佐藤優「交渉術」文春文庫

公開日: : 最終更新日:2012/03/10 書評(書籍), 文章術/レトリック, 佐藤優, 有罪判決



20120227001208

交渉術というのも、私が好むジャンルのひとつ。だた、これは交渉術にかこつけた、衒学や外務省の物語の暴露など言いたいことを言っている感じだ。でも胸がすく思いがしていい。不遇を託つ(託っているのかな?)著者や鈴木宗男の美化、彼らの使えた3人の総理大臣の美化

これまでの氏の本に比べて、一段踏み込んだ外交の内奥の開陳があると感じる。ロシア要人への風俗接待とか、外務省高官のアルマジロとか。一連の裁判の確定と刑の執行の終結を見てのことだろうか。また橋本龍太郎と米原万里のように、関係者がすべて鬼籍に入ったからゆえだろうか

果てには、最後に東日本大震災についてまとまった書き物をしている。どう考えても交渉術ではない。いつもはタイトルと違う中身の本って不愉快なんだが、おもしろいんだから許してしまうほどの文章力というか内容の濃さ

誰か、著者のこれまでの著作の索引を作ってくれないかな。それぞれが単品でも十分におもしろいのだが、一つひとつが大部であり、そこにはかなりの重複もある。これは人力というよりも、デジタル書籍という仕組みの完成を待つのかな



p22.交渉術は、ユダヤ・キリスト教文化圏の思考様式と表裏一体の関係にある、と私は見ている。ヤーウェと呼ばれるユダヤ教、キリスト教に共通する神は、嫉妬深く、怒り狂うのが趣味である。そうして怒り狂うと、皆殺し(ジェノサイド)、破壊を平気で行う。自分で創ったものだから自分で壊したり、殺したりしても構わないという論理である

p24.ここで、人間の代表者として、予言者が出てきて神と交渉することになる。交渉の結果、神に言い負かされてしまえば、人間は全滅するのだから、ありとあらゆる理屈や屁理屈を行使して、預言者は神を論破しようとする。その結果は、今のところ人間側の全戦全勝である。そうでないならば、いまここに人間が生き残っているはずがないからだ。従って、交渉で勝つことが人間が生き残るために不可欠だということは、ユダヤ・キリスト教圏の人々には刷り込まれている。だから、交渉術、論理学(ロジック)、修辞学(レトリック)が発展するのである

p39.交渉術では、「交渉相手との信頼関係を維持することが、こちら側にとっても最終的に得だ」というようなことが言われるが、それは実は論理があべこべだ。交渉で得をするから、相手との信頼関係を維持するのである。小さいことでは約束を守り、信用させて、最後に一回大きく騙すというのはインテリジェンス交渉術ではよく使われる技法だ

p40.このときソ連は、すでに対日参戦の腹を固めているのであるが、日本人の帰国に誠実に協力する。要するに在欧州日本人の帰国という小さな案件で日本人を信用させて、対日参戦という陰謀を隠したのだ

p48.ロシアには「この世の中に醜い女はひとりもいない。ただ飲むウオトカの量が足りないだけだ」ということわざがあるが、ショットグラス10杯というと500ミリリットルのウオトカボトル3分の2に相当するので、金髪娘が10杯くらい美しく見えてくる

p50.インテリジェンスのプロによる「ハニートラップ」は、商売女を送り込むなどという稚拙な手法ではなく、ほんものの恋愛に介入するという手法をとる

p65.秘密警察の協力要請を断って、自分が所属する組織に相談した場合、後から秘密警察に報復されるのではないかと心配する読者にお伝えしておくが、基本的に報復はない。秘密警察は仕事で協力者獲得工作をしているのであって、工作が失敗しても、工作対象者に当たり散らすような閑はないからだ

p67.一般に秘密警察が必要とする情報は2通りある。第一は、外交交渉の内容や軍事情報である。第二は、人事や組織の文化に関する情報や、人間関係に関する情報だ。書類の作成法、課長レベル、局長レベル、事務次官レベルの判断を仰ぐ基準はどこにあるか、人事ローテーションはどのようになっているかというような組織文化は10年や20年では変化しない。そのような情報は、内部にいたことがある者にしかわからない。更に、個々人の履歴、姻戚関係、更に職場内の不倫関係、友人関係、ライバル関係などに関する情報は、秘密警察が工作を仕掛ける上で不可欠だ。秘密警察は、第一の情報と第二の情報を通常、別々に管理している。実は、第一の情報よりも第二の情報のほうが秘密工作に直結するので、厳重に管理されているのである

p79.ロシアの不法占拠を追認したり、強化することにつながるインフラ整備は行えない。そこで、病院やレントゲン施設にしても、あえてプレハブ施設にした。ロシア側が図に乗って、日本の利益に反する行動をとったらいつでも解体、撤去するという含みをもたせたのだ

p82.「いいかよく聞け。俺は14歳のときに女を知ってから、セックスをしない日が3日続いたことはない。モスクワを出て、今日はもう4日目だ。俺の”ヤーイツァ”(ロシア語で鶏卵の複数形。俗語で睾丸を意味する)は爆発寸前だ。何とかしてくれ。”バーバ”(ロシア語の俗語で女の意味)が欲しい」アンドレ先生は真顔だ

p85.国会議員が「佐藤さん、アンドレ先生は、何か要望があるんじゃないかな」と尋ねるので、実情を率直に説明した。「佐藤さん、それはたいへんだったね。長いこと使っていないけれど、昔、外国から難しいお客さんが来ると受けてもらったソープがある。ちょっと調べてみる」

p88.ここに紹介したような「接待」は、かたちこそ違え、日本のサラリーパーソンでも見聞する機会があるのではないかと思う。日本の外交官、商社員、新聞記者が、何気なくというか、必要に迫られて行っている接待だが、国際スタンダードでは、ハニートラップと見なされるものが結構ある。しかし、日本人はそれをハニートラップと自覚していない。従って、普通の日本人は「中国やロシアは日本人をハニートラップにかけるが、日本はそれに対して何の反撃もできない」と苛立ちを強める。しかし、外国のインテリジェンス専門家から見ると「あれだけエゲツない工作をしながら、日本人はよく言うよ。自分だけ生娘のようなフリをして。自分の”汚い”部分には目をつぶり、他人だけを非難する、実に卑劣な連中だ」ということになる。このような認識の非対称性を矯正することが、インテリジェンス交渉術の大前提になる

p105.これは日本人、特に官僚と政治家に適用すると効果が大きいのであるが、秘密情報について、相手に質問し、返事が返ってこないときに、「ああ、失礼しました。あなたは知らないのですね」とさりげなく呟くことだ。次の瞬間に相手が、色をなして「そんなことはない。俺はちゃんと知っている」と言って、秘密を語ることが、私の経験則では3割程度の確率である。「情報を伝えられていないということは、重要人物でないことの証拠」というような、情報伝達を巡る日本特有の文化に付け込むのだ。国際スタンダードでは、情報は「区分(クオーター)化の原則」が徹底していて、政府高官でも担当分野が異なれば、重要情報を知らされていないことはよくある。日本でも外務省や防衛省からの情報漏洩が続出するため、秘密保全体制の強化が言われるが、実効性が担保されていないのは、「情報を伝えられていないということは、重要人物でないことの証拠」という文化が存在するからだ。また実態としても重要人物は、その地位にかかわらず重要情報を知っている

p120.ロシアで勤務したときも経験したことであるが、有力政治家には信頼する官僚に偶然を装って、政治の世界の「奥の院」を見学させようとする傾向がある。赤坂東急ホテルの見学で私は、「権力とガソリン(カネ)が交換可能である」ことと「交換を立証するためには『立ち会い』が必要である」ことを学んだ。このときの経験を応用し、裏切る可能性がある外国人と約束したり、カネを渡すときは、私も必ず「立ち会い」をつけるようにした。カネを使ったインテリジェンス工作に従事した複数の外国人専門家に尋ねてみたが、「信頼関係が十分に構築されていない情報提供者や工作員に指令を与えたり、カネを渡すときは、必ず立ち会いをつける」ということだった。永田町のルールはインテリジェンス交渉術でも十分通用するのである

p137.人間にとって、もっとも重要な価値は命である。こちらが情報源、工作対象として設定した相手自身よりも相手の配偶者や子供が病気になったときの医療支援は人間的信頼関係を強化する上で大きな効果をもつ

p138.工作費については「青天井」というのがインテリジェンス業界での常識である。そうなると職員がカネをつまむ可能性が出てくる。それをどう防止するのであろうか。ある情報機関では、工作を担当する職員は銀行口座を一つしかもつことができず、その口座は、定期的に組織がチェックする。また、春秋の健康診断の際に「ポリグラフ(嘘発見器)」にかけて、横領の有無についての尋問を義務づけている。更に2-3年に1回、現金、貴金属などを隠匿していないかについての家宅捜索が行われる。徹底した性悪説の原理に立った上で、運用は性善説に基づいて、多額の工作資金の使用を認めるのである

p178.ここまでのルーブル委員会の話は、所詮、外務官僚が、小銭を蓄えようと思って組織ぐるみで行った醜悪な活動に過ぎない。人間は性悪な存在である。閉鎖空間の中で外部の監視が目に入らないようならば、外務官僚は不正蓄財を平気で行うのである

p193.「難しい仕事は、部下がよろこんで引き受けない限り、うまくいかない。そのために大きな犠牲が出ることがある。インテリジェンス機関における上司と部下は、運命共同体であるという意識がなければ、よい仕事はできない。それは、命令によって実現できるようなものじゃない」これと同じ話を、全く別の機会にモサド幹部から聞いたことがある

p201.2001年9月11日の米国同時多発テロ事件直後に、田中氏が米国務省の緊急避難先を新聞記者たちの前で話してしまうという事件があった。その後、諸外国は、日本からの情報漏れを強く懸念するようになった。もう一度、このような事件があればたいへんなことになるので、当時、外務省幹部の間では「重要な情報は外務大臣に流さない」という暗黙の合意ができあがっていた。もっとも私の見解では、田中氏が情報を漏らしてしまったのは事件ではなく事故である。田中氏はインテリジェンスの観点から、公開してもよい情報と秘匿すべき情報の区別がつかない。秘密がわからない人に秘密を守れと言っても意味がないのである

p220.アルマジロのように丸くなることで、西村氏は「私に何もしないでください」という無言のシグナルを鈴木氏に送った。動物行動学の文法に従って、鈴木氏はそのシグナルを了解したのである

p233.露見するような稚拙な嘘をつき、それを政治家に指摘されると「死んだふり」までして、人間としてもっとも弱い姿をさらした西村氏であるが、鈴木氏との関係についての査問では、自己の非を一切認めない粘り強さを見せた。強制捜査権がない外務省の査問では、査問対象者が自己に非がないと徹底的に頑張れば、クビにすることは不可能である

p235.私の経験からすると、恥は、日本でもロシア、イギリス、イスラエル、チェコでも中流層の価値観である。市民社会において世間体を気にする人々が「他者との関係で、どう見られるか」という恥の感覚を強く持つのだと思う。一般論として、この人々に罪の意識が希薄であるということも確かに言えよう。これに対して、中流より下の庶民と、トップエリートは罪の観念を強くもつ。もちろん、恥の感覚もあわせもつ

p236.恥の文化の世界で生きている中流層のビジネスパーソンには、恥を捨てることは、競争に勝ち抜く上でたいへんに効果をあげる。恥知らずな行動は、必要最小限にピンポイントで行っている。ここに西村六善流インテリジェンス出世術の要諦がある。西村氏の手法は外交交渉にも応用できる。例えば、土下座外交だ。土下座はプロセスに過ぎない。旧西ドイツがナチス・ドイツの過去については、抗弁できるような事案に関しても、徹底的に謝って、土下座外交を展開した。例えば、独墺関係について、ドイツが加害者、オーストリアが被害者ということになっているが、ナチズムの台頭について、客観的に見るならば、オーストリアの責任が免罪されることはどう考えてもおかしい。また、フランスにはビシー対独協力政権があった。しかし、フランスは被害者なのだ。西独はこのような徹底的な土下座外交を展開することによって、歴史認識や過去の清算に関して外交交渉にかけるエネルギーを極小化し、国家目標であるドイツ統一を実現したのである。土下座は手段に過ぎない。結果として、国益を増進し、国家目標を達成すればよいのである

p249.「他人に気づかれないような場所から、様子を探るというのは、情報屋の醍醐味ですからね」

p310.政府専用機の運営は航空自衛隊が行っている。客室乗務員に相当する職務には、下士官の男性自衛官と女性自衛官が就いている。航空会社でキャビンアテンダントの訓練を受けている。特に女性自衛官に関しては、選りすぐりの容姿端麗な人を充てている

p341.米原万里さんは、大きな瞳で、私を見つめ、「私、橋龍に襲われそうになったことがある」と言った

p352.鈴木氏はとても怒っている。鈴木氏の用語体系の中で、「人間性の問題だ」というのは、とても強い非難の意味をもつ。橋本氏との関係で、米原さんは通訳という弱い立場におかれている。自分がもつ権力を使って、女性に迫るという手法は卑怯であると鈴木氏は考えているのである

p411.「直接的取り引きを提案せず、領土と経済のあいだにリンケージをつけないことが実は最大の取り引きになるということですね」「そうだ。ほんとうの取り引きとは、取り引きということを相手に悟らせずに行うものだ」とブルブリスは言った

p428.そして、鈴木氏が杉原千畝問題に踏み込んだ。ランズベルギス議長は身を乗り出して鈴木氏の話を聞いた。「いま、ソ連時代の共産主義的、ロシア的な通りの改名を進めています。そのうちの一つを杉原通りにします」と言った

p429.「わかった。年に1回モスクワに来ることを約束する」他の国会議員から同じような質問をされたことが何度かあった。そのときも私は、「1年に1回、必ずモスクワに来てください」と答えた。そして、ほとんどの国会議員が「約束する」と答えたが、約束を守ったのは鈴木氏だけだった

p429.ところで、私は鈴木氏の杉原千畝氏に対する思いの背景に周到な戦略があることを後に思い知った。1999年4月、小渕恵三総理の公式訪米に、内閣官房副長官をつとめていた鈴木氏も同行した。シカゴ商品取引所を訪れた際、取引所のレオ・メラメド名誉会長が小渕氏よりも鈴木氏にていねいに対応する。鈴木氏が「なぜだろう」と思っていたところ、メラメド氏が「命のビザ」のコピーを示して、「私はこのビザで救われました。杉原千畝さんの名誉回復を鈴木先生がしてくださったということを知り、お礼が言いたかったのです」と言った

p437.鈴木氏は、北海道足寄の農家の次男で、拓殖大学出身、秘書上がりの自分は、東京大学出身でキャリア試験(国家公務員採用I種試験)に合格した官僚や、国会議員の二世、三世で、子供の頃から政治の世界で育った国会議員と比較して、圧倒的に弱いと感じていた。この弱さを克服するために、鈴木氏は北海道でも自らの選挙区だけではなく全域に、さらに日本全国、それこそ沖縄にまで鈴木宗男後援会を組織化した。特定の企業の政治献金に頼るのではなく、数万円単位の小口で幅広く政治資金を集めた。政治資金は年額2、3億円をい超えるようになった。派閥の領袖並みだ。貨幣は権力と代替可能だ。しかし、そのことにも鈴木氏は気付かなかった。そして、政治資金で北方四島の生徒たちに書籍を寄贈する、チェルノブイリ原発事故で被爆した子供たちを北海道に招く、タンザニアに学校をつくるなどの支援活動とともに、外務官僚から回されてくるさまざまな経費を処理した

p442.私はキャリア職員と較べれば芥子粒くらいの力しかないので、専門知識と人脈を強化することで、ノンキャリアとして尊厳をもって外務省の中で生きていきたいと考えた。それだけのことだった

p452.ゲンナには、近未来がどうなるかがあまりにもよく見えるので、他の政治エリートから警戒されるのだ。ゲンナにいつも言われたことは、2つだった。1つは、「過去の歴史をよく勉強しろ。現在、起きていること、また、近未来に起きることは、必ず過去によく似た歴史のひな形がある。それを押さえておけば、情勢分析を誤ることはない」ということだった。2つ目は、「人間研究を怠るな。その人間の心理をよく観察せよ。特に、嫉妬、私怨についての調査を怠るな」ということだった。この視点をつねに考慮しながら本書を書いた

p474.この話を聞いて、中国や韓国、東南アジア諸国の外交団が冷静であるのに対して、米国、フランス、ドイツなどの白人諸国の外交団が浮き足立っている理由がわかった。19世紀から20世紀初頭、アジア諸国で騒擾が生じると白人が襲撃されるという記憶が自然に甦ってきたのである。封印されていた人種主義が原発事故で吹き出している

p481.外国政府が「核爆発が起き、死の灰が降ってくる」などという頓珍漢なことを考えていたわけではない。水蒸気爆発で原子炉が破壊された場合の都市パニックの危険性を外国の外務省やインテリジェンス機関は、ごく常識的に考え、行動し、それと同じ視座で外国メディアが事態を見ていただけのことだ。「事情や論理はよくわからないが、日本人は都市パニックを起こさない人たちらしい」ということがわかったので、危機に対する外国人の認識が変化しただけのことである

p482.「菅のような奴の居座りを許してはなりません。あとでまとめて徹底的に批判します。ただ、今は原発です。福島第一原発の冷却システムが順調に動くにはうま%

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