ダニエル・ピンク「フリーエージェント社会の到来」ダイヤモンド社

公開日: : 最終更新日:2012/10/14 書評(書籍)



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アメリカの本らしく、充実過ぎるほどの実例と、くどいほどの同じ主張のくり返しだ。それがわかれば、実際の厚さの半分ほどのイメージで、この本は読み終わる

会社の過剰なプレゼンスは日本だけのものではなく、アメリカでもあったということを知る一冊。メットライフがお母さんだったり、コダックがお父さんや聖人だったり

仕事を巡る状況が産業革命の前に戻っているという指摘もおもしろい。資金、土地、工場、労働力などの巨大な資本を必要とせずに身ひとつで応分の稼ぎを得られる時代なのだということを実感。自分もこのサイトを、レンタルサーバーと独自ドメインで作ってみても、そのコストたるや誠に微々たるもの。ちょっとつけただけのアマゾン・アソシエイトで簡単に元が取れてしまう時代。もう少し利益がでないかなと思ってみたり。自由のきくレンタルサーバーだから独自ドメインをどんどん取ってみようかなと思ってみたり

満足感は金では買えないというのも痛感する。財産や社会的/職業的な成功よりも、やりたいことをやる、自由な時間を過ごすということの価値を感じる。自分の直系の男をみてきても、組織人というよりも、日向ぼっこしたり、小鳥を飼ったり、植木をいじったりという感じの人間が多い。こういう争えない遺伝の力を感じるにつけ、自分の幸せの確かなありかを感じる

それでもなお比較的大きな営利組織の構成員だったりするのだが、フリーエージェントにはならないまでも、皆で集まってなお主として個人用のデスクに座っているということの無駄を感じる。ミーティングをするなら個人用のキュービクルは要らないわけだ。そのこともこの本で主張されている



p9.企業の家族的温情主義(パターナリズム)は当たり前のものだった。私の祖父が40年間勤務した電話会社AT&Tは、「マー・ベル(ベルおばさん)」の愛称で知られていた。理想的な就職先とされたメトロポリタン生命保険は、「マザー・メト」という愛称が誇りだった。10年ほど前までニューヨーク州ロチェスターの地域経済の3分の1を占めていたコダックは、地元では「偉大な黄色いお父さん」と呼ばれていた(コダックは、親どころか聖者になぞらえられることもあった。コダックのボーナス支給日は、ロチェスター周辺では「聖コダック・デー」と呼ばれたものだ)。子煩悩な親のように、組織はその「子供」たちの面倒を見た。しかし、1980年代に入ると事情は変わりはじめ、90年代に入ってその変化は一気に加速した。84-94年にかけて、「ベルおばさん」は従業員を12万人減らし、「マザー・メト」は1万人をレイオフした。「偉大な黄色いお父さんは、2万人以上の従業員を整理した。企業はいまでもその組織を家族になぞらえることがあるが、家族の一部のメンバーに家から出ていってほしいと言うようになったのだ

p10.数字を見てみよう。実は、いまフォーチュン上位500社の企業に勤めるアメリカ人は、10人に1人もいない。アメリカ最大の民間の雇用主は、デトロイトのゼネラル・モーターズ(GM)でもなければ、フォードでもない。マイクロソフトでも、アマゾン・ドット・コムでもない。全米に1100を超す支部をもつ人材派遣会社のマンパワー社だ。いまのアメリカの若者の夢は、組織の中で出世することではない。若い世代は、そもそも会社に就職することすら望まない場合もある。それよりも、主にインターネット上で自分の好きなやり方で仕事をやってみたいと考えている

p33.そもそも、フリーランスという言葉と発想は中世のイタリアやフランスの傭兵部隊にさかのぼる。傭兵たちは、報酬が納得できて、戦いに意義を認めることができれば、どの君主の旗の下でも戦った。このシステムがイングランドに伝わると、傭兵は「フリー・ランス(自由な槍)」と呼ばれるようになった。忠誠心や主従関係から自由な騎士という意味である。お呼びがかかれば、槍を持ってどこへでも飛んでいくというわけだ

p35.はっきりしているのは、呼び方はともかく、アメリカには大勢のフリーランスがいるということだ。配管工や経営コンサルタント、トラック運転手、グラフィックデザイナー、コンピュータプログラマー……複数の顧客や取引先を相手に働くことが可能な職種では、大勢のフリーランスが活躍している。ある調査によると、2000年の統計によれば、アメリカで自分をフリーランスと位置づける労働者は全体の26%に達する。アメリカ人男性の40%以上は、フリーランスとして働いた経験の持ち主だ。税務関係の統計によると、アメリカのフリーランスの所得は、1970年から93年の間に2倍に増えた。一部の産業では、フリーランスは欠かせない労働力になっている。ハーバード大学の研究によると、市場規模1750億ドルの住宅リフォーム業界では、労働力の70%をフリーランスが占めている

p43.自宅を拠点に働いている人の大半は男性で、セールスや建設などのオーソドックスな仕事をしている」。自宅を拠点に働いている899人を大将にしたスタッフォードの調査によると、その半数以上は男性だ。平均的な人物像は、44歳で既婚、高卒以上の学歴をもち、すでに10年近く自宅で仕事をしている。ある調査によると、自宅ベースのビジネスの半分は、メンテナンス(清掃、建設、修繕など)とビジネスサービス(データ処理、グラフィックアート、会計など)の2つの分野に集中している

p55.状況は、再び産業革命前に戻ろうとしている。知識経済の生産手段は、小型で安価、操作も容易で、あまねく普及している。1965年のアメリカでは、コンピュータの普及率は10万人に1台の割合だったのに対し、現在は5人に3台の割合になっている。いま1ドルちょっとで買うことのできるグリーティングカードに入っているマイクロチップは、50年代の巨大なメインフレーム(一部屋まるまる占拠してしまうほど大きかった)に相当する演算能力をもっている。私のホームオフィスは、電話回線2本とハードウエアを合わせて3000ドルもかかっていないが、その演算能力はアポロ11号に匹敵する

p59.経済を人間の体、会社を薬と考えてみよう。昔は、会社という薬の寿命は永遠に近かった。この薬は、永遠に体内にとどまるように思えることすらあった。しかし今日、活発な経済という体は、会社という薬を驚くほど速いペースで代謝していく。薬が役に立たなくなったり、有害になれば、さっさと体の外にはき出してしまう。一次はニューエコノミーの寵児ともてはやされたネットスケープという会社の歴史を振り返れば、それがよくわかる。この会社が誕生したのは、1994年、よく95年には株式公開を果たした。しかし99年には、もうこの世から消えてなくなっていた。大手インターネット接続業者のアメリカ・オンライン(AOL)に吸収合併されたのだ。この会社の寿命は、たったの4年だった。しかしネットスケープは、いくつかの商品を市場に送り出し、既存の大企業(とくにマイクロソフト)に戦略の転換を促し、数千人の関係者に次のプロジェクトに役立つ経験と財産と人脈を与えたのだ。ネットスケープだけではない。テキサス大学の調査によると、テキサス州内の企業の平均寿命は、1970年から92年の間で半分に縮んだ。ニューヨークでは、新規雇用を最も多く生み出しているのは従業員10人未満のミニ企業だが、こうした企業はとりわけ寿命が短いという。企業のライフサイクルは、インターネット時代にふさわしい長さに短縮されたのだ。それにともなって、職種の寿命も短くなった。10年前には、ウェブ開発者などという職業は誰も知らなかった。しかし10年後には、ウェブ開発者という職業があったことなど誰も覚えていないかもしれない。重要なのは、企業の寿命が短くなっているこの時代に、私たち一人ひとりの寿命は長くなっているということだ。これからは、勤め先の企業より長生きするのが当たり前になる。一つの組織に一生涯勤め続けるなどということは考えにくくなる

p72.この時代のヨーロッパで一般的だったのは、フランス人の神学者ジャン・カルヴァンの予定説だった。予定説によれば、人間の自由意思などというものは存在しない。誰が救われて誰が救われないかは神によってあらかじめ決められていて、人間にできることはほとんどないという。自分が救済されるかどうかは誰にもわからない。しかし、敬虔な生活を送ることが、自分が神に選ばれた存在であるという証拠になると考えられた。そのため、大半のカルヴァン主義者は敬虔な生活を送ろうとした。このカルヴァン主義の思想は、西洋文化に決定的な影響を与えた。とりわけその影響を強く受けたのが、ピューリタンがこの思想を持ち込んだアメリカだった。カルヴァン主義を土台として生まれたプロテスタントの労働倫理は、禁欲の精神を貴び、倹約と自己犠牲を奨励した。マックス・ウェーバーをはじめとする思想家は、この禁欲の倫理が産業資本主義の花開く土台をつくったと論じた。この禁欲主義の思想は、20世紀のテイラー主義的な工場やオーガニゼーション・マンの官僚的な組織にしっかりと浸透している。姿勢を低くして、波風を立てないことは、現実的であるだけでなく、道徳的にも好ましいことと考えられた

p85.ニューヨーク・タイムズ紙によれば、数々の心理学的研究の結果から、「満足感は金では買えない」ことが明らかになっている。むしろ、「富を人生の大きな目的と考えている人は、極度の不安や抑鬱に苦しめられるなど、幸福度が全般に低い」という

p87.アメリカン・マネジメント・アソシエーション社の調査によっても、従業員の流出を防ぐ最良の方法は、給料を増やすことでも各種手当てを充実させることでもなく、柔軟な勤務スケジュールを認めたり、長期間のリフレッシュ休暇を与えたり、学ぶ機会を提供することだ。要するに、従業員管理の最善の方法は、金をつかませるのではなく、フリーエージェントのように扱うことなのである

p91.大半のフリーエージェントにとって、必ずしも「大きいことはいいこと」ではない。自分にとっていいことこそ、いいことなのだ。出世や金など「共通サイズの服」の基準で成功を目指す時代になったのだ。こうした「テーラーメード主義」のアプローチを取ることによって、フリーエージェントの人たちは仕事に高い満足感を得ている

p109.最良のリスクヘッジの方法は、さまざまなプロジェクトや顧客、技能などをもつこと。すなわち仕事を「分散」させることだ。会社勤めのかたわら副業をもつ人も増えている。オーガニゼーション・マンの時代は、副業をもつなどというのは論外だった。副業を意味する「ムーンライティング」という英語の単語からして、非合法なことを夜陰に乗じてやっているようなニュアンスがある。しかし、時代は変わった

p109.近頃は、企業は社員教育をしたがらないし、企業家精神をもった社員が好まれる。副業をもつことはクビにいたる道ではなく、仕事を得るための道になったと言っても過言ではなさそうだ

p112.タテの忠誠心は安全を約束してくれそうに見えるが、実は危険を含んでいる。ひとつの組織に惜しみなく忠誠心を注ぐことは個人の足を引っ張りかねない。単一の雇用主の下で長い間働き続けていると、技能が鈍り、急速に変化する外の世界に触れる機会が少なくなる。そして、忠誠心は単なる依存心に成り下がってしまう

p135.私のミニ調査に答えてくれたフリーエージェントたちは、平均して週に42時間働いている。そのうち平均4時間近くは、週末に働いている。週末に長時間働いて、平日に時間的な余裕をつくっている人もいた。フリーエージェントは時間をほぼ自分で自由に管理しているのだ

p151.FANクラブが増え始めたのは最近だが、その起源はイギリス植民地時代のアメリカにまでさかのぼる。1727年秋、フリーエージェント・ネーションはもちろんのこと、アメリカ合衆国が生まれるよりもずっと前に、21歳のベンジャミン・フランクリンは、12人の仲間を集めて会合を開いた。今回業はその後毎週1回開かれ、30年続いた。「独創的な知人をすべて集めて相互の進歩に資するためのクラブを結成した。私たちはこのクラブをジャントー(秘密結社)と名付けた」と、フランクリンは自伝に書いている。ジャントーの会合は、毎週金曜日の夜、フィラデルフィアの居酒屋の2階で開かれた。顔ぶれは、フランクリンをはじめ出版関係者数人、靴職人、家具職人、市井の数学者、測量士、銀細工師、靴修理人、公証人といった面々。全員がフリーエージェントだった

p174.私がこれまで働いたどの組織にも、救いようのないほど「わかっていない」幹部がいる半面、役職上の地位は低くても組織の要になっているように見える人物がいた。そうした人物はゴシップの発信源であり、仕事を処理するすべを知っている賢者であり、社内の誰とも親しく話せるただひとりの人物である。そしてなによりも興味深いのは、そういう人物は、組織図のいちばん上にいたためしがないということだ

p231.「娘を託児所に預けると、涙をこぼしてしまった。託児所の職員や周りの人もみんな、私が泣いているのを知っていた。託児所から職場に向かう間も泣いていた。職場に着いてからも泣いていた。どうしようもない状態だった」やがて彼女は、望み通りの仕事を見つけて会社を辞めた。彼女が見つけた新しい進路、それはフリーエージェントNiなることだった。広報、DTP、ニュースリリースの執筆、パンフレットのデザインなどの仕事を請け負うようになったのだ。けっこうな金にはなった。しかし半年もたつと、「赤ちゃんを抱えて、自宅で仕事をするのがキツくなってきた」と言う。同じような境遇の人たちの互助グループがないかと探してみたけれど、まったく見つからなかった。そこで、オースティンの新聞社に手紙を送り、子供を育てながら住宅で仕事をしている親で、そういうグループをつくりたいという人を募ると、20件ほどの返事が寄せられた。これがやがて、全米規模の組織に発展していった。現在、スペンサーのグループ『在宅ワーキングママの会』には、1000人以上の人が会費を支払って会員になっている

p239.「こんにちは!」。順番が来ると、私はなるべく明るい声で切り出した。なにしろ、これから市役所の役人をだますのだ。「ぼくは作家なんです。バーバンクに引っ越そうと思ってるんですけど、自分の家で仕事をするにはどういう手続きが必要なんですか?」 15分の説明を受けてわかったことは、こうだ。自宅で執筆の仕事をする場合は、まず在宅労働許可を申請しなくてはならない。市当局は申請内容を検討し、職員が家を訪れて仕事場を調査する。仕事場が安全で、近所に危険を及ぼさないと認められれば、家で執筆の仕事を始めることができる。それでやっと、私の仕事場は市に正式に承認されたことになるのだ

p241.「ちょっと待ってくださいよ」と、私は言った。「仲間と共同で映画の脚本を書いている場合、相棒がうちに来て一緒に仕事をするのは法律違反になるんですか? 家で打ち合わせをするのは、犯罪なんですか?」「そうです」「カリフォルニアには、三振即アウト法があるんですよね?」「そうです」カリフォルニア州の「三振即アウト法」では、有罪判決を3回受けた被告人には、自動的に終身刑などの重い刑罰が課されることになっている

p243.雇用主とおさらばしたとき、私たちは医療保険ともおさらばしてしまったのだ。それでも、1985年に成立した「包括財政調整法(略称COBRA=コブラ)」という法律のおかげで、妻の退職後18カ月間は、その期間の保険料を全額自分で支払えば、勤めていた頃の医療保険の適用を受け続けることができるようになっている。この18カ月を過ぎてしまうと、医療費はすべて自己負担になる。つまり、2人目の子供が欲しい場合は、時間は限られていたのだ。この後、私たち夫婦がどういう行為に従事したかを詳しく説明するのはやめておこう。ともかく、この18カ月の間に、エリザベス・ラーナー・ピンクがこの世に生まれたのだ。医療保険の適用を受けられるように子供をつくる時期を計画した親は、私たち夫婦がはじめてではないだろう。このエピソードに皮肉な風味を与えているのは、私たちの娘は計画して出産したものであるのに対して、この出産の背景にある医療保険制度は偶然の産物であるということだ

p263.マイクロソフトの臨時社員の多くは、正社員と机を並べて、同じ製品のテスト行い、同じユーザーインターフェイスをデザインし、同じオンライン出版物の編集をしていた。しかし、この人たちの法律上の雇用主は、マイクロソフトではなく、派遣会社だった。そのため、職場に奇妙なカースト制度が生まれることになった。正社員はブルーのバッジを着け、臨時社員はオレンジのバッジを着けた。オレンジのバッジを着けた人は、会社のスポーツジムも利用できず、会社のパーティーにも参加できなかった。一部のバレーボールコートは使わせてもらえず、窓のない部屋で働かなくてはならない場合もあった。雑誌ファストカンパニーのロン・リーバーは、こう書いている。「マイクロソフトでは、派遣会社から派遣されたスタッフの電子メールアドレスには、頭に『A』の文字がつくようになっている。おかげで、自分たちが電子メールで意見を述べてもあっさり切り捨てられやすいと、臨時社員たちは言う。それだけではない。臨時社員は自社のソフトウエアを割引価格で買うこともできない。というより、社内販売を利用すること自体が認められていないのだ。自分でプログラムを書いた製品を買うことができないのである

p264.1992年、マイクロソフトの臨時社員8人が会社を相手取って訴訟を起こした。臨時社員にストックオプションという甘い果実を与えないのは違法であるというのが、訴えの理由だった。この集団訴訟や同様の訴訟の審理は、、舞台となる裁判所を次々と変えて、8年間続いた。そしてついに、連邦裁判所は、マイクロソフトが違法行為をはたらいたと認定した。マイクロソフトは2000年末に和解に応じ、元臨時社員に総額9700万ドルの和解金を支払うことになった。労働者の反乱に衝撃を受け、法廷での敗北と巨額の支出という痛手に懲りて、マイクロソフトは人事政策を一部見直した。数千人の臨時社員を正社員に登用し、今後は派遣会社から派遣される臨時社員の採用期間は1年に限定することにしたのだ

p282.フランクリン・ルーズベルト大統領が社会保障法を成立させて、標準的な引退年齢を65歳に定めた当時、アメリカ人の平均寿命は63歳だった。しかし、現在の平均寿命は76歳だ。しかも、医学の進歩により、寿命は更に伸びるだろう。「20世紀前半とは違って、もはや65歳という年齢は、高齢者の線引きをする基準として適切でない」と、マサチューセッツ工科大学(MIT)のエコノミスト、ドラ・コスタは言う。なにしろ、いまやアメリカ人の80%が65年以上生きる時代なのだ。ベビーブーム世代の子どもの世代が65歳前後になる2040年には、アメリカ人の4人に1人は65歳以上の人になる見込みだ

p321.現在、平均的なオフィス(小売業を除く)は、面積の8割が個人の作業用スペース、2割がミーティング用スペースになっている。その結果、他の場所でもできる仕事をするために通勤を強いられる一方で、大勢が同じ場所に集まって働く最大の目的であるはずの共同作業向けのスペースが十分に取れないという状況が生まれている。フリーエージェントを宣言し、他人に邪魔されずに仕事に集中するためのプライベート・アイダホをもつ人が増えれば、この4対1の割合は変わってくるはずだ。未来の職場は、個人用のスペースが20%、「着陸スペース」(ノートパソコンで作業をしたり、電子メールを送受信したり、ちょっと電話をかけたりすることのできるスペース)が20%、会議室などの共同作業スペースが60%という比率になるだろう。会社員は、出社すべき明確な理由がある場合以外は、会社に出てこなくてよくなる。会社に出入りしているフリーエージェントは、たまたま席にいない人のデスクを借りて慌ただしく作業をしなくても、落ち着いて打ち合わせをしたり、ノートパソコンで作業をすることができるようになる

p367.吸収合併の影響は、見かけほど大きくない。そのほとんどは、石油、自動車、金融など、斜陽産業や「規模の経済」のメリットが大きい産業での動きなのだ

p372.大半の管理職は前時代の遺物になる。典型的な管理職がなにをやっているか考えてみてほしい。管理職の主な役割は、部下を監視すること、そして上から下へ情報を伝達すること。このいずれの役割も時代遅れになる。会社のオフィス以外の場所で働く人が増え、チームで仕事をするケースが増えれば、上司による部下の監視は無意味になる。それに、こうしたお目付役は、自由と自立を大切にするフリーエージェントやフリーエージェント志向の従業員にとって不愉快な存在だ。大手長距離電話会社MCIのCEOを務めたウィリアム・マクゴワンはかつて、中間管理職は「人間メッセージ交換機」であると言ったが、コンピュータネットワークや電子メールの普及により、そうした役割も不要になりつつある。『これまでのビジネスのやり方は終わりだ』という本にも、次のように書かれている。「ハイパーリンクは企業の階層構造を覆す」「健全なイントラネットはさまざまな意味で労働者を組織化する。その影響力はいかなる労働組合よりも強い」。中間管理職には、もう退場願おう





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