野内良三「日本語作文術」中公新書

公開日: : 最終更新日:2011/09/11 書評(書籍)



読み捨てる本ではない

筆者のこの文章自体が、主張を実践している。たとえば、同じことを言うときには同じ文章を使っている。本書では明確にしていないものの、含意はある

短く書く。これは、順接のガを使わずにそこで文章を切るのが美しいというのに通じる

読点の付け方に首肯。これまで明確に教わったことがなかった。筆者のやり方だと、読点はそれほど要らない形を上とするはず

ハとガの違い。認識を修正できた。自分はもっとラディカルに考えていた



ii.目標は「達意」の文章だ。達意の文章とは、こちらの考えていること(意)が正確に相手に届く(達する)文章のことだ。別の言い方をすれば、達意の文章は①読みやすいこと、②わかりやすいこと、③説得力があること、この3つの要件を満たしていなければならない

iii.一定の言い回し(表現の型)を踏まえれば、誰にもそこそこの文章が書ける。文章を書くとは一定のマニュアルに従って定型表現をつなぎ合わせることだ

p2.作文に独創は必要ない、使い古された言い回しを上手に使いこなせばいい――これが私の文章作法である

p5.本来「書く」ということはヨーロッパ語のように、発話環境に寄りかからず、情報はなるべく言語化することである。書くときに感じる、あのなんとも言えないうっとうしさ、気の重さは、この言語化の煩わしい手続きに起因する

p11.なにを隠そう、私は「書くとは引用である」と信じている人間である。きっと、この発言は奇をてらったものと聞こえるかもしれない。世間では独創的で個性的な文章を書くことがよいことだと推奨されているからだ。しかしながら、独創的で個性的な文章を書くには、それなりの持って生まれた才能とセンスが要求される。「名文」を書くことができるのはごく一部の限られた人間だけに許される特権だ。神様は公平ではない。だから、重ねて言う。作文に高望みは禁物である。だが、諦めるのはまだ早い。作文に対する考え方を改めればいいのだ。「文を作る」と考えるから気が重くなるので、「文を借りる」と考えれば気が楽になる。大方の予想に反して、文章を書くとは「無からの創造」ではない。すでに在るものをいかにうまく利用するかの問題だ。文を盗む、いや拝借すること――文章に対するこのスタンスを私は「引用」と呼んだまでである。文章はカタチからはいる、これが大切である

p23.「短く書くこと」は単に文を切るだけの問題ではない、どうやら「思考の流れ」と深く関係しているらしいということに。考えがしっかりまとまっていないから、文が長くなるのである

p36.日本語の主語は省略可能なことからも分かるようにヨーロッパ語のように主役ではない。必要なら補う「補語」(修飾語)にしかすぎない。脇役である。主役はあくまで述語である。述語はどうしても文末に置かなければならないが、そのほかの単位はどこへ置こうが原則的には自由である。日本語は被修飾語である述語に、必要に応じて主語だとか、目的語だとか、副詞句などが修飾語としてかかっていくという統語構造を持っている。そうだとすれば、文節の大きさだけを基準にして語順を決めるのは日本語の論理にはかなっているわけである。「長い文節を前に出す」ようにすると日本語は読みやすくなる

p38.ヨーロッパ語の文の展開は「重要な役者ほど前に」の原則に従う。つまり、≪主語→動詞→目的語→場所や時間などを表す状況補語≫の順番である

p41.日本語では「文節は長い順に並べる」という規則に従って書くかぎり、読点はなくてもすんなり読める

p42.読点には「遠くの文の単位にかかる」というサインとしての用法がある。大事な用法なのでしっかり覚えておくとよい

p52.最初に一つ質問をする。読点の打ち方をご存じですか。読点のことは学校の「国語」の時間で教えられているはずだが、多くの人はこの質問にとまどいを感じるだろう。いや、「打ち方」は習ったことなんかないぞと反論する向きもあるかもしれない

p53.一つひとつの読点を目立たせるように、読点はなるべく打たないようにしよう――これが読点を打つときのポイントである。読点のいちばん大事な役目は文の単位を区別し、文の仕組み(構造)をはっきりさせることだ。要するに「分かりやすさ」が狙い目である

p56.読点の打ち方には絶対的な規則はない。すべて相対的である。読点にはさまざまな意図が込められるはずだが(たとえば「強調の読点」)、私がいちばん重視するのは読者への気配りである。要点は読者が分かりやすいように、読みやすいように打つべきなのだ

p64.ハとガの使い分けは「選択・対比」か「排除・特定」かの含意の違いである。言い換えれば、ハとガの使い分けは文法的な問題ではなくて、使う人の視点(スタンス)の問題ということだ。たとえば「既知情報」と「新情報」の区別は、あくまでも発話者の判断で、表現上の処理、視点の問題である

p69.ガの用法はほとんどの場合「排他的特定」で説明できるのだが、ただ一つ例外がある。専門家の間で「現象文」とか「眼前描写」、「中立叙述」と呼ばれている用法だ

p72.ハを使うと関係する助詞を省略しても構わない。その場合はヲが省略されている。ただし、ヲに限ってはヲを残したかたち(ヲハ→ヲバ)は現在では不可である(少し前の日本語なら「この本をば読みなさい」と言えたけれども)

p74.これはある高名な仏文学者が日本語の非文法性の例として挙げた有名な例文である。これからなにを食べるかが問題の状況で、日本語では「ぼくはうなぎです」(ぼく=うなぎ)というがこれは実に「非文法的」、「非論理的」だと、その仏文学者は痛憤した。とんでもない言いがかりである。日本語の論理では「ぼく(が食べるもの)について言えばうなぎだ」と理解しなければならない。ほら「春はあけぼの」という、あの発想だ

p76.ガの支配権は文を越えることはできないが、ハの支配権は文を越え、次のハが登場するまでその支配は続く可能性がある。つまり、ガは小さくかかり、ハは大きくかかるということである

p84.ここまで確認した日本語の特質をまとめると次の3つになる。(1)発話環境依存的である、(2)統語的に単純である、(3)主観的である。この3つの特質のせいで日本語は抽象的=観念的内容を表現するのには不向きだった。文を論理的に組み立てていくのが苦手だった。日本語が得意とするのは。具体的=感覚的な描写や個人的な感情の表出である。その格好の例が短詩型文学(俳句や和歌)の隆盛である。ヨーロッパ人の目から見れば、17文字の俳句など長めの表題にしかすぎない。『省察』と言い習わされているデカルトの書物の正式な書名は、『神の存在、および人間の精神と身体との実在的区別が証明されるところの第一哲学についての省察』である

p85.逆に見ればこの3つの性格から自由になれれば、日本語でも抽象的=観念的内容を表現できるということだ。こんなふうに言うと小難しく感じられるかもしれないが、具体的には「私」という視点をやめることだ。文の中で主語を大いに活躍させることだ。さらに言えば、主語にできる限り無生物(抽象的な言葉)を当てることである。無生物主語を立てるため――硬い内容を表現するため――昔の人は漢文で書いたり、漢文を真似た文章で書いたりした。明治以降の人はヨーロッパ語の影響を受けた翻訳調で書いた。意外に知られていないことだが、評判の悪い「読み書き」中心の外国語教育は日本語力養成の役割を陰ながら果たしていた(「訳読」と「作文」は双方向の関係にある)。いや、日本語力だけではなく、思考力養成の役割も果たしていたのである

p107.実をいえば「段落」という観念は、もともと日本にはなかった。昔の日本の書物はどんなに長い文章でも、切れ目なしに延々と書かれていた。古典文学全集や文庫などに収録されている古典は「読みやすいように」編者が段落を適当に入れている(見出しを付ける場合もある)。そう、段落の大切な役割は文章を「読みやすく」することなのだ

p161.文体を決めるのはほぼ文末である。書き慣れない人の文章でまず目につくのは、やたらに「と思う」、「と考える」が出てくることだ。重症な場合はすべての文がこの表現で終わる。文章を書くということはそもそも「自分の考え・意見」を表明することなのだから「と思う」、「と考える」といちいち断る必要はない

p164.平仮名の「分かち書き」の効果を考慮して漢字と仮名の使い分けに対しては、私は次のような方針で臨んでいる。(イ)なるべく平仮名を多くするようにする(平仮名6、漢字4が目安。7、3も可)、(ロ)「時」、「事」、「物」が軽い意味のときは平仮名にする、(ハ)漢字や仮名が続いたときは平仮名の分かち書きの効果を利用する、(ニ)名詞・形容詞(形容動詞)は原則として漢字とするが、和語系のものは場合によっては平仮名にする(「まなざしを投げる」、「うつくしい空」、「しずかな海」)。基本的な動詞は平仮名にしてもよい(「気持ちがゆれる」、「風がふく」、「姿がみえる」)、(ホ)副詞は平仮名書きを基本とするが、ケースバイケースで使い分ける(「実に/じつに」、「必ず/かならず」、「頻繁に/ひんぱんに」、「早く/はやく」、「無論/むろん」、「当然/とうぜん」、「実際/じっさい」、「事実/じじつ」)

p238.それと知らずに私たちは漢語のオノマトペをよく使っている。たとえば「断乎」、「突如」、「騒然」、「嬉々」、 「安閑」、「正々堂々」など。「と」、「として」、「たる」などを添えて用いられる一群の漢語である。和語のオノマトペと違って、漢語のオノマトペは文章に凛とした張りをもたらす。和語と漢語をうまく使い分ければ、オノマトペの世界は限りなく広がるはずである



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