田中章夫「日本語雑記帳」岩波新書

公開日: : 書評(書籍), 文章術/レトリック



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人生を大学からやり直すならば、このような日本語の研究者になりたいような気が少し。しかし、自分の才覚でこの方面で食っていくのには難儀しそうだから、いまから趣味で勉強することで十分なのかな



p5.そして、角田さんは言う。「日本は特殊な言語ではない。しかし、英語は特殊な言語だ」と

p3.かつての日本語は@の「小老鼠」や「カタツムリ」のように、言語にはとらわれずに、赤ナス(トマト)、コウモリ(洋傘)、トンビ(インバネス)、球菜(キャベツ)、花野菜(カリフラワー)など、わかりやすい形で、外来の事物を取り入れてきた

p29.さて、この「ticket」と「チケット」、現在は「チケット」が定着しているが、大正から昭和の初めごろ、「テケツ」もあった。劇場や映画館の切符売りは「テケツ屋」と呼ばれていた。耳で聞いたのが「テケツ」、スペルをローマ字式に読んだのが「チケット」というわけだが、歴史的には、「チケット」の方が古く、幕末の福沢諭吉の『西洋旅案内』(1967年<慶応4・明治1>)に、すでに見られるという(荒川惣兵衛『角川外来語辞典』1967年)

p36.要するに、中国の「甘い茘枝」が、日本で「苦い茘枝」に化けたわけだが、こうした変身の例としては、中国で「ナマズ」を指す「鮎」が、日本では似ても似つかない「アユ」になったのなどが有名である。日中両語は、漢字を介して交流するので、例えば、近年でも「洗脳・造反・油条・雑技・太極拳・一辺倒・小皇帝・熱烈歓迎・反面教師」などの中国語が、日本式の読み方で、次々入ってきている

p40.その昔、日本の天文学会では、「planet」の訳語として、東大系は「惑星」を使い、京大系は「遊星」を使っていたというが、現在、日本惑星科学会機関誌は「遊・星・人」の由。「惑星」も「遊星」も、江戸時代から用いられ、ほかに「迷星」もあったようである

p45.「醤油」の「soy」(soya)も、「soy(a) sauce」「soy(a) bean」と英語で大きな活躍をしている。「安倍川餅」などと呼ばれる「きな粉餅」は、四国あたりでは「そおや餅」ともいわれるが、この「ソーヤ」は英語の「soya」だと聞いたことがある。もし、そうだとすれば、これは、soy(a) sauce→soy(a) bean(大豆)→ソーヤ(きな粉)餅と、いったん英語に入った「soya」の出戻りということになる。おもしろい例である

p95.「アサッテ」の翌日の「ヤノアサッテ」と呼んでいた江戸の人たちは、上方語から入ってきた「シアサッテ」を受け入れて、同じ日を「ヤノアサッテ」とも「シアサッテ」とも呼ぶようになった。この呼び方が受け継がれて、東京の下町言葉にみられる、「明々後日」を「ヤノアサッテ」とも「シアサッテ」とも言うタイプができたわけである。ところが、武家の人たちなどが多く住む江戸の山の手の人たちは、上方言葉から入ってきた「シアサッテ」を、そのまま受け入れて、「アサッテ」の翌日を上方風に「シアサッテ」と呼ぶようになり、いままで使っていた、地元の「ヤノアサッテ」を、次の日に持っていったために、「アサッテ→シアサッテ→ヤノアサッテ」の、山の手言葉のタイプが生まれ、のちに標準的なものとされるようになった

p102.下町言葉というと、乱暴なベランメエ調と誤解されることがある。ベランメエ調は、歌舞伎の花川戸の助六や落語の熊さん・八ッツァンの口調だが、これは、江戸の町の創生期に暴れ回った、男伊達(六方者)が使った「六方言葉」の系統の言葉である。江戸言葉の伝統を引く由緒正しい下町コトバは、落語でいえば、大家さん夫婦の語り口で、落ち着いた品格を備えた言葉である

p103.近年は、隅田川を越えた、向島や葛飾・柴又まで「下町」と呼び、西の方も荻窪・吉祥寺あたりまで「山の手」ということがあるが、山の手というのは少なくとも昭和の初期までは、山の手環状線の中に、ほぼ収まってしまう旧東京市8区についての呼び名だった。旧15区のうち、麹町・四谷・赤坂・麻布・芝・牛込・本郷・小石川の8区が山の手区として扱われ、日本橋・京橋・神田・下谷・浅草・本所・深川の7区が下町区として扱わいていた

p106.日本の各地の言葉の中で、美しい言葉といえば、その代表は、京言葉であろう。京都のことばが、耳に柔らかく響くのは、母音を丁寧に発音することからたといわれている。「北の国」「行きます」のように、母音が消えて(無声化)しまいやすい東京あたりのことばは、「歯切れがいい」とは評されても、なかなか美しいとは言ってもらえない。日本語教育の現場でも、かつては、無声化に厳しい先生が少なくなかった

p149.ところが、実際の発言は「不沈空母」ではなく、「大きな空母のように」だったのが「不沈空母」と訳されたのだという。インターネットで調べたところ、当初、中曽根首相は、この発言自体を否定していたのに、その後、「不沈空母」と発言したとの前提で、弁明につとめたので、定着してしまったらしい

p153.1940年に、日独伊三国同盟が結ばれるが、それにもかかわらず、西欧語は「敵性語」とされ、一括して排斥されていた。音楽教育の「ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ド」の音階まで、「ハ・ニ・ホ・ヘ・ト・イ・ロ・ハ」と呼び変えて、和音も「ハホト」「ハヘイ」と教えられていた

p177.先年、台湾滞在中、男女数人の友人たちと民芸店に立ち寄ったら、店のマダムに日本語の好きな義父の話し相手をしてくれないかと頼まれた。出てきた老人は「私は、花蓮港の国民学校の卒業生であります」との自己紹介のあと流暢な日本語で思い出話をしてくれた。30分ばかり話し合って別れ際に「たいへん懐かしゅうございました」とお礼を言われ、一同、その折り目正しい日本語に圧倒される思いがした。太平洋戦争のころまでは「おいしいデス、なつかしいデス」のような、形容詞に「~デス」をつけた言い方は、まだ、正統な日本語として認知されていなかった。この言い方が公認されたのは、なんと1952年(昭和27)に国語審議会が発表した『これからの敬語』においてである。『これからの敬語』は、特に「7、形容詞と「です」」の一項をもうけて、「これまで久しく問題となっていた形容詞の結び方――例えば「大きいです」「小さいです」などは平明・簡素な形として認めてよい。」としている。まことに悠長な話である

p207.第二次大戦後の、この手の流行語に、「BG」と「OL」がある。どちらも、会社や銀行・役所に勤める、当時「事務員」と呼ばれていた、若い事務職の女性を指す言葉として登場してきたものである。「BG」は、いうまでもなく「business+girl」から作られた和製語で、昭和30年前後に広く用いられていた。しかし、英米の俗語で「コールガール、商売女」を意味するものと非難され、マス・メディアは、その使用を自粛しはじめた。NHKは、1963年(昭和38)9月に、使用中止とした。それでは、どう呼ぶかといっても「事務員」の呼称には人気がなく、男女老若の区別なく「社員」「行員」でいいじゃないかとか、英語でいくなら「office worker」「bank clerk」と、まともな英語にすべし、など、新聞の投書欄や、雑誌の読者のページでは、さまざまな意見が戦わされた。なかには、そのものズバリ「オフィス・フラワー」案もあったという。そんな中、週刊誌『女性自身』が、「事務職の会社員」の呼称を募集した。そして、1963年11月に3万の応募の中から、第1位の「オフィス・レディ」(略称O・L)が選ばれた、というのが通説である。ところが、当時の『女性自身』の編集長、櫻井秀勲さんは言う。「実はOLは7位。私が強引に1位にしました」(略)本当の1位は「オフィス・ガール」だったが、「職場の男性上司が『ウチの女の子』と呼ぶのに重なる『ガール』が気に入らなかった」(2011年10月1日付『朝日新聞』夕刊「昭和史再訪」欄)





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