佐藤優「自壊する帝国」新潮文庫

公開日: : 最終更新日:2012/03/10 書評(書籍), 佐藤優, 有罪判決



筆者の単行本として読んだのは2冊目

佐藤優「国家の罠-外務省のラスプーチンと呼ばれて-」新潮文庫: hiog

ダイナミズムはもとより、人の狡さというものの勉強になる。学校教育以外の勉強にもってこいの本だと思う。民間で理解できない官の世界、日本で通用しない外国の世界、法律で裁けない現実の世界、共和で動かせない神学の世界

太平洋戦争時、本土に空襲があったとき神社で起きたこと。何か昔の本で読んだことを思い出した



p19.ソ連は帝国であった。通常、帝国は宗主国と植民地をもつ。イギリス本国とインド、フランス本国とアルジェリアというように本国と植民地は、地理的な概念で、一目瞭然に区別することができた。ソ連は帝国だったが、目に見える宗主国はなかった。ロシアが宗主国で、ラトビア、リトアニア、ウクライナ、ウズベキスタンなどのロシア以外のソ連邦構成共和国が植民地であったとの見方は間違っていると私は思う。ロシア人の血が入っておらず、ひどい訛りのロシア語を話したスターリンがソ連の最高権力者であったという事実からして、ロシア人が少数民族を抑圧していたという単純な図式では説明できないソ連という国家体制の、複雑さを如実に示していた。ソ連帝国の中心は、ロシア人を含むすべての民族を抑圧したのである。そして、その中心がソ連共産党中央委員会だった。中央委員会は絶大な権限をもつが、絶対に責任を負わない

p28.欧亜局ソ連課の扉の横には呼び鈴があり、「ご用の方は、このベルを押してください」とロシア語と英語で書いてあった。このような呼び鈴が設置されているのはソ連かだけだった。実際はソ連人が外務省に立ち入るときは玄関から外務省員が同行するので、このベルを押す人はいない。しかし、「この部屋には勝手に入ってくるな。われわれは緊張した環境で仕事をしているのだ」という雰囲気を外務省の同僚にさりげなく伝える効果があった

p30.宮本首席事務官は、よく大きな声を出して課員を叱責することがあった。私は最初、なぜ感情を抑えられないのかと不思議に思った。しかし、よく観察していると、宮本氏が大きな声を出すことで、課員が課長から叱責されないような環境を作っているということが分かった。政治家や官僚が怒鳴り声を上げるのは、それなりの計算に基づいているということを私は宮本氏から学んだ

p34.「私について調査、告発する作業の責任者を外務省は武藤氏にやらせるんですよ」と言うと、ロシア人たちは「エッ」と驚いて、しばらく黙り込んでしまった。それから、おもむろに口を開くと、こんなことを教えてくれた。「ソ連時代の共産党中央委員会やKGBにそっくりですね。KGBでは誰かを断罪するとき、その人と親しかった人物にその作業をさせるのですよ。何よりの踏み絵になるからね」

p36.陸軍学校の授業は厳しかった。1日25から30個の単語と5から7のフレーズを暗記しなくてはならない。午前8時から正午までが文法の授業、午後1時から4時までが会話、その後、こなすのに4、5時間はかかる宿題が毎日出る。週に1回単語テスト、月に1回文法。解釈・作文のテストがあり、100点満点で80点以下を2回とると退学になる

p43.共産圏の政府はこれら「悪書」を廃棄せずに、密かに西側に輸出していた。その代わり西側から物々交換で科学技術書や辞書を入手する。共産国政府としてはこれで貴重な外貨を節約することができる

p60.プーチン大統領はKGB第一総局の出身だが、エリツィン大統領時代にFSB長官をつとめたので、SVR、FSB双方の内情に通じるという稀な経歴を持っている。このことがプーチン大統領の重要な権力基盤になっているのである

p74.「タジュリージナ教授は僕たちの味方なんだぜ。今日の発表も彼女が勧めたんだぜ」「それなら何で君を怒鳴りつけるんだい」「僕の今日の発表は、明らかにモスクワ大学の公式の場で許される範囲を超えている。それに資本主義国から来た者もいる。共産党員である教授陣としては、保険のために公式の立場で僕を叱責しておかなくてはならない。それでああいう態度をとった。しかし、僕が発表したことで、学生たちは『道標派』について、これまでの公式の話とは違うことを聞いた。これでいいんだよ」

p77.ちなみにロシア人は、何か面倒なことがあると「弁証法的に(ディアレクティーチェスキ)」と言って誤魔化す。「弁証法」という言葉が出てきたときは、何か嘘が潜んでいるので要注意なのである

p78.ロシア語では、「われわれの側の善い概念」と「奴らの側の悪い概念」がすぐにわかるようになっている。ソ連や社会主義国の人民の側に立つ「善い警察」は「ミリツィヤ(民警)」で、資本主義国の人民を抑圧する「悪い警察」は「ポリツィヤ」になる。ソ連に宇宙飛行士は「コスモナフト」だが、アメリカの宇宙飛行士は「アストロナフト」だ。ソ連の人類の進歩と平和に貢献する人工衛星は「スプートニク」だが、アメリカの軍事目的が背後に潜んでいる悪辣な人工衛星は「サテリート」だ。このような二分法を子供の時から学校教育で徹底的に叩き込まれる。しかし、ソ連人はこのような二分法が嘘であるということにも子供の時から気付いている。そして、公の場で言ってよいことと悪いことについては、幼稚園時代に身に付けてしまうのである

p83.しかし、これらの材料も消えてしまうと、ロシア人たちはとてつもないことを始めた。街の化粧品店からオーデコロンが消えたのだ。半ばアル中の人たちがオーデコロンを飲み始めた。それで死者まで出た。さらに驚いたことに靴クリームが街から消えた。アル中の連中が靴クリームを食うようになったという

p91.胸やアンダーヘアが写っていない水着の写真ならば、「芸術作品」として大目に見られる。そこでわが日本大使館は知恵を出して、日本の生命保険会社と掛け合って、生保レディーが配っている名刺大の水着カレンダーを大量に入手して、モスクワ生活を円滑にする小道具にしていた。ちょっとした交通違反の揉み消しくらいは、このカレンダーで十分可能だった

p93.ロシアでは「川を三つ越えれば、誰も浮気をとがめない」と言う。「旅の恥はかき捨て」ということだ。2ヶ月間、充電すれば、モスクワに戻ってから10ヶ月間セックスレスが続いても耐えられる。保養地での浮気は夫婦の間でも黙認されるという文化だ。ただし、保養地での関係をモスクワに持ち込むと血の雨が降る。住所や電話番号を教えずに、「避暑地のセックス」を楽しむというのが正しい作法だ

p121.「サーシャの言うことの意味がわからないな。ロシアが宗主国じゃないのか」サーシャは首を横に振って「断じて違う」と強調する。「ロシア人こそがこの国でいちばん虐げられているということだ」「宗主国がなければ、植民地もないということになるよな。サーシャの話ではソ連帝国には宗主国もなければ植民地もないということか」「そう言ってもいいかもしれない」「それなら帝国なんていう概念を使う必要はない。共和国じゃないか」「違う、違う。帝国の中心はある。『スターラヤ・プローシャジ(旧い広場)』だ」「スターラヤ・プローシャジ」とは、ソ連共産党中央委員会の所在地だ。サーシャは続ける。「ソ連共産党中央委員会にはすべての権限がある。だが、権限を行使したことに対する責任を一切負う必要がない。ここから無責任の体制が国家の上から下まで完全に行き渡っている。ソ連国家を抜本的に立て直すためには、ソ連共産党を叩き潰さなくてはならないんだ。しかし、共産党を叩き潰したらソ連はなくなってしまう」

p132.神学を学んだ者には独自の職業倫理が刷り込まれる。どんな仕事であっても、そこには何らかの意味があると考えるようになる

p133.私の仕事は、書類運びと保管、コピー取りに始まり、灰皿の掃除、朝のお茶汲み、それから上司に言われて行う新聞記事の下訳、月曜から金曜まで午後一回行われるソ連外務省プレスセンターでの記者会見を週一回程度傍聴し、記録を作成することだった

p135.私はその二等書記官が言った「誰かがやらなくてはならない仕事だ」というのは、もっともな理由だと思った。その後、人間的には決して好きになれないロシア人に擦り寄って、話を合わせて情報をとる仕事をしているときも「誰かがやらなくてはならない仕事だ」という言葉がこだました

p141.「どうして教会は共産党の対話路線に乗っかっているんだい。現在の教会指導者はソ連体制の手先ということか」「それについては、イエスでもありノーでもあるなぁ。教会指導部の過半数はKGBの協力者だ。それから神父には同性愛者が多い。この国で同性愛は刑事犯罪だ。それを隠すために修道院に逃げ込む奴が結構いる。それから、独身を誓った高位聖職者で女関係にだらしない奴もたくさんいる。キエフのフィラレート府主教の話は知っているか」「知らない。なんだい」「フィラレートには女が3人いて、子供も4人似る。そのうち1人が子供の認知を求めたらフィラレートはKGBに頼んで揉み消した」

p157.「ソ連課長席の横に四段キャビネがあるだろう」四段キャビネとは、回転錠とシリンダー錠のついた耐火仕様の金庫型キャビネットのことだ。「ここにロシアスクール関係者全員のセックス絡みのスキャンダル、ロシア娘やKGBとのトラブル、カネを巡るスキャンダルなどの情報がメモの形で入っている。ソ連課長になるとそのメモを見て、いざとなるとスクールの関係者を脅す。課長自身に関するメモは、消し去ってしまう。これがあいつらの力の源泉なのさ。しかし、課長になるような連中も若いときには脛に傷がある。俺はそれをよく覚えている」先輩は具体的な話を何件かした。「それが実態なんですか。それにしてもわがロシアスクールも体質はソ連みたいですね」「佐藤氏、俺たちがいくらソ連を嫌っていても、長く付き合っていると体質は似てくるんだよ」

p160.ラトビア語、リトアニア語は印欧語族に含まれるが、ドイツ語、ロシア語からは相当離れている。文法(特にリトアニア語)は古代インドのサンスクリット語に近く、その観点から言語学者が非常に興味を持つ言語である

p165.ロシア語にはHの発音がないのでGで置き換える。横浜はヨコガマ、ヘーゲルはゲーゲリになる。プラガとはプラハのことだ

p178.ロシアの鉄道駅には、レニングラード駅、キエフ駅など行先地の名前が付けられている。だから、モスクワにモスクワ駅はないのである

p181.「マサルという本名は、ロシア語では男性形でも女性形でもないので、気味が悪い響きです。ロシア人に親しみを持ってもらうために、ミーシャと名乗っています」

p183.サーシャはこの瞬間から、私をミーシャではなくマサルと呼ぶようになった。カーチャのサーシャに対する影響力は絶大だ

p199.アメリカに在住するエストニア人、ラトビア人、リトアニア人が、「祖国」に対する愛情を強め、資金援助をするようになった。アメリカ在住のアイルランド人が北アイルランドのイギリスからの分離運動に資金供与をするのに似た典型的な遠隔地ナショナリズム現象が沿バルト三国で生まれたのである

p200.アメリカ本国では平凡な若者たちがリガでは民族英雄になり、人民戦線顧問として破格の扱いを受ける。このようにして舞い上がった青年を米国務省とCIAは情報収集、工作の両面で最大限に活用した

p201.「人民戦線の備品はほとんど欧米の団体からの寄付だ。イギリスは狡猾だ。イギリスのジャーナリストや学者が人民戦線をよく訪ねてくるが、アメリカ人のように具体的な支援はしない」

p213.帝政ロシアのモロゾフ財閥も分離派だ」「モロゾフ一族の一人が日本に亡命し、お菓子屋を作った。モロゾフという会社で、今もロシア風のチョコレート菓子(コンフェエート)を作っている」「マサル、それは話の種になる。いちど土産にもってこい」「わかった」私はモロゾフのチョコレート菓子を土産にし、日本の食文化にロシアが入っている例としてロシア人に説明すると、とても好評だった。北方領土を訪れるときもモロゾフのチョコレート菓子を必ず土産に持っていった。外交の世界で食に絡む話はよい小道具になる

p245.本物の情報操作とはそういうものだ。嘘に基づくのではなく、部分的事実を誇張して、相手側に間違えた評価をさせるのである。そして、このことは、私が情報戦の現場でロシア人から学んだ貴重な財産になった

p255.市民の合法的な資産保全の手段として「マルボロー」買いが流行した。外国人相手のタクシー運転手は、支払いに現金ではなく「マルボロー」を要求する。レストランでも「マルボロー」を1カートン持っていくと、メニューでは品切れになっているキャビアやチョウザメの燻製、高級ウオトカがサービスで出てきた。ただし、赤色のレギュラー「マルボロー」でないとダメだ。金色の「マルボロー・ライト」や緑色の「マルボロー・メンソール」は流通しない。マルクスの『資本論』では、貨幣が生じる前の段階で、商品と商品の交換を円滑に行うためにあらゆる商品と交換可能な「一般的等価物」という概念が想定されているが、まさに赤「マルボロー」が一般的等価物になったのである

p258.「知の型には2つある。1つは、新しいものを創り出す知性だ。これをもっている人は非常に少ない。学歴やアカデミズムでの地位とこの根源的知性は基本的に無関係だ。イエス・キリストなどは当時の知的水準で図るならば中の上くらいだろう。決して高いレベルの学識を持っていたわけではない。しかし、聖書を読めばわかるようにイエスにはオリジナルな知を創り出す力があった。マルクスだってそうだ。一般人には何の変哲もなく見える商品の分析で資本主義社会のカラクリを解明した。バルトやフロマートカだって、聖書を読み直すことで『神は神である』という単純な真理を再発見し、自分の言葉で言い表した。第2は、一流のオリジナルな知を、別の形に整えて、別の人々に流通させる能力だ」

p280.「上品にやって何も動かないよりも、下品でも現実に影響を与えるというのが政治だ」

p284.「教会はコルホーズ(集団農場)を持っている。そこで修道士や修道女がただ働きをしている。それを教会が全部吸い上げて、こうして我々はうまいメシを食うことができる。人にはそれぞれ持ち場がある。我々は頭を使う。集団農場の修道士たちは労働力を使う。マルクスが『資本論』で述べている分業と協業だ」

p290.「教会時代も強大な権力と財力を持っている。カトリックが独身性を固守するのは、聖職者がこうした富や力を子供に継承することを望み、そのため家族という要素が教会の意思決定に影響を与えるようになることを恐れているからだ。中国やオスマン(トルコ)帝国の場合、去勢制、つまり宦官制度を設けることで、権力が集中する官僚が生物的に後継者を持つことができないようにした。カトリック教会の場合は生物的去勢は行わなかったが、聖職者を社会的に去勢したのである。神父が女性とセックスし子供を作ることがどんなことだったのかは、中世恋愛文学の代表作『アベラールとエロイーズ』を読めばよくわかる。神父で神学者のアベラールはエロイーズを孕ませ、子供まで生まれるが、それに憤ったエロイーズの一族によって急所を切り取られてしまう。これは史実だ。神父が子供をつくることは、現在もそれほど珍しいことではない。ただし、神父であるかぎり子供はいないという建前になっているため、権力や利権を持った聖職者のポストを子供に与えることはできない。社会的に聖職者の権力は一代限りとなる。これに対して、ロシア正教会では司祭(神父)をキャリア組とノンキャリア組に分ける。独身制を誓い、黒い儀式服を着る修道司祭はキャリア組で、黒司祭と呼ばれ、修道院長や府主教、総主教になる。これに対し、結婚し、家庭を設け、民衆の中で生活する在俗司祭の儀式服は白いので、白司祭と呼ばれる。正教会では白司祭におけるトップの地位と黒司祭の最下位職が同じレベルというキャリア制度を敷いている。信者の家庭的な悩み事の相談に応じるためには、家庭を持っている神父の方が現実感覚がある。一方、教会の上層部や神学者は、生活に煩わされず、教会政治、研究活動に専心することができる。このように、正教会は司祭を二分することで、組織機能を最大限に活用することができる合理的な制度を作り上げたのである

p298.「学問的成果よりももっともっと大きなものがあると思う。それは現実に生きている人間に我々が何をできるかということだ。フロマートカは『活動場所はこの世界である』ということをいつも強調したし、『人生の選択は冷静に考えてより困難な方を選ぶのがキリスト教倫理だ』と書き、それを実践したことに僕は感銘を受けた。それで外交の現場を選んでみようと思った」「マサル、その選択は正しかったと思うか」「正しかったのだと思うようにしている。それに日本のキリスト教には、反体制的な独自のメンタリティーがあり、それがどうしても僕の肌に合わない。百数十年前まで日本でキリスト教は禁止されていた。明治維新後にキリスト教徒になった大多数が、徳川幕府の将軍を支持していたサムライだ。明治政府でキャリアの道が閉ざされているので、宗教家教育でしか自己の能力を発揮することができなかった。将軍に対する忠誠をイエス・キリストに対する信仰に転換している。プロテスタント教会の中にもそういうメンタリティーは受け継がれている。そんな捻れた反体制意識、いじけた雰囲気の中でメシを食っていく気にはどうしてもなれなかった

p303.「国家は事実上の国教を持たないと内側から崩れる。イギリス人はそのことをよくわかっているから、女王を主張とする英国国教会を今も維持している。アメリカの自由民主主義も国教だ。西欧もその深いところにカトリック精神という国教がある。マサルはプロテスタント神学者だから、きっと反対すると思うが、プロテスタントはカトリックの分派にすぎない。だから西欧は基本的にカトリック精神で組み立てられている」「その点については異論はないよ。確かにプロテスタンティズムはカトリシズムの分派で、ユダヤ・キリスト教の一神教、ギリシア古典哲学の伝統、ローマ法の伝統から構成されるキリスト教世界(コルプス・クリスチアヌム)という基本認識を共有している」「マサル、しかし日本の場合、より重要なのは神道だ。僕の理解が正しければ、日本人であるかぎり、神道的なアニミズム、シャーマニズムの世界観から離れることはできない。僕はこの点をロシア正教に移入することができないかとまじめに考えている」

p325.「結局、キリスト教は間違いだというのが、ここ数年、僕がまじめに研究した結論なんだ。おそらく、この考えは今後、変化しないと思う」

p327.「自分が何を信じているのか、この世界にどうして悪が存在するのかがわからなくなった。キリスト教的な問題の立て方が諸悪の根源のように思える。人間に原罪なんて存在しない。そのままの人間は善でも悪でもないと素直に認めればいいんだ。結局、ユダヤ教、キリスト教という原罪観にとらわれた宗教が世界をねじ曲げて解釈し、人為的に問題を作り出すというように僕には思えてならない。勉強をすればするほどイスラームに惹きつけられる」「それはわかるよ。僕はスラーバとは逆に、罪の問題を巡って、最近はユダヤ教に魅力を感じている。キリスト教だとイエス・キリストの出現で人間の罪は基本的に救われたと考えるのだけれど、そうではない、人間の罪はもっともっと深いもので、救いの兆しすら現れていないというユダヤ教の考え方の方が、世界を正しく映し出しているように思える」「マサル、それはよくわかるよ。キリスト教は中途半端なんだ。神を本気で信じるならば、イスラームかユダヤ教のどちらかを選ばざるを得なくなると僕は思う」「スラーバ、僕の考えは違う。キリスト教の中途半端さが重要なんだと思う。僕はキリスト教がいいかげんな宗教だから信じているんだ。いいかげんな僕にはちょうど身の丈に合っている」

p372.ふと、バリケードの隅の暗闇で何かが動く気配がした。よく見ると、毛布にくるまった男女がセックスをしている。注意深く観察すると、そこここで、毛布や寝袋に入った男女がセックスをしているのがわかった。私が驚いている様子を見て、あごひげ外交官が言った。「そろそろ緊張が限界に達しているのだよ。緊張が高まると子孫を残したいという本能が刺激されてものすごくセックスをしたくなる」

p413.「マサル、グルジアかクラスノダルの紅茶を探したんだが、どうしても見つからなかった。その代わりロンドンのフォートナム・アンド・メーソンの紅茶がある。これで我慢してくれ」「仕方がない。今回はイギリス帝国主義者の紅茶で妥協しよう」

p418ソ連にはリトアニア共産党、アゼルバイジャン共産党など連邦構成共和国別に共産党が組織され、それぞれ中央委員会や第一書記などのポストが置かれていた。そして、リトアニア共産党員ならば自動的にソ連共産党員となる。ただし、各共和国の中で、ロシアだけは共産党組織をもっていなかった。もともとソ連共産党はロシア社会民主労働党(ボルシェビキ)から発展した政党であるが、そもそも共産党は国民国家を超克することを目標としたので、ソ連共産党の中核となるロシア人共産党員はロシア民族とかロシア共和国にこだわるべきではないと考えたのだろう

p420.私はゴルバチョフ派の官僚に、霞ヶ関官僚と同じ臭いを感じていた。権力者の動向や目先の利益には敏感だが、信念がない。言葉と行動が乖離している。これに対して、エリツィン派、ロシア共産党は、それぞれ世界観や政治路線は対峙しているが、自らの発した言葉に責任を持つという姿勢では共通していた

p441.キオスクで「1コペイク、2コペイク硬貨を百倍の1ルーブル、2ルーブルで買う」と売り子に声をかけると、みんな喜んで取り分けてある硬貨を売ってくれた。3、4軒キオスクに立ち寄ったところで、500回以上の通話が可能な硬貨が集まった。当時、1ルーブルは15円程度にまで下落していたので、日本円にすれば2万円程度の出費だった。これらの通貨が、あとで大きな威力を発揮することになる

p442.情報源である高官だけでなく、秘書官や電話交換手やタイピストと親しくしておくことが重要だ。私は秘書官や電話交換手の誕生日には必ずシャンペンを届け、高官の事務所の女性職員に対しては3月8日の国際婦人デーに必ずバラの花と口紅を贈った。このように陰徳を積み重ねておくと、いざというときに上司に電話をつないでもらうことができるのである

p472.8月21日深夜、ゴルバチョフが軟禁されていたクリミア半島の避暑地フォロスから戻ってきた。テレビに映ったのは仕立てのよい背広をパリッと着こなしたゴルバチョフ大統領ではなく、憔悴し、髪の毛もとかしておらず、ジャンパー姿のひ弱な初老の男だった。この瞬間からロシア人もリトアニア人もアゼルバイジャン人も、ソ連に住むすべての人々がゴルバチョフを哀れと思っても、怖いとは感じなくなった。ゴルバチョフに着替えと身だしなみを整える機会を与えずにテレビの前に出すというのもブルブリスの演出だった。権力はゴルバチョフからエリツィンに移った

p477.ソ連維持派の人々も人間として決して不愉快な人々ではなかった。確かに彼らの信念や世界観は私とは異なる。しかし、ブレジネフ時代は科学的共産主義者、ゴルバチョフが登場するとペレストロイカ派、そしてゴルバチョフからエリツィンへの権力移行が明白になるとゴルバチョフを口汚く罵り、反共民主改革派に変貌する主流派のエリート官僚たちよりは少なくとも人間として魅力があった

p492.1991年の晩秋、疲れが蓄積したせいか、私は体調を崩して日本に一時帰国した。2カ月ほど静養し、92年1月末にモスクワに戻ったが、すでに12月26日にソ連は崩壊し、私は新生ロシア連邦で勤務を再開することになった

p501.「ゴルバチョフ時代のグラースノスチ(公開制)でロシア人の欲望の体型が変容してしまったんだ。たとえば『エスキモー(チョコレートをコーティングした、棒についたアイスクリーム)』、『スタカンチク(ウエハースのカップに入ったアイスクリーム)』で誰もが満足していた。しかし、ひとたび西側から31種類のアイスクリームが入ってくると、子供のみならず大人もみんなそれを欲しがる。車にしてもラジカセにしても欲望が無限に拡大していく。この欲望を抑えることができるのは思想、倫理だけだ。社会主義思想は欲望に打ち勝つ力をずっと昔になくしていた」

p517.私はもともと電子メールは常に覗かれているという前提で通信をしていたので、特に注意することはなかったが、むしろ電子メールの傍受すらスマートにできない外務省の体制に驚かされた

p529.はじめに差し入れてもらったのは、日本聖書協会が発行する『新共同訳 聖書 旧約聖書続編つき 引照つき』だった。この聖書は、テキストの各行に、他のテキストのどの部分に関連の事項が書いてあるかについて、詳細な記述がなされている。神学者や牧師が使う聖書で、この1冊があれば、半年くらいたいくつせずに聖書の世界を探索できるとおもったからだ



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  • 名前:Max 年齢:人生の2合目くらい 誕生日:夏の暑い日 一言:他言無用ということでお願いします
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