、担当医の責任を問いたくなる。診察せずに薬をだらだらと出し続け、実際に深刻な副作用が生じている。これはマズイ

p20.嫌な顔をされそうだったのでそれ以上追及はしなかったが、思い込みだか迷信だか名人芸だか分からない処方というのは確かにあるし、それが効果的なこともある。だから処方箋を見ても、複雑なりにどこかエレガントな処方というのはある。いわゆる著名な、功成り名遂げたベテランドクターの処方をときおり目にする機会があるが、まことに芸術的処方もあれば、魔女のスープみたいな処方だと言いたくなるものもある

p21.で、わたしとしては次第に名誉教授の言いそうな台詞であるとか、こういった場合にはこんな処方をするだろうと見当がついてくる。そこが面白いわけであるが、よほどシリアスな訴えでない限り、いつも同じマイナートランキライザーしか出さないことに気が付いた。ある意味ではまったく芸がない。同じ特定の薬を(医師によっては、マイナートランキライザーをひどく細かく使い分ける。ちょうど岩塩を産地別に使い分けて料理に使用するように)、ただし自信たっぷりな態度で処方する。「うん、あなたはとても良い薬がありますよ。今日はそれを出しておきましょう」と。そしてたぶんその自信に満ちた態度と名誉教授というステータスが作用するのであろう、誰もがしっかりと改善するのであった

p23.クリニックを開いている友人は、診察室の引き出しに、実際に処方する薬剤の実物を仕舞っていて、処方をする際にはいちいちその実物を見せながら説明をしていて、なるほどと思わせられた

p29.鑑定書で、薬剤の影響や、むしろリタリンを処方した医師の責任こそ問われるべきだと述べたが結局は懲役刑となり、しかしそれでも求刑よりはかなり軽くなっていた。もっとも、医師への責任は問われず仕舞いであったが。こうなるとヤブ医者というよりは、犯罪の黒幕みたいなものである

p33.カウンセリングの最中には、患者と治療者とが異性同士の場合、患者が治療者へ恋愛感情に近い気持ちを抱くことがある。これは治療者が魅力的だからそうなるといった話ではなく、カウンセリングという構図そのものがそうした錯覚をもたらしやすい。そんな場合、スタート時点に」おいて金銭を介した契約関係が欠落していると、「けじめ」がつかなくなる危険が大きい。そして結局は患者が痛手を負うことになるだろう。そういった生臭い話にはならなくとも、無料ゆえに責任感とか義務とか礼節といった因子は曖昧になりやすい。心を扱うに際して、無料という要素は予想以上の歪みをもたらす

p35.「今、こうしてあなたを説き伏せられるとは思っていません。だけどね、直感的にね、すぐに死ぬのはまずい気がしますね。私の家の電話番号を突き止めるだけの能力とエネルギーがあるんだから、あなたは死ぬ必要なんかないんです。次の外来まで、死ぬことは棚上げにしておいてください。あなたに必要なのは『即、実行』のノリではなくて、ためらったり、おろおろと迷うことです。いきなり自殺しちゃったら、格好つけ過ぎですよ。もうたっぷり悩んだとおっしゃるかもしれないけれど、次の外来まで、とにかく自殺は棚上げにしましょう。そうして、外来でもう一度一緒に考えましょう。それが宿題です。よろしいですか。外来でお待ちしていますからね」と、(飄々とした口調で)言って電話を切ってしまうだろう。これは医療者として適切な態度なのか

p37.わざわざ死ぬと言ってくる人には生への未練が強いことは確かだと思う。ましてや、わざわざわたしの電話番号を突き止めてまで自殺のことを告げてくるのには、本人なりに当方のリアクションに期待するものがあるのだろう。おそらく赤ひげ先生的に対応してもらい、そのことによって「ああ、わたしは大切にされている」「世の中、捨てたもんじゃない」と思いたいのだろう。ところが事態が期待通りに運んだ場合、おかげでその患者はそれで立ち直っていくかといえば、そう都合良くはいかない。むしろ味を占め、ちょっとした挫折に際してもたちまち同じパターンを持ち出して「心の応急手当て」を望むことになるだろう。進歩がないどころか、迷惑な人間になってしまうだけである

p40.推理小説の大団円のように、ケースが劇的に解決することなど滅多にない。大概は「何となく」「いつの間にか」である。それはカウンセリングが主体であろうと、薬物療法が主体であろうと似たようなものである

p47.ときおり、驚くばかりの包容力を示すドクターを見かけることがある(大概そうした医師はなぜか早死にしてしまう)

p56.カルテには「患者との約束はきちんと守れ、それで医者か?」とメモを挟んでおいてやった。それを見たG医師は、自分のすっぽかし行為よりは、目下の者(わたしのことである)が失礼なことを言いやがってといった反応しか出来なかった。で、どうしたかというと教授に言いつけに行ったのである。すると「お前のほうが悪い」と指摘され、しぶしぶわたしへ形だけの謝罪に来たのであった。情けない。最低の人間である。まあそれはそれとして、ミスターG医師は「患者は美人に限るねえ」としみじみ言い放ったのでたまげたことがある。美女と差し向かいで喋れるうえに、頼りにされる。こりゃ男冥利に尽きるといった意味のことを平然と語るのであった。脳みそ腐ってないか、あんた? 病院なのであり、医者を選べないからこそお前のところに来ただけだろう

p71.母への説得はいくら試みても無駄だし、こちらとしてもつくづく虚しくなってくる。母が気持ちを改めるか寿命が尽きるまで、息子にかなりの不都合を強いなければならないなんて、担当医としてはあまりにも寝覚めが悪い。率直なところ、そんなことを延々と繰り返していると、自己嫌悪に陥ってくる。そこで母親に、「あなたが息子さんの健康管理に協力してくれない以上は、こちらとしても責任を持てません。あなたもわたしのことを小うるさくて人情の分からぬ奴と思っていらっしゃるでしょうから、いっそ医療機関を変えてはいかがでしょうか」と提案してみた

p86.例えば抑うつ気分を訴えている患者がいたとする。このとき、「うつ」な心にばかり拘泥し、うつ→うつ病、などと判断するのは素人である。精神科の疾患でうつを呈することのないのは躁病だけである(しかも躁病の多くは、時間の推移とともにうつを示す)。うつ病には、いわば「うつ病らしさ」とでも言うべきパターンがある。それは当人の性格や人生の営み方、ストレスへの対処の仕方、最近の生活状況、「うつ」の生じた経緯やそれに伴う心身の変化、「うつ」とはいうもののそれは具体的にどのような精神状態であるのか、周囲の人たちとの関係性、当人は今の自分をどのように評価しているのか等々の情報を通して炙り出されてくるイメージであり、それをいかに見抜くかが診断の「腕の見せどころ」ということになる

p88.こんなことを記すと、反感を覚える読者も多いのではないだろうか。人の個性は千差万別、それなのに精神の壊れ方がたった百種類と決めつけるのはずいぶん乱暴な話である、と。わたしも同じように考えていた時期がある。ところが実際に臨床に携わり、数多くの症例と接してくると、やはり百程度かもしれないといった実感が湧いてくる

p106.心を病んだ人は、決して支離滅裂なわけではない。逆に、きわめて論理的なことのほうが多いことはぜひとも強調しておきたい。論理的であることとそれが真実であること、ないしは現実にマッチすることとは別な話である

p111.苦肉の策として、腕時計を右腕に巻いておけば、カルテにメモでもするようなさりげない仕草でそっと時間を確かめられるのではないかと考えたのであった。ただし実際にはあまりスムーズには文字盤へ目を向けられない。むしろわたし自身の気休めのために、いつの間にか腕時計を右にする習慣になってしまっただけのようである

p119.今になって思い返すと、あそこの病院はいくぶん新興宗教じみた雰囲気に包まれていた。院長が親代わり、患者は子どもたちといったヒエラルキーがあり、その線で真剣に医療が行われていた。わたしは自分より年上の患者たちの「兄貴分」みたいな立場を医師として割り当てられたのであった。運動会や学芸会みたいな行事が催されると、最後に院長以下医師が全員、代わる代わる壇上に登って患者一同へ「講評」を言わなければならない。重々しく、諭すように講評することを求められるのであった。わたしはこれが生理的なレベルでもう嫌でたまらず、あれこれ理由をつけてはその場に居合わせないようにしていた。いい歳をしてそんな姑息なことをしている自分に情けなくなった。もし自分が患者となってあそこの病院へ入院したら、さぞかしげんなりするだろうなと思わずにはいられなかった。医者に威張られる筋合いなどないし、入院費を払いつつも院歌を強制させられるなんて冗談ではない。あの父性愛的な押し付けがましさというか威圧感は、心の根っこの部分を嫌な具合に揺さぶってくる。想像するだけで気分が悪くなってくる。きっと脱走というか無断離院を図るに違いない。信念に基づいたコントローラーである院長だったが、当初は彼に腹を立てていたわたしは、最終的には和解をしたのであった。彼が純粋かつ不器用な人であることが判明したからである。短歌を詠み、時には患者への気持ちとして詠んだその短歌をカルテへ万年筆で記していたこともあった。自分にオーラがあると思い違いをするような俗物ではあったが、明治生まれの気骨みたいなものを感じさせた。患者としてのわたしが彼に身も心も委ねられるような心性の持ち主だったとしたら、さぞや人生は楽になるだろうと夢想したこともあった。院長が書いた随筆をまとめて特別に装丁した書物を進呈したことがあったが、当時のわたしとしては最大限の賛辞だったのである。ただしその特装本の費用は病院に出してもらったのであるけれど

p125.「もちろん普段の僕ですよ。いや薬を止めたぶん、頭がすっきりしてるかも」(わたしは身を前に乗り出して、囁くように喋った)「いや、いつもの君とはちょっと違うよ。そこが心配なんだ。もう薬なんて飲まなくてOKって言えれば君にも喜んでもらえることは分かっているよ。だけどそんなことを言ったら、君を見捨てることになってしまう。だから延々とこうして粘っているんだよ」「…………」「あのね、今だったら短期間で本来の調子に戻れるんだ」

p126.ここに記したやり取りの中には、口にする言葉とは裏腹にどこか馴れ合いめいた雰囲気が見え隠れしていなかっただろうか。結末は分かっているなりに、S君は儀式のようにあれこれと自己主張してみたことがお分かりいただけただろうか。こうしたプロセスを経なければ彼としては自尊心を主張できず、立つ瀬がなくなってしまう。そのアタ栄を了解したうえで、あえてわたしがいささか強引な挙に出た。そうして彼自身が感じ不安にも思っている「再燃に伴う違和感」に対処したことを分かっていただけたろうか。ここで言いたいことは、医者と患者との関係には優しさとかコントロール願望とかいろいろな要素が関与するにせよ、少なくとも単純なパワーゲームだけが展開されるわけではないということである

p129.あんたが自分の精神は正常そのものだとおっしゃるのは分かりました。しかしそれはそれとして、こうして医療機関につれて来られた以上は身体について診察をさせていただきたい。まずは血圧と体温測定、それから聴診をさせていただきたいのでそこの診察台に横になってシャツを捲りあげてみて下さい。そのように言うと、意外にもその指示におとなしく従ってくれることが多い。精神が異常と言われるのは不愉快だし診察されること自体が侮辱に感じられるが、身体を診てもらうぶんには小学校以来そうした経験があるし、一応チェックしてもらうに「やぶさかではない」。そこで身体を診ながら、あなたは精神的に調子を崩しているから注射を受けて入院したほうがよいと思うと告げると、かなりスムーズに事態が進んでいくのである。この事実から何が分かるだろうか。精神科に対する抵抗感や、自分が精神的に病気であると断定されることへの恐れはもちろんあるだろう。他方、白衣を着た医師に身体を診てもらうことにはむしろ安心感が伴い、幻覚や妄想に伴う違和感や不安感も身体の診察という文脈で語られるぶんには素直に認められる

p135.何よりも分からないのは、わたしの治療方法に賛成しかねるのならば、なぜわざわざ再診に来たのかということなのである。屈託のない表情のまま、たんに「薬は副作用が怖いと思いまして」と口にするだけなのである。どうしましょうとか、困ったとか、こうしてくれとか、そんなふうに彼なりの治療に対する迷いや途方に暮れた感情が示されない。まるで他人事のように、飲まなかったと語るのみ。結局のところ、彼はなにも考えていない。その場の感情や思いつきだけで行動しているらしい。すると、そんな人でも神経症や不眠症になるのだろうかとわたしは自分の医学知識に自信が持てなくなってしまうし、また彼がクビにもならずにサラリーマンを続けていられることを不可解に思わずにはいられない

p142.基本的に他人の価値観などどうでも構わないし、人間の考えることや行うことには「何でもあり」と思うのが当方のスタンスである。しかし率直に言って、たとえば本をまったく読まない人生であるとか、生き甲斐がカラオケと言い切れる人生がわたしにはぴんとこない。異常な物語は山ほど頭の中に蓄えられているのに、ありがちな物語のストックはまことに少ない。牛丼一杯の値段や、パチンコをする楽しさや、行列をしてでもテレビで紹介されたスイーツを入手しようという価値観や、海外旅行に行ったら職場の同僚全員に土産を買って帰らなければならないと考える「常識」や、マンションのエレベーターでたまたま一緒になった住人から挨拶をされてもそれを平然と無視することを不作法と思わぬような感性や、そういったことをも含めてとにかくわたしは世の中に流布している物語を十分に把握できていない。これは不健全な状態ではないのか

p150.妄想は敗北の物語であると同時に、患者に立つ瀬を与えるという意味では勝利の物語でもある。となれば、精神科医は治療と称して闇雲に患者から妄想を取り上げてもよいのかといった疑問が生じても不思議ではあるまい。患者が窮余の策として縋っている「物語」を、一方的に奪い去ることは許されるのか。現実には、妄想だけを患者の頭の中から抜き取ることはできない。薬物の作用は、まずは病的な不安感や焦燥感を抑え、あえて妄想という物語を必要としなくなるように働くようである。それは理に適っているであろう。ただし落ち着きを取り戻し、妄想も消え失せた患者がそのまま以前の元気な姿に戻るかというと、なかなか微妙なものがある。どうも気が抜けてしまったような、どこか精神が弛緩してしまったような状態が持続する。これを陰性症状などと称するが、素朴な印象としては、分かりやすい物語を失ってしまった後の気が抜けてしまった状態を彷彿させるのである。物語はエネルギーそのものであるといったイメージを抱かずにはいられない

p155.うんと下世話な言い方をするならば、「いつも難しい精神分析の本や精神病理の論文ばかり読んでいるわけではなくて、ほら、こんなふうにサブカルにも詳しいんですよ!」と彼らが得意げな表情を浮かべているところが、ありありと想像されたという次第なのである。外国語の文献を山ほど引用して頭の良さをアピールするといったスタイルではなくて、サブカル経由で意外性を狙うところがいかにも精神科医らしい屈折だなあと思えたのである

p170.よくもまあぬけぬけと電波監理局だのライターだのと言えたものである。この身分詐称についてあげつらうことは簡単である。だが、「廉直原理主義」がベストとは思えないし、当人とわたしとには妄想というキッチュな舞台で一緒に配役を演じるっといった、どこか親しみのある感触が存在していたことを特記しておくべきだろう。騙すとか嘘を吐くといった剣呑な脈絡ではなく、互いに「やれやれ、生きていくのも楽じゃないねえ」とぼやきつつ微妙に心を通わせながら茶番を行っていた気がしてならない。妄想は本人にとってきわめてシリアスでありつつも、ちゃんと「分かって」いる相手となら、共に茶番劇を演じることもやぶさかでない――そんな二重性があって、だからこそ当人はわたしに身分証明書を出せとか名刺を寄こせなどとは迫らなかったし、奇妙な余裕さえ見え隠れさせていたのだった。こうしたデリケートな部分こそが、狂気の本質にかかわってくる。切迫しつつも馴れ合いを演じられるような一見矛盾した部分に、人間の心の奥深さがある。嘘→倫理的に問題!といった粗雑な思考では、到底、彼らとは対峙できないのである

p174.わざわざ書く必要もないことだが、我々の心はモノトーンではない。いっぺんに複数のことを感じたり考えたりするのは日常茶飯事だし、心の動きは大概において二重底である。矛盾した内容を感知したり、正反対の欲望を同時に抱いたりもする。それが普通なのであり、アンビバレントは我々にとってごく当たり前の状況である(それを無理に整合性を図ろうとすると、心は軋むことになる)。だから、数学のように冷徹な因果関係で精神を理解することなど乱暴極まりないことであり、さまざまな気持ちが並立していることを前提にアプローチを図るのが精神科領域の専門家ということになるだろう

p212.母はさすがに電磁波が原因とは思っていない。きちんと医者に診せるべきだと思う。けれどもそれを口にしたら、娘は怒り出すだろう。それが怖いし、娘だって娘なりに父を心配しているのである。ベストなのは娘も父も病院に行くことだろう。だがそうしたら二人とも入院ということになって、自分は一人ぼっちになってしまうかもしれない。それは不安だし、入院手続きの煩わしさや入院費や見舞いのことを考えただけで頭が混乱してくる。娘は父を念力で治すのだと毎日祈りを唱えている。そんな様子はいじらしくも映り、その懸命な姿は心の病が改善していく兆しかもしれない、いやきっとそうだ。ならば現状を荒立てずに、もうしばらく様子を見ていってもよいのではないかと。と、そんなことを考え、客観的に見たらかなり「やばい」状態なのに、母としては現状維持ということで自己正当化してしまう――これもまた不健全な形の安定、見せかけの安定、そして低値安定ということになるだろう。驚くべきことに人間は平然と現実から目を逸らし、事態がマイナス方向へと向かっていようとも「不幸慣れ」してしまえる存在なのである。こうした人にとって、たとえ建設的で前向きな方向であっても、とにかく変化そのものが不幸と同義になる。現状維持、悲惨なりに慣れ親しんだ状態に留まっていることこそが、心の平和に繋がるのである

p215.結局のところ、精神科医はこちらの(小市民的な)幸福の尊さを説くということになる。だが常識的には、そうしたタイプの幸福を青年のうちから追求するとしたら、それは若年寄とでも揶揄されるのではないか



20090705133357

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Comment

  1. あずさ より:

    私、春日武彦嫌いです。何様?って思う。…そりゃあ、嫌な患者はいるだろうし、医者の優しさにも限度があるだろうけど。“貴方には全く歪みはないのか?”って聞きたい。

  2. Max より:

    ね、そういう人に嫌われるところも中島義道に似てる

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