中西輝政「情報亡国の危機」東洋経済新報社

公開日: : 書評(書籍)



インテリジェンス関係の本は好んで読むもののひとつ。と言うと、かなりとんでもない印象を持たれかねないかも。でも面白い。どのくらい真に受けたらいいのだろう。その辺まで見極められるほどは読んでいない



p5.生の情報(インフォメーション)を受けとめて、それが自分の国の国益とか政府の立場、場合によると経済界の立場に対して、「どのような意味を持つのか」というところにまで、信憑性を吟味したうえで解釈を施したもの。それを「インテリジェンス」という。これはいちばんよく使われる語義である

p28.ベニスの外交官がロンドンにやって来て、大変に秀でた秘密活動を行って、イギリスの秘密を次々と奪い取っていく。それを知って愕然とした16-16世紀のイギリスのリーダーたちは、国内でのベニスの情報活動を徹底して監視するようになった。そして、外国に派遣するイギリスの情報員には、ベニス流のやり方を身につけさせた。つまり防諜の営みこそが、イギリスにとってインテリジェンスの決定的な「学びの場」となっていたのである

p30.18世紀を通じ、イギリスに届く外国からの手紙はほとんど全てが開封されており、相手国もそれを知っていた。だから暗号で書くのだが、イギリス側はそれを「全て即日解読してしまう」、という噂が当時のヨーロッパではささやかれていたほどだった。不確かなスパイによる情報よりも、小さな規模の人員と予算で、決定的に重要な情報源に肉薄する。これこそ暗号解読の威力なのであり、イギリスの情報活動の精髄を体現していた。ところで、暗号解読の担当者にどれほどの金額が支払われていたかを具体的に示す記録が残っている。それを見ると、1780年代に、当時の外務省文書のなかに「特別に秘密の仕事をする事務員」の年俸が300ポンドと書かれて痛え、領収書が貼り付けてある。当時の300ポンドはかなりの貴族の年収に匹敵するもので、大臣でも何百ポンドもの報酬を得ている者はいない。暗号解読という営みの国益に対する重大さはそれだけ強く意識されていたのである

p35.ナチス・ドイツやスターリンのソ連、帝国日本は、一般国民に対する監視は徹底して行った。ところが、「ゾルゲ事件」が示すように、日本では上層部に対しては全く情報監視が行き届かなかった。ここには重要な教訓が含まれている。戦後、日本は「物量でアメリカに敗れた」という総括をした。しかし、もし物量で勝敗が決まるなら、古来の戦争の歴史はもっと単調なものだったはずである。たとえばベトナム戦争の例などはどう解釈すればいいのか

p36.「早く見つけ、遅く行動し、粘り強く主張し、潔く譲歩する」。イギリスの外交・国家運営には常にこのパラドックスがある



この言葉、いいな。特に、「遅く行動」するところ



p39.たとえばイギリスでは、ある人がMI6に正式に加わり、情報活動に携わるようになって、一度その世界に入ったら、その後どんな職業についても、生涯、「内輪の秘密」を明かしてはならない義務を負う。あるときは外交官、あるときは学者やジャーナリスト、またあるときはビジネスマンや政治家と、本人の表面上のキャリアがいかに変わっていっても、「本籍」は常にMI6にあるというわけである

p48.ここで指摘しておきたいのは、ドイツ政府が表の外交政策とは180度逆の行動をしていたということだ。ただしインテリジェンスの観点から見れば、これはさほど不思議なことではなく、よくある話だ。むしろ国全体が常に硬直的な一枚岩であったり、一つの路線でしか動けなかったりする方が、よほど危険な場合がある。つまり当時、アメリカのイラク戦争をあれほど批判していたドイツのシュレーダー政権は、実は陰で米軍に協力していたということである。そこで大事なことは次のことである。つまり、インテリジェンスという戦争の帰趨に関わる重要分野で、ドイツはアメリカに恩を売っていたわけである。だから、あれほど強硬な反米路線を貫けたのである。こうしてインテリジェンスが、国として一つの「保険」の役割を果たすことはよくある。だからアメリカも、ドイツ政府の表向き強硬な反米姿勢に対して、さほど反発しなかったのだろう。実際あのとき、私自身も奇異に思ったのだが、米独間では国としても、国民の間でも、非難・牽制するような発言は少なかった。それはドイツと同じ反アメリカの強硬姿勢をとったフランスに対しては、アメリカが強く反発したのとは対照的だった。これは、当時のアメリカの主要議員やマスコミの編集委員クラスが、事実関係をある程度把握していたからだろう。しかも、この事実自体が国内や世界に向けて報じられることもなかった。インテリジェンスをめぐっての、こうした国際政治の「二重性」は世界では、いわば日常茶飯事なのである

p61.表向きはハーバード大学やコロンビア大学の「教授」の肩書きであっても、実はアメリカ政府の情報当局に籍を置いている人もあった。こういう世界では、表面上の職業や身分のことを「カバー」という

p65.当時のアメリカ大使・出淵勝次にまつわる有名なエピソードがある。1931年に満州事変が勃発し、日本が国際的に非難されていたときのことだ。アメリカの広告会社が大挙してワシントンの日本大使館に押しかけ、「われわれが日本の言い分をアメリカの世論に大々的にキャンペーンしてあげます。だから契約書にサインを」と迫ってきたそうである。ところが日本外務省の念頭には、「そんなことに予算は割けない」という思いがある。これは今でもそうだが、外務省の経常費から若干の広報予算(これも最近、民主党政権の「事業仕分け」によって大幅にカットされたが)は出せても、プロパガンダ予算は出せない。第一、高度なプロパガンダ工作のノウハウなど、「外交には無縁」というのが当時も今も日本外務省のカルチャーだ。したがって、出淵大使は広告会社をすべて断って追い返したという。すると彼らは、その場でタクシーに乗って中国大使館に行き、大々的に契約を結んだ。その結果、その後に起こった上海事変も専ら日本側から武力行使を開始したように歪められて報じられ、アメリカ国内で反日キャンペーンが沸き起こり、それがヨーロッパに波及していった。あるいは日露戦争時も同様だった。1905年、ポーツマス講和会議の場に小村寿太郎全権とロシアの全権ウィッテが集い、交渉がいよいよ翌週あたりから始まるというとき、ニューヨークの新聞をはじめ多くの新聞の論調が、一挙に親ロ的に変わったのである。それまでアメリカは、英米に代わって極東でロシアの脅威を防いでいる日本を応援するスタンスだった。だから講話のための仲介も引き受けたのである。しかし土壇場になって一変したわけだ。そこで指摘しておくべきことは二つある。一つは、講和会議直前の日本海海戦で日本海軍があまりにも華々しく勝ったため、アメリカ太平洋岸の関係者が日本脅威論に傾き始めたこと。これが後々、太平洋戦争に繋がったと考える人もいる。しかしもう一つは、ロシアの全権代表ウィッテが大々的にメディア・キャンペーンを行い、多額のお金を動かし、アメリカの新聞に対し片端から親露的なスタンスへと転向させていった。さらに交渉の進展状況など、アメリカの新聞が欲しがるニュースを日露間の約束を破ってリークしながら「日本はこんなに厚かましい要求をしている。われわれは平和を願い、一日も早く講和したいのに」などと付け加える。するとアメリカの新聞は「日本が樺太をよこせ、賠償金をよこせ、と法外な要求を突きつけているから戦争が終わらないのだ」という論調になる。だから小村全権は、樺太の半分しか取れず、賠償金はすべてあきらめるという窮地に追い詰められたのである。実はこのとき、日本は樺太の要求もすべて取り下げるよう求められていた。そうしなければ交渉は決裂、という段階まで追い詰められていたという。日本にとって決裂は許されない。とくに当時の日本は、ウォール街からお金を借りなければ戦費が一日も続かない状態だったっからだ。ここでアグレッシブに交渉して決裂させたとなれば、ウォール街は出資を嫌がる。逆に貸金の返済を求めてくる可能性もあった。したがって、小村全権はそれ以上、無理強いできなかったのである。その結果、日本は賠償金だけでなく、領土割譲についてもすべてあきらめる方向で話がまとまりかけていたが、その最後の瞬間に小村のもとに、東京経由で一つの極秘情報がもたらされた。「ロシア皇帝は樺太の南半分なら割譲してもいいと考えている」というものだ。それは、ロシア駐在のイギリス情報筋からもたらされた秘密情報だった(一般には、アメリカの駐露大使がイギリスに知らせたことになっているが)。そこで小村全権はもう一度押し返し、ギリギリで北緯50度以南の南樺太の割譲をようやく確保したのである。もし賠償金も領土割譲も双方とも得られなかったら、当時の常識からいって、日本が戦勝国とはされなかったろう。いわば日本はギリギリでイギリス情報部に救われたわけだ。イギリスが日本の同盟国だったから、そうしたインテリジェンスの供与がなされたのである。同時に、日本の外務省はイギリス外務省から「あなた方のメディア戦略は間違っている。アメリカの新聞にはもっとニュースを出さないと、一方的にロシアに有利な記事になってしまう」と忠告されたという。そこで急に、日本代表団は新聞発表(プレスリリース)の場を1日に2回-3回も設定するようになったとも伝えられている



このイギリスの律儀さ。確か、坂の上の雲でもこういう挿話はたくさんあった記憶



p73.今日も、拉致被害者の救出にばかり政府も国民も関心を向けているが、もちろんそれが目下、最重要の課題であるとしても、これまで日本中どこを見渡しても、拉致事件の再発防止のために何をすべきか、という議論は起こってきていないのが不思議だ。いうまでもなく、これは日本のインテリジェンス体制に関わる課題なのである

p76.確かに、朝鮮戦争の勃発と同時に、マッカーサーは日本に自衛隊、つまりある種の「軍隊」をつくらせた。ところが、本来の情報機関だけは絶対につくらせようとしなかった。まさにこれが、アメリカによる戦後日本の「非武装化」の中心テーマだったからである。昭和20年9月、アメリカ国務省はマッカーサーに対して「初期の対日占領政策」という有名な文書を送付したが、その中にも、占領政策の根幹は日本が再び「一人立ち」する国になり、「脅威」を及ぼすことがないようにすること、とはっきり記されている。日本が二度と大国として立ち上がれないようにするには、情報機関を奪えばよい

p91.日本の情報機関のあり方を考えるとき、参考にすべきはイギリス型ではなくドイツ型だろう。そもそも徹底した柔軟さをもつイギリス型は日本の政治文化にはレベルが高すぎるし、古くから情報コミュニティと国王との独特の関係があって機能してきたものだ。イギリス国王はいまだに大きな政治権限を持ち、情報機関に直接接触することができる。歴史・文化という点でイギリスはあまりに特殊すぎる。他の国はどこでも議会制度が確立していく過程で、政党政治家に国家の機密を全て委ねていいのか、という議論に悩んだ歴史があったが、イギリスにはそれはなかった。国王大権の本質が「情報」にあったからだ

p94.実はこれは、警察OBで内閣情報調査室勤務を歴任した情報専門家から聞いた話だ。彼自身偽パスポートの発行を何度となく外務省と交渉したが、けっして応じてくれなかったという。憲法9条と自衛隊に関わる話だけでなく、ここでも、普通どこの国でも当たり前に行っていることが、日本ではできないわけだ。要は、国家は道徳的に正しくなければならない、ウソをついてはいけない、法体系を守らなければいけない、という「表の国家」の概念しかないからである。ところが近代国家というものは、事が国境の外に及ぶとき、モラルも法体系もすべて国内法から国際法に切り替わる。そして国際法空間においては国家主権がぶつかり合うから、重要なことは「法」ではなく「調整」によって決まる。つまり慣行や力関係、状況こそが本質を決める場なのである。そしてこの国際社会では、こうした場合の偽パスポートは厳密には禁じられていないのである。何より重要なことは、国家主権が並立する国際社会では、国内社会とは別の規範が成立している、ということだ(もちろん、公然と発覚したときには問題視はされるが、それは全く別次元のこととなる)。たとえば、アメリカは従来から法制上、「信書の秘密を犯してはならない」と定めている。イギリスでも、憲法的法律である権利章典に同様のことがはっきり書かれている。それゆえ国内でその国の政府が誰かの電話を傍受・盗聴すれば、本来、犯罪になる。市民的自由を侵していることになるから、どんな公務員でも起訴されるのである。ところが、その通信が国境を越えるなら、「通信の秘密」は必ずしも同様の保護を受けない。たとえばワシントンの日本大使館から東京への電話をアメリカの政府機関が盗聴しても、アメリカの法律にはまったく触れない。あるいはイギリスは17世紀以来、名誉革命によって権利章典ができて以来、人の手紙を勝手に開けて読むことは罪になる。だがイギリス政府は、20世紀になっても、外国からの郵便物を例外なく開封して読んでいた。もちろん膨大な手間がかかるが、それを維持するため、ポスト・オフィス(郵政省)の秘密予算は18世紀においても他の官庁の数十倍だったといわれる。要するに、「国家を越える通信」の場合、それを盗み見ても、モラル上も法律上も問題にならないのである。これが国際社会の慣行であり現実の「規範」なのである。そしてこの点を本質的な立脚点としているのが、インテリジェンスの世界だ。「二つの政府」があるというのは、このようなことである



江藤淳「閉された言語空間」文春文庫 | hiogを思い出す。郵便を政府の仕事とする沿革、これだから民営化できないという論法はあるか。最近読んだ別の本にも、日本の地図に郵便局のマークがあるのは、特定郵便局が地元の有力者の本拠であり、いざというときの政府の拠点になるからだという話があった



p97.多くの国では、インテリジェンスの世界に関わる人間は、一生そこから離れられないのである。”現住所”はたとえば国務省、国防総省、商務省の役人、あるいはモルガン・スタンレーの東京支社社員、ハーバード大学教授などでも、”本籍”はCIAのままである、ということだ。公務員が、秘密裏にこのような二重身分を認められる、ということも、「表の政府」と「裏の政府」がある、ということの具体例だ。むしろ、そうでなければ任務の遂行もおぼつかないし、第一、危険である。またインテリジェンス機関の職員が、その機関から完全に離れてしまうことになれば、保護を受けられなくなると同時に、守秘義務の自発的な遵守ということも微妙になる。これでは高度の国家機密が守れない。だから守秘義務を課すために、情報機関はいろいろな形で職員の面倒を一生見つづけるのである。要は、OBになってもお互いに必要上、助け合う「非公式」の人脈を用意しておくということだ。戦前日本の参謀本部と総合商社、あるいは特務機関と”大陸浪人”の関係も、これと類似していたといえる

p131.欧州各国では、政治家が権力の座を去るとき、オフィスから文書を一枚でも持ち帰ったり意図的に毀損したりしたら、場合によると「国家反逆罪」として重罪に問われることにもなる。前政権からの秘密文書の継承こそ、政権交代の核心であり、その隠匿や破棄があれば、国政の継続性が脅かされるからだ。ところが、そういう伝統が日本にはない

p155.ゾルゲは昭和10年代に、日本について「この国を動かすには軍隊もスパイもいらない」と書き残している。あるいは「日本には本当の意味での政治というものが存在しない」とも指摘している。「空気によって動くから」というのがその理由だ。とすれば、その「空気」を自在に動かすにはどうすればよいのか、つまりメディアや国家中枢への工作を通じ、国家を操ることが日本に対する最も効果的なインテリジェンス活動である。尾崎やゾルゲはそれを熱心に考えた節が見られる。いわく、「この国には決断がない。むしろ指導者が権力的に決断を下せば、国民にそっぽを向かれる。そのかわり空気さえ醸成していけば、どんな重大な決断でも導くことができる。だから空気をいかにつくるかが重要だ。そのためには、頭の中は空っぽでもいいから、協力的で、こちらが望む記事を書いてくれるジャーナリストが何人かいればよい。それだけでこの国を完全に牛耳ることができるときがある」。このような趣旨のことを、ゾルゲは逮捕後に語っている



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