タイラー・コーエン「インセンティブ」日経BP社

公開日: : 最終更新日:2012/03/06 書評(書籍)



期待したほどの面白さではない。洋書に特有なうんざりするほどの寄り道。この半分の量に収まる程度の内容。しかし、例によってそういう捨てられるべきところばっかりテイクノートしているのだけど

必要悪としての会議。意見を聞いたというアリバイづくり。または立場の上下の確認の儀式

若者の聴く音楽が世代により受け止められ方が違うという話、レストランでおいしい料理にありつく方法、気に入らない慈善団体を穏便に懲らしめる方法、などはおもしろい事例だった



p6.実は、経済学の核となる概念はカネではない。インセンティブである。インセンティブとは、簡単に言えば、人間に行動を起こさせるもの、あるいはいくつかの選択肢のうちひとつを選ぶよう促すものだ。インセンティブは、カネの場合もあるが、チップの場合もあれば、笑顔やほめることである場合もある

p16.名人は、ハイ・ペースでゲームを進めるときでも強い。ある研究によれば、チェスのスキルの違うの81パーセントまでは、名人が持ち時間の5パーセントも使わないときの力で説明できるという。名人であるための最大の特徴は、3万から5万の異なるパターンを認識、記憶する能力である。これは、マルコム・グラッドウェルが『第1感――「最初の2秒」の「なんとなく」が正しい』で唱えた仮説――つまり、日常生活の多くの場面で、素早いが的確な判断ができる能力が人間に備わっている、という仮説の根拠のひとつでもある。人はたとえ自覚がなくても、埋もれた記憶から似たようなパターンに気付いている場合が多いのだ

p10.応用経済学は、科学というより芸術に近い。経済学者は人間が抱える問題をすべて解決できるわけではないが、人間の動機の複雑さを考慮に入れることによって、より良い決断ができるようになる

p47.わたしは元来、楽天家だが、インセンティブの問題の多くは、ほとんど解決できないことを知っている。それでも、多少の進歩は可能かもしれない。ただし、進歩がみられないケースでは、あきらめるべきときを知るほうが重要な場合もある。例えば、遅刻常習者を時間通りに来させようとしても、うまくいった試しがない。遅刻を大目に見るか、付き合いをやめるかのどちらかだ

p49.問題点をひとつ挙げると、遅刻する人はたいてい自分より地位が高い。ある調査によると、アメリカの経営者は60パーセントの確率で時間に遅れるという。エクアドルの経営者なら、もっと多いはずだ。経営者が遅刻したからといって、一体、誰が非難し、罰金を科せるというのか

p53.ジェリー・セインフェルドに言わせると、「歯医者とサディストの違い」は、「新しい雑誌が置いてあるかどうか」だそうだ

p54.いま通っている歯医者では、なにも怖くないふりをしている。治療が終わると、「痛みもなくて、いい治療でした」と御礼を言う。腕がいいとほめて自尊心をくすぐることで、もっと腕を上げてくれるのを期待している。通い始めたばかりなので、強力なインセンティブを使いにくいという事情もある。いずれにせよ、わたしには歯医者にペナルティーを科す手段がない。いつかクリスマス・プレゼントを贈ることがあるかもしれない(もっともわが歯医者はヒンドゥー教徒なのだが)

p61.会議は、必ずしも情報を効果的に交換するための場ではないし、新しいアイデアを発見する場でもない。多くの会議は、開くこと自体が目的なのだ。ほとんどの会議は、一種の仕掛けであり、表向きとは違った目的がある。権力を誇示する場として、どの勢力が優勢かを示すために開かれる場合もある。こうした場合、「無駄な」時間は、必要になりうる。ある勢力が別の勢力を崩そうとしてうまくいかなければ、参加者はその勢力の強さを思い知る。反対意見を封じ込めるために、会議が必要な場合もあるだろう。会議には、参加者が事情に精通し、決定に責任を持っており、主導権を握っているという幻想を抱かせる効果もある。官僚システムでは、こうした動機で開かれる会議も多い。だが、そのためには、参加者たちが手持ちの情報を披露できるように、発言の機会を与えなければならない

p63.民間企業が続いているのは、長期にわたる試行錯誤の結果をうまく利用しているからだ。何がうまくいき、何がうまくいかなかったのか、他人の経験を参考にする。うまくいった最高のアイデアは模倣される。報酬制度のおかしな企業は、往々にして市場シェアを失う。つまり競争的なプロセスには、どんなニンジンとムチの組み合わせがうまくいくかの暗黙知が含まれている。人は一般に、自分たちが何をしているのか、あるいは、賞罰制度をなぜ、いつ、いまの形に組み立てたのかは、さほど意識していない。ただ、「本能的に」、生徒が優秀な成績を取ったからといって、教師にボーナスを支給すべきではないと思っている。様々な種類の報酬と罰則を、どう組み合わせ、混ぜ合わせるか。これは、資本主義で最も軽視されている美点のひとつだ。資本主義とは、ひたすらカネではない。人類のより大きな善に向けて、人々の内なるやる気を引き出す最高のシステムだ。そして、それには、自分が主体的に関わっている、という感覚を各人にもたせることも必要だ。資本主義とは、いつインセンティブを変更すべきかを知り、いつカネのことを考えるのをやめ利べきかを知ることである

p67.社会が豊かになるにつれて、重要なものはモノの不足ではなくなる。文明が高度に発達した現代社会で目立つ不足といえば、「関心」と「時間」の不足だ

p71.文化をどれだけ味わえるかを決めるのは、ほぼ後天的な技術だと言っていい。文化的な環境にどの程度浸っているか、そこから学び、適応する意欲がどれだけあるかで決まってくる

p74.展示室ごとに、ひとつだけ持ち帰れるとすれば、どの作品がいいか、それはなぜなのかを考えてみる

p79.美術館も多少は来場者を気にかけるが、それは人気のないハコモノに支援していると有力者に思われたくないという間接的な理由からだ。有力者と来場者の利益は一致しないのがふつうなので、来場者が上に立つことなど期待すべきではない

p85.静物画なら、果物より花のほうが、値が高い。花の女王はバラである。菊とルピナスは、労働者階級とみなされ、最下層に位置する

p95.だが、時がたつにつれ、ニルヴァーナはステータスを失う。2004年の高校生に言わせれば、ニルヴァーナは、MBA(経営学修士)を取りたての27歳の男性が好きだったグループということになる。あるいは、「ガソリンスタンドで働く負け犬」とか「スーパーの青果物係」が好きな音楽家もしれない。それがクールと言えるだろうか。怪しいものだ。ある時点で、ニルヴァーナはアイデンティティーを確立するための格好の手段でなくなる

p98.要するに、何かに反抗するという欲求から逃れられる人などほとんどいない、ということだ。お気づきかもしれないが、反抗は、主体性をもつための方法なのだ。音楽の買い手の大半は若者なのだから、音楽市場は、次なる反抗の手段を必死になって探している

p116.自分を手に入りにくい存在にすれば、相手が興味をもつことに気づいた。「俺にさわるな」とか、「ほかに女がいる」とか、「俺のタイプじゃない」と言うと、逆に追いかけてくる。キスする場合もそうだ。キスしようとして最初は拒まれる。だが、顔をそむけて、5分も口をきかなければ、こちらに向いてくる。それでもう一度、キスしようと言えば、相手は顔をあげてキスしてくる。これはアメとムチの法則といえるかもしれない。最初はとりあえず「ノー」と言い、よく考えてみると、「この男でいい」と思うのかもしれない

p121.無駄に思える行動や理解に苦しむ行動を目にしたときは、シグナルが送られているのではないかと考えるべきだ。世間にどう見られているのか、とりわけ仲間にどう見られているかは誰だって気になる。例えは黒人の子どもの場合、いい成績を取るのを怖がる子どもが多い。「白人気取り」とレッテルを貼られるのが嫌なのだ。悪い成績を取ることが、「仲間」であることを示すシグナルになる

p155.カウンター・シグナルを発すべきなのは誰なのか。おおまかな原則がある。プラスとなる可能性が大きい半面、マイナスのリスクが小さい職業では、カウンター・シグナリングが一般的になるはずだ。大学の終身教授が好例だ。優秀なら富と名誉を得るが、最低でも解雇されるわけではない。最高のプログラマーは、長髪を理由にひとつの会社をクビになったとしても、独力で食べていける。降格のリスクが高く、昇進の可能性が低い職業では、カウンター・シグナリングは少ないはずだ。ウォルマートのレジ係は、幹部に登用される可能性はないに等しいが、何かミスをすれば躊躇なくクビにされる。だから、顧客への挨拶やレジの打ち方、万引きの通報まで、厳格なコードを忠実に守るのは不思議ではない

p194.おしゃれな高級レストランでは(ディナーで50ドル以上というのが、一応の目安になるが)、手順はシンプルだ。メニューを眺め、「このなかで、一番注文したくないのはどれか」、「一番食欲をそそられないのはどれか」を考える。それを注文するのだ。理由は単純だ。高級レストランのメニューは、考えぬかれたものだ。厨房は目が回るほど忙しく、いちいち目を配る余裕もない。メニューに載せた料理は、それなりの理由があるはずだ。魅力的な名称じゃないとしても、とびきりおいしいはずだ

p195.奇妙な名前の料理、聞いたことのない料理を頼もう。一流レストランでは、一番そそられない料理を頼むのだ

p204.美食の旅に出かけるなら、お薦めしたいことがある。貧富の格差が激しい国を選ぶといい。血も涙もないと思うかもしれないが、富裕層と貧困層の格差が大きい国を探す。鉄格子の窓や有刺鉄線のフェンスの存在は、住民にとっては不都合だし、身の安全という点ではいいことではないが、どちらも食の水準の高さを示すサインだ

p244.イエローページには、売春の広告がおおっぴらに載っている。近隣住民から苦情が出ないかぎり、警察も黙認している(顧客が売春婦を見つけられるなら、警察だって見つけられるに決まっている)。腎臓移植の順番を一番にしてもらいたいなら、病院に多額の献金をすることだ

p270.気に入らない非営利団体をひとつ選び、20ドルを寄付する。1回で十分だ。遺産を寄付したいと思っているとか、地元のポロクラブに所属したり、ヨットを持っているとほのめかしたりしてもいい。自分の名前がその団体の名簿に載り続けるようにする。住所が変わったときは、必ず知らせる。こうすれば、気に入らない団体や類似の団体から、毎年数百ドルから数千ドルを流出させることができる

p272.援助の場合、特定の災害に多くの人が集中的に寄付したほうが、効果的になるとする議論もある。寄付金を届けるのが簡単であること、大規模な復旧事業に使えることも一因だろう。だが、その効果はまちまちだ。津波に絡む寄付金の多くは浪費されるか、適切な支援組織を探し出せなかった。9・11の同時テロでは、組織的な支援体制がなく、寄付金は行き場を失った。例えば、赤十字は、遺族宛てに寄せられた寄付金2億ドル以上を、赤十字の長期的な事業や必要経費に回した。こうした例からもわかるとおり、集中的な援助が効率的であるとはかぎらない



20110304234233

google adsense

関連記事

no image

小川明「表現の達人・説得の達人」PHP文庫

なぜこの本を読もうと思ったのか思い出せない 10年以上前に文庫になっている。しかし、湾岸戦争後のこ

記事を読む

no image

吉越浩一郎「革命社長 なぜトリンプは社員が元気で、消費者からも愛されるのか?」日本実業出版社

本書を貫く「成功するまでやり抜く」、「情報の共有が大事」、「ロジカルに物を考える」、「デッドラインを

記事を読む

no image

大前研一「遊ぶ奴ほどよくデキる!」小学館

昔買って読んだ本を読み返した かなり自由に好きなことを書いたな、という感じのする本である。確かに著

記事を読む

no image

中山真敬「たった3秒のパソコン術」三笠書房知的生きかた文庫

20090226215800 ときどき、こういうのを虚心坦懐に眺めてみるのもいい。パソコン

記事を読む

no image

金谷武洋「日本語に主語はいらない」講談社選書メチエ

20111113231930 言語学というのだろうか。日本語の構造についてのタイトルどおりの内容の

記事を読む

no image

デイル・ドーテン「笑って仕事をしてますか?」小学館プロダクション

この本も、買ってから2年くらい放っておいたものだ。なぜ今まで読まなかったのかと後悔しきり。しかも当時

記事を読む

no image

坂本桂一「頭のいい人が儲からない理由」講談社

20070717003000 かなり刺激的な本だ。とりわけ、学校の成績や会社での評価の高そ

記事を読む

no image

橋本努「自由に生きるとはどういうことか」ちくま新書

全体としての統一感というか、結局この本の主張が何かがイマイチわかりづらい。著者の博覧強記振りは分かる

記事を読む

no image

土井英司「「伝説の社員」になれ! 成功する5%になる秘密とセオリー」草思社

最近、よく目につくので購入したのがこの本。なんか本当に最近、こういう本ばかり読んでいるなあ、とかなり

記事を読む

no image

改定・保育士養成講座編纂委員会編「改定・保育士養成講座2006第7巻 保育原理」全国社会福祉協議会

保育士試験受験シリーズ(8/11) この保育原理という科目は、次につづく2つの科目(教育原理と養護原

記事を読む

google adsense

google adsense

MediaPad M3 LTE プレミアムモデル購入して2か月

20170409130135 もう2か月が経ってしまったけど、記

Windows10アップグレード導入

20160307001116 2台のノートPCにつき、無料のWi

Nexus 6Pが届いた

20151105221617 無事に届いた。 海外荷物受付

Nexus 6Pが発送された

20151103103105 「発送しました」って内容のメールが

Nexus 6Pを発注した

20151031100625 それまでもネット経由でいろいろ調べ

→もっと見る

  • 名前:Max 年齢:人生の2合目くらい 誕生日:夏の暑い日 一言:他言無用ということでお願いします
  • あわせて読みたい
  • にほんブログ村 本ブログへ
PAGE TOP ↑