養老孟司「バカの壁」新潮新書
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最終更新日:2011/09/11
書評(書籍)
3時間弱で一気に読み終わってしまった。面白い。やっぱりベストセラーはそれなりの理由があるということを改めて感じた一冊。これを初版から2年半も放っておいたとは、うーん、ベストセラーへのアレルギーは治さないといけないな。680円の価値はある
内容が至極真っ当。というのも、その回答が立証不可能というか、それが結論になっているから
ホームレスの話は前から思っていたことと一緒だったり、団塊の世代の批判めいた言動も含め、自分の感覚とマッチしたのも、私が面白いと感じた理由の一つだろうと思う。内容やその書き方から、読む人間によってだいぶ感想が変わると思われる。その成果、数多出ているこの本に関する書評の半数以上はネガティブなものである。ベストセラーゆえというのもあるだろう
外務省官僚の話は極めて納得度が高かった
この人の本は初めて読んだが、ほかの代表作も読む気にさせるものだ。やはり一つのことを続けてきた学者タイプの人の言葉には重みがある
最近、学者系の本ばかり読んでいて、実業から遠ざかっている
p23.科学者のおそらく9割近くは「事実は科学の中に存在する」と信じているのではないか。一般人となると、もっと科学を絶対的だと信じているかもしれない。しかし、そんなことはまったく無い
p39.ここで述べたことはヘリクツでも極論でもない。脳も入出力装置、いわゆる計算機と考えたら当たり前です。普通はそう考えてないから、一次方程式に置き換えると違和感がある。人間はどうしても、自分の脳をもっと高級なものだと思っている。実際には別に高級じゃない。要するに計算機なのです
p48.本来、意識というのは共通性を徹底的に追求するもなのです。その共通性を徹底的に確保するために、言語の論理と文化、伝統がある
p53.流転しないものが「情報」。ヘラクレイトスの遺した言葉「万物は流転する」はギリシャ語で一言一句変わらぬまま、現代まで残っている。彼に「あなたの”万物は流転する”という言葉は流転したのですか」と聞いたらなんと答えるのでしょう
p57.「男子三日会わざれば刮目して待つべし」という言葉が、「三国志」のなかにあります。3日も会わなければ、人間どのくらい変わっているかわからない。だから、3日会わなかったらしっかり目を見開いて見てみろということでしょう
p61.ガンの告知で桜が違って見えるということは、自分が違う人になってしまった、ということです。そういうことを常に繰り返していれば、ある朝、もう一度、自分ががらっと変わって、世界が違って見えて、夕方に突然死んだとしても、何を今さら驚くことがあるか。絶えず過去の自分というのは消されて、新しいものが生まれてきている。そもそも人間は常に変わり続けているわけですが、何かを知って生まれ変わり続けている、そういう経験を何度もした人間にとっては、死ぬということは特別な意味を持つものではない。現に、過去の自分は死んでいるのだから
p72.プラトン。「おかしいじゃないか。リンゴはどれを見たって全部違う。なのに、どれを見たって全部違うリンゴを同じリンゴと言っている以上、そこにはすべてのリンゴを包括するものがなきゃいけない」
p79.人間の脳はチンパンジーの脳の約3倍になっている。すると、外部からの入力で単純に出力する、というだけではなくなった。外部からの入力のかわりに、脳の中で入出力を回すことができるようになってきた。これを我々は「考える」と言っている
p84.我々の考えることぐらいは全部考えられる、感じることだって感じる、そのうえプラスアルファがついている存在とはなにか。それを人間は神としたわけです
p96.仕事が専門化していくということは、入出力が限定化されていくということ。限定化するということはコンピュータならば一つのプログラムだけを繰り返しているようなものです。健康な状態というのは、プログラムの編成替えをして常に様々な入出力をしていることなのかもしれません。私自身、東京大学に勤務している間とその後では、辞める前が前世だったんじゃないか、というくらいに見える世界が変わった。結構、大学に批判的な意見を在職中から自由に言っていたつもりでしたが、それでも辞めてみると、いかに自分が制限されていたかがよくわかった。この制限は外れてみないとわからない。それこそが無意識というものです
p99.ペンフィールドのホムンクルス。人間の脳はどうして首で分断されているのか。首から上の運動と下の運動はまったく別であることが関係しています。前者は食物を摂り、コミュニケーションをする。後者は身体が移動する
p100.そもそも文明の発達というのは、この首から下の運動を抑圧することでもある。つまり、足で歩く代わりに自動車が出てくるというのは、首から下の運動を抑えることなのです
p103.会社が本来の共同体ならばリストラせずにワークシェアリングするのが正しいやり方
p105.日本の社会では機能主義と共同体的な悪平等がぶつかり、長い目で見れば、機能しなくなって共同体になってしまう。機能主義に共同体の論理が勝ってしまう。「外務省というのは何をするところか」という根本の議論がなされないまま、外務省に入った職員全体の利益のために皆が動く、ということになっている。外交によって国益を守るということよりも、省のために働くことが優先されているのです。ここでいかにも共同体的だと思えるのは二世、三世の世襲キャリアが非常に多いこと。そのくせ仕事は大して無い、というのは、他の官庁の連中が口々に言っています
p107.「外務省員の一致団結」。この状態は戦時中の日本軍と非常によく似ている。よく勘違いされますが、別に軍の武力だけが国を滅ぼしたわけではない。いかにも馬鹿馬鹿しい内部での抗争が国益を損ねていたのです。戦時中は、陸軍と海軍の両方で張り合って互いに主導権争いをしていて、その合間にアメリカと戦争していた、という笑い話があるほど。使える飛行機がもはや零戦しか残っていないという事態になっても、航空予算は陸軍と海軍で半々だった。その時も、現在、省庁間でやっている予算の取り合いみたいなことばかりやっていた。省庁あって国家無し、というのは、今に始まった話ではないのです
…昔読んだ”岩見隆夫「陛下の御質問」文春文庫”に、昭和天皇がこのことに対してコメントしていたことの記載があった
p109.V・E・フランクルという心理学者は、一貫して「人生の意味」について論じていました。そして、「意味は外部にある」といっている。「自己実現」などといいますが、自分が何かを実現する場は外部にしか存在しない。より噛み砕いていえば、人生の意味は自分だけで完結するものではなく、常に周囲の人、社会との関係から生まれる、ということです
p110.フランクルが70年代にウィーンの大学で教鞭を執っていた際、アメリカからの留学生の60%が「人生は無意味だ」と考えていたそうです。これに対して、オーストリア人、ドイツ人、スイス人で「無意味だ」と考えていたのは25%だった。特にアメリカ型の思考を持つ人にこういう考え方が多いことが分かった。さらに当時の統計で、若い麻薬患者の100%が「人生は無意味だ」と考えていたともいいます
p112.現代人におていは、「食うに困らない」に続く共通のテーマとして考えられるのは「環境問題」ではないでしょうか。環境のために自分は共同体、周りの人に何が出来るか、ということもまた人生の意味であるはずなのです
p116.フロイトが無意識を発見する必要があったのは、ヨーロッパが18世紀以降、急速に都市化していったことと密接に関係している。それまでは、普通に日常に存在していた無意識が、どんどん見えないものになっていった。だからこそ、フロイトが、無意識を「発見」したわけです
p117.寝ている暇を勿体無いと思うのか。それは、無意識を人生のなかから排除してしまっているからです。だから、若者はとにかく起きていようとする。極端に言えば、ギリギリまで起きていて、ばったり倒れて眠る。そのためどんどん夜更かしになる
p123.ホームレスでも飢え死にしないような豊かな社会が実現した。ところが、いざそうなると今度は失業率が高くなったと言って怒っている。もうまったく訳がわからない。失業した人が飢え死にしているというなら問題です。でも、ホームレスはピンピンして生きている。下手をすれば糖尿病になっている人もいると聞きました
p126.利口、バカを何で測るかといえば、結局、これは社会的適応性でしか測れない。例えば、言語能力の高さといったことです。そんなものの客観的、科学的な基準を作るのは難しい
p127.何かの能力に秀でている人の場合、別の何かが欠如している、ということは日常生活でもよく見受けられます。これは脳においても同じようです
p129.神経細胞とグリアの集合体のようなものが脳を作っていて他に必要な血管が入っている。脳を構成しているものはそれだけしかない。脳というものは複雑かというとそんなことはなくて、組織としては極めて単純なものなのです
p133.脳にある神経細胞の伝達行為を擬似的にコンピュータで作った「ニューラル・ネット」の学習曲線は、子供が字を憶える時の学習曲線とほぼ同じだということがわかっています。子供が100%文字を憶えるまでの学習曲線は、単純な右肩上がりの曲線ではなく、いったん下がって、また上がる、という特徴があります。驚いたことに、ニューラル・ネットでの学習曲線もまったく同じようにいったん落ち込んだ後に上昇する。まさに人間の脳の働きを再現したモデルだと考えられます
p141.脳は往々にして運動に対して抑圧的に働きます。あくまでも一般論ですが、小学生ぐらいで活発で運動の出来る子はあまり勉強が出来ないし、勉強が出来る子は運動が苦手だったりすることが多い
p144.おそらくピカソは意識的に、絵を描く際に、ノーマルな空間配置の能力を消し去ったのです。病気になると、ある能力が消えて、ひとりでにピカソの絵みたいなものを描くケースがありますが、ピカソ自身は、健康なのに意図してああいう絵が描けた。おそらく彼は自分の視覚野というものを非常に上手にコントロールできていた。頭の中のリンゴのイメージを自在に変えるということは普通の人はできない
p149.自動車に例えれば、この扁桃体は社会活動に対するアクセルで、前頭葉はブレーキにあたります。衝動殺人は、このブレーキを踏めない犯罪。連続殺人はアクセルの踏み過ぎで犯してしまう
p157.若い人をまともに教育するのなら、まず人のことがわかるようにしなさいと、当たり前のことから教えていくべきだ
p161.現在、こういう教育現場の中枢にいるのが所謂「団塊の世代」です。大学を自由にするとか何とか言って闘ってきた年代の人がそうなっちゃっているというのはおかしなことに思えるかもしれません。が、私は学園紛争当時から、彼らの言い分を全然信用していなかった。案の定、その世代が今、教師となり、こういう事態を生んでいる
p163.そもそも教育というのは、自分を真似ろと言っているわけです。それでは自分を真似ろというほど立派に生きている教師がどれだけいるのか。結局のところ、たかだか教師になる方法を教えられるだけじゃないのか
p170.意識的世界なんていうのは屁みたいなもので、基本は身体です。それは、悪い時代を通れば必ずわかることです。身体が駄目では話にならない
p178.インドは、鉛筆を落としても落とした人は拾わない。別にそれを拾う階層がいる。これは、最近の言葉でいうところの「ワークシェアリング」が行われているということです。実はカースト制というのは完全ワークシェアリングです
p180.家事労働がかつてよりも遥かに楽になってしまった。それでもどういうわけか、「家事は無限にある」「男にはわからないけれど家事は大変なのよ」と、奥さん方は言います。確かにそうなのかもしれませんし、それをいちいち議論すると家庭内で問題が起きるでしょうが、とりあえず暇な時間が増えたのは間違いない。すると、家事労働を随分楽にすることによって、女性は、ただ単純に楽になってしまっただけという結論が出てくる。面白いのは、暇になったオジサンがぐったりするのに対して彼女たちは元気になる。何だかんだいっても彼女たちにはやるべき家事は残されている。さらには、そのため身体だって使うことになる。そのへんが男との違いでしょうか
p182.大体、相手を利口だと思って説教しても駄目なのです。どのぐらいバカかということが、はっきり見えていないと説教、説得は出来ない。相手を動かせない。従って、多分、政治家は務まらない
p187.金と脳の働きは非常に似ている。目から入っても耳から入っても、1円は1円、100円は100円と単一の電気信号に翻訳されて互いに交換されていく、ある形を得たものです
p191.ユーロの目指すところは、実は世界統一通貨だと思われます。では、その世界統一通貨の基準は何か。まさか、江戸時代のように米だというわけにはいかない。世界に共通する基準というのは、エネルギー単位以外ないのではないか
p192.実態が見えない状態で、欲のままにお金だけを回していけば、「経済は好調だ」とか何とか言っているうちに、いつの間にか目の前の酒樽は空っぽ、ということになってしまう
p193.私の考え方は、簡単に言えば二元論に集約されます
p195.都市宗教は必ず一元論化していく。それはなぜかというと、都市の人間は実に弱く、頼るものを求める。百姓には、土地がついているからものすごく強い
p198.近頃ではこういう論調で物を書くと、「あんた、反米だろ」なんて見当外れの文句を言ってくる人がいる。もちろん、そんな次元の話ではないのですが、一元論的な人には通じない
p199.崖登りは苦しいけれど、一歩上がれば視界がそれだけ開ける。しかし、一歩上がるのは大変です。手を離したら千仞の谷底にまっ逆さまです。人生とはそういうものだと思う
p203.日韓共催のワールドカップで、日本の若者がイングランドのユニフォームを着て応援しました。韓国が勝ち進むと韓国も応援した。それぞれの国から見れば信じられない事態なのです。「人類皆兄弟」というと変な風に受け止められますが、人間皆同じという考え方が、日本の場合は基本的にあるのかもしれない。国境がなかったし、民族同士の殺し合いもしていないし、戦場になっていない。こうした特性を「甘い」と言うのは簡単ですが、悪いことだとは思えない
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私も読みました。全く関係ないですが、あるお茶会で養老先生の奥様にお会いしました。大変お美しい方で驚きました。医師であっても、人と話したりするのは苦手で、基礎医学の方に進まれたと仰っていました。P203のことですが、ミッションスクールでは、宗教教育を受ける時、イスラエルとパレスチナの問題は避けて通れませんでした。国籍がない、国家がないということが、どれだけ大変か、日本人にはなかなか理解できません。それが理解できれば、日本で現在起きているさまざまな問題は解決できるのではないかと思います。