野口悠紀雄「ゴールドラッシュの「超」ビジネスモデル」新潮社
面白い。東海岸と西海岸の違い、ゴールドラッシュとシリコンバレーの要点を理解できる。それだけではない。頭の肥やしとして誰にでも強く勧められる
いまは有名なリーバイス、ウェルズ・ファーゴ、スタンフォードなどの歴史がある。米国の大立者の歴史がある。ネットスケープ、マイクロソフト、グーグルの説明。知られざるシスコシステムズの凄みなどが十分に理解できる
ときどき日本を振り返り、これまで幅を利かせてきた40年体制や、ベンチャー投資をはじめとする最近の動向を斬りまくるのが爽快
シュリーマン、ジョン万次郎、ノートン1世などの挿話も豊富
どの項も十分に楽しめる
p12.19世紀のゴールドラッシュによってカリフォルニアに根付いたものが150年の間、その地に脈々と生き続けた。そして21世紀のいま、それが新しい変革を生み出している。150年間の間生き続け、新しい変革を生み出した原動力とは、いったい何なのか? それを探るのが本書の目的だ
p23.「誰でもできる。規制がない」という2つの条件とも、ゴールドラッシュとITが酷似している。同じ金鉱の発見でもオーストラリアではヒーローも胸をときめかす物語も生まれなかった
p27.「あまりにスケールの大きな問題に直面した場合に、思考が停止する」というのは、決して不思議ではない。これを「日常性への執着」と呼ぶことができるだろう。将来に重大な問題が予想されても、当面いまのままで続きそうなら、人間はそれまでの仕事パターンを続けるものだ
p29.過去の時点で行った投資のコストは、「サンクコスト」と呼ばれる。それに囚われてはいけない。過去のことは過去のこと(Let bygones be bygones)だ。必要なのは、今の条件下で最適な方策を探すことなのである。「サンクコストを忘れよ」とは、あらゆる経営指南書が等しく指摘することだ。しかし、これほど従うのが難しい指針もない。人間は、サンクコストを思い切れないのである
p36.しかし、彼は、金を掘りには出かけなかった。皆と同じことは、しなかったのである。そのかわり、ブラナンは、西海岸にあるすべてのシャベルと斧と金桶、それにテントやその他の生活必需品を買いあさった。買占めが完了したところで、サンフランシスコの通りを走り回った。「金だ。金だ。金が発見された!」と叫びながら
p43.「金を掘りに行かなかった」という点で、リーバイはブラナンと同じだ。「金を掘る人が必要としたものを供給した」という点でもブラナンと同じだ。このことを、「金を掘る人たちを採鉱する」(mining the gold miners)と言う
p44.ストラウスが作ったものは、ある種の精神を具現していた。それは、月並みな言葉だが、「アメリカのフロンティア・スピリット」である。実用的だが、実用一点張りではなく、遊びがある。権威的でなく、装飾的でもない。しかし、野暮ったくはない。このイメージは、パソコンやインターネットともオーバーラップする
p47.ウェルズ・ファーゴの成功も、サム・ブラナンやリーバイ・ストラウスと同じルールにしたがっている。つまり、「皆と同じことはしなかった」。その代わりに、「皆が求めているものを提供した」のだ。つまり、彼らがやったのも、mining the gold minersである
p49.「アメリカ型資本主義は、弱肉強食の野蛮な世界だ」と非難する人が日本では多い。確かにそれは、馴れ合いやもたれあいが支配する世界ではない。しかし、「成功者は社会に貢献すべし」とする確固たる考えが存在することにも注意しなければならない。日本のバブル紳士やサラ金長者のほうが、よほど金だけで動いているではないか
p57.こうしてノートンは20年の間、アメリカ合衆国史上最初の(そして多分最後の)皇帝として帝位にあった。市民に愛された彼が1880年1月8日に逝去したとき、葬儀には1万ないし3万人が列席し、参列者の列は3キロも続いた。死亡記事は「ニューヨーク・タイムズ」にも掲載された。「彼は誰も殺さず、誰からも奪わず、誰をも追放しなかった」と記者は記した
p59.「オーストラリア・ゴールドラッシュの話は面白くないが、カリフォルニアの話は面白い。それはそこが自由の天地だったからだ」と述べた。ノートン皇帝も、この延長線上にいる
p63.もっとも重要なのは「失敗はあたりまえ。恥ずべきことではない。失敗したらもう一度挑戦すればよい」という考えが、この地に根付いたことだ。「重要なのはリスクに挑戦することだ。成功するか失敗するかではない」。これは、ヨーロッパの「旧世界」に蔓延していたのとは、確実に違う考えだ。アメリカ東海岸のエスタブリッシュメントの考えとも異なるものだ
p144.「カリフォルニアの子が私たちの子だ」この言葉は、最愛の子息を失った翌日に、リーランド・スタンフォードが妻ジェインに語ったと伝えられるものである。本当にこのとおりの表現だったのかどうかは分からないが、悲劇の直後に、夫妻がカリフォルニアの若者たちのための教育機関設立を決意したのは、事実のようだ
p147.最も重要なことには、エリオットは、彼らを馬鹿にして追い払ったどころではなく、アイディアがまだはっきりしていなかったスタンフォードに、「授業料なしの大学をカリフォルニアに設立すべきだ」と、強く勧めたのである。彼は、ハーバードのカリキュラムを大改革しようとしており、その意気にスタンフォードは大いに感じたのだという。「大学設立」という計画は、このときに最終的に決まった
p170.詰め込み教育を批判する人は、アメリカの大学院でいかに猛烈な詰め込み教育が行われているかを知るべきだ。そして、そうした教育こそが、掴みどころのない難問に直面したときに、「手がかりはどこかにないか?」と考え、そのための地道なデータ収集に向かうという態度につながるのである
p174.100年の歳月は、この問いに対して、明白な回答を与えている。「大学の設立に用いられる限りにおいて、富の集中は社会的な意義を持つ」と。つまり、「巨額の富は、社会を改革するために用いる」ということだ。「日常生活に必要な範囲を超える富は不必要。だから、富の集中は抑制されるべきだ」というのが多くの人の考えだが、「日常生活の必要性を超えるからこそ、とてつもないことに使える」ともいえる
p178.カリフォルニアは、現在、アメリカで最も豊かな地域である。「シリコンバレー」と呼ばれるスタンフォード大学周辺の地域は、とくにそうだ。所得水準も住宅価格も、アメリカの他の地域を抜いて、断然第1位なのである。この発展にスタンフォード大学が寄与したのも事実だが、地域の発展によって大学の地位が上昇したこともまた事実だ
p184.従業員1人あたりの企業価値で言えば、グーグルはGMや日立の800倍を超えている。ソニーとの比較で言っても、200倍を超える。つまり、グーグルは、信じられないほどの「超超優良企業」なのである。このような会社は、日本には存在しない
p190.セコイアがヤフーへの出資を検討していたとき、一人が「ヤフーなんていう名の会社に金を出すとは、信じられない」と言った。しかし、もう一人が受けて言った。「はるか昔、われわれは、アップルという妙な名前の会社に出資したことがある」
p199.図書館に存在する書籍への検索を、グーグルが開始しようとしている。すでに、スタンフォード大学図書館などアメリカの主要な図書館の書籍約1,500万冊を、専用のロボットが1ページずつコピーし、電子情報化する作業を始めている(スタンフォード大学の図書館には毎日大型トラックが横付けにされて、書籍を運び出している)。こうしたことを考えると、検索エンジンの分野での本当の競争は、今後のことといえるだろう
p200.日本では「プッシュ」された情報を受け取るだけの人が多いのではないだろうか。だから、「検索」という機能に対する意識が低い。実際、日本の書籍では、索引が付いていない本が多い。一般書では、付いている本の方がむしろ稀である。これに対してアメリカでは、索引のない本は専門書とはみなされない。これは、情報を「プル」したいと考えて本を読む人が多いからだろう
p214.クラークが最初に連絡してからアンドリーセンの返事までが、わずか10分。そして、2人が出会ってから半年で製品を完成し、1年と少々でIPOに成功している。「IT産業ではスピードこそが命(Fast eats slow)」とよく言われるが、それにしてもネットスケープの俊足ぶりはすごい
p241.19世紀のゴールドラッシュで巨万の富を築いたのは、金を採取した人ではなかった。つるはしやシャベル、丈夫なズボン、そして送金サービスや移動手段など、金採取者が必要とする道具やサービスを提供した人だった。同じことがいま繰り返されている。IT革命で成功したのは、インターネットを使うために必要な手段を提供している人や企業だ。シスコシステムズは、その典型である
p245.ジョン・チェンバーズ:「すばやくて、機転のきく者が勝つ。規模が大きくても小さくても、関係ない。動きの速い者が動きの鈍い者を倒すのだ」
p262.とくに日本では、株式市場に対する信任度が低い。「株式市場は投機のための賭博場であり、風評やデマ、あるいは意図的な株価操作で株価が簡単に変動する」との考えは、ごく一般的だ。日本で株式市場がこのように評価されるのには、理由がある。日本の株式市場は、十分な機能を果たしているとはいえないのだ。しかし、そこで必要なのは、日本の株式市場をより透明で効率的な市場に育成することであり、株式市場を軽視することではない。株式市場で株価が刻々と変化するのは、企業をとりまく条件が変動するからである。もし、条件が変化したのに評価が変わらないとすれば、そのほうが困る
p264.先進経済の主力は、日立、GM型の企業から、新しいタイプの経済活動に移行しているのだ。「目に見えるものから目に見えないものに。ハードからソフトに。製造業からサービスに」という移行は、実に重要である
p265ゴールドラッシュの初期に、ブラナンは金発見のニュースをばらした。他方で、金採取のために必要な道具を独占し、その販売で巨額の利益を得た。重要な情報は無料で開放し、別のところで利益を得たのである。検索エンジンのビジネスモデルは、これを似ている
p267.マイクロソフトが1993年に発売したCD-ROM百科事典エンカルタは、絶滅しかかった百科事典を元としたもので、ブリタニカは当初、「子供のオモチャ」と軽視した。しかし、販売価格が20分の1以下であったため、それまで印刷物の百科事典を購入していた層は、あっという間にこれに移ってしまった
p276.シリコンバレーのさまざまな組織は、一種独特の空気を共有している。それは、「自由、確信、チャレンジ、チャンス」などの言葉で表されるものだ。アメリカは、全体としてみれば、まだ弁護士が支配する社会である。政治家の力も強い。自動車産業、防衛産業などの大企業は、これらエリートたちがパワー・ポリティックスを繰り広げる世界だ。しかし、シリコンバレーの空気は、これとまったく異なる。ここに本社を置くビジネス・リーダーの写真で、ネクタイを締めた姿はあまりない。私自身も、ネクタイは何本も持っていたが、パロアルト滞在中にまったく締めなかった。東部エスタブリッシュメントの堅苦しい世界とは、きわめて異質だ。このような環境がもたらす一つの結果として、シリコンバレーの成功者には、外国人が多い。つまり、シリコンバレーにおける成功のチャンスは、外国人にも等しく開かれているのである。インテル創業者の一人で元CEOのアンドリュー・グローブが、その典型だ。20歳のときにハンガリー動乱が起き、故国を脱出した。そして、難民船で大西洋を渡ったのだ
p280.リーランド・スタンフォードこそが、インターネット産業の生みの親といえるわけだ。少なくとも、彼の理念がなければ、現在のインターネットの世界やシリコンバレーの産業は登場しなかった可能性がある
p282.スタンフォード大学の役割は、明示的なプロジェクトだけではないように思われる。私の評価では、もっとも重要なのは、人と人との出会いの「場」を提供したことだ。高い能力と、類似の興味や考え方を持った人々が一箇所に集まる。そうした人々が出会えば、そこから何かが生じる。新しい事業の誕生にとって重要なのは、知的接触なのだ
p286.もちろん、日本にも、権威や権力に対する反発はある。官僚制度に対する批判は、新聞や雑誌に登場しない日がないくらいだ。しかし、これらの多くは、反発であって、挑戦ではない。多くの場合に、批判者も心の底では同じものを望んでいるのだ。それが手に入らなかったから、権力に反発しているに過ぎない。「勝ち組」「負け組」という言葉ほど、この精神構造を如実に表すものはない。個人であれ企業であれ、単一の指標で勝ち・負けを判別できるほど、現実は単純ではない。それにもかかわらずこの言葉が流行するのは、多くの人々が画一思考から抜け出せないからだ
p287.そして、法律の専門家養成が必要となると、あきれるほど多くの大学が法科大学院の設立に走る。なぜこうも同じことをしたがるのだろう。「他校がロースクールを作るなら自分のところは別の分野で」という発想がなぜ出てこないのだろう?
p291.はっきり言えば、自動車産業はアメリカでは不要になった産業なのだ。これまで、繊維、家庭電化製品、鉄鋼、造船などの製造業が、つぎつぎにアメリカから消滅していった。しかし、これはアメリカの没落ではない。アメリカの産業構造が、柔軟に変化しつつあることを示すものに他ならない。その順番がついに自動車にまで来たというだけのことである
p300.銀行がベンチャーキャピタルをつくり、地方公共団体がインキュベイション・センターを設立したところで、どうにもならない。「日本にもシリコンバレーをつくり、ベンチャービジネスで日本経済を活性化しよう」などという政策提言を見ると、むなしい気持ちになる。そもそも、「ベンチャー育成」という考え方自体が自己矛盾に陥っている。なぜなら、ベンチャーとは、自力で未来を切り開く企業なのだから
p300.競争否定、平等化志向、国依存、組織依存というメンタリティも、その体制と密接に結びついて生まれた。このメンタリティは、日本人固有のものでもなく、日本の長い歴史のなかで形成されてきたものでもない。40年体制という戦時体制のなかで、人為的に形成されたものなのである。それが戦後に残り、組織人、会社人間の基本的な考えとなった。このような集団志向性が、製造業を中心とした経済発展に重要な役割を果たしたことは、否定できない。しかし、これからの社会で必要なのは、組織ではなく個人、依存ではなく自主独立、同一性ではなく異質性、集団規律遵守ではなく創造、そして、失敗を恐れずにリスクに挑戦することだ…でた、著者の「40年体制」!
p306.成功者は、とりわけ巨万の富を獲得した者は、その富の使い方において歴史にテストされる。カリフォルニア・ゴールドラッシュの成功者でこのテストに合格した者はわずか数名しかいないが、鉄道王リーランド・スタンフォードは、スタンフォード大学の設立者として、間違いなく合格者の中に入っている
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