山田正人「経産省の山田課長補佐、ただいま育休中」日本経済新聞社

公開日: : 最終更新日:2011/09/19 書評(書籍)



内容はその主旨として賛同できる


文章は軽い。2、3時間程度で読み終えられる。内容は一見軽いが、実は結構重い


この本を商業ベースに乗せるためには勤務先や肩書きはおそらく必要不可欠なのだろう。早速、小泉内閣や野田聖子のメールマガジンなどに取り上げられている。題材自体はそれほど大げさに扱われるほどのものでもない。高級官僚として初めて、そして男性として出版したのが(おそらく)初めて、ということなんだから。海外では確かイギリスのブレア首相も取っているし、民間でも政府の号令の下で実績作りに一生懸命で続々と出ているし


育休を取ろうと思っている男性にはこの本は薦められる。ただし、この本自体、特段の驚くべきことが書かれていない。当然ながら、男性であるがゆえに殊更に育児が困難だという内容にはなっていない。そしては、それは真実でもあると思う。だから、育休の男性がフルコースで育児を経験したいのであれば、当初は一般の育児本を読み、終わってからこの本を読むほうがいいかもしれない。最初からこれを読むと、実際の育児が追体験に終わってしまうかも


育休の取得で逡巡している人には、育児と仕事で、本当にどちらが大事かの比較をして欲しい。今やっている仕事がどれほどのものであるか。自分でなければできない仕事とは案外にないものだ。また、いまのこの時期に、会社にとって、または仕事にとって自分の存在が不可欠であるという理由で育休をとらないという選択肢はないだろうという気がする。現在は人生が長くなっている。終身雇用のもとでの定年制度が通用しなくなる一方で就業人口が減少していく中、働くのはいつでもできるが育児は子の小さい今しかできない。旬の夏にスイカを食わなくてどうする?




p12.前回に続き、今回も妻が育休を取るというのも選択肢の1つだった。けれど、2年前に育休を取得し、さらに、また1年間育休を取ることは、夫婦間で公平さに欠けるような気がした。それに、妻にしてみれば、やっと復帰後の仕事が軌道に乗った矢先。育休はもちろん、産休も取らずに1日も早く出勤したいというのが正直な気持ちのようだった。自分の方といえば、担当していた大きな仕事からは異勤したばかり。次の仕事では、まだ自分自身が不可欠の人材とは思わなかった。妻の仕事と自分の仕事とどちらが世の中の役に立っているのか、と言われれば、今回は妻の仕事の方に軍配が上がる気がした。もちろん、世の中における仕事の重要性だけが、どちらが育休を取るか、の判断材料ではない。生まれてくる子どもにとって、どちらが育ての親としてふさわしいのか、ということの方がより重要な判断材料だ。この点について、妻の方が向いているのは明らかだった(と思った)


p14.それと対照的なのが男性の友人たちだった。ある地方自治休の友人が言った。「山田さんのところなら、結構ドライで寛容かも知れませんけどね。私のところで、男性が育休を取りたいなんて言いだしたら、常識的にもう『アウト!』でしょうなぁ。『やる気なし』という烙印を押されて一生復活できないでしょうね」この発言が、育休取得の最終的な引き金となった。自分の育休が、自分のみならず、他の組織の「常識」を覆すきっかけになるかもしれない、という思いだった。男女共同参画社会の実現ということが言われ始めて久しい。自分の周りでも、「僕が育休を取ろうかと思っている」という人はたくさんいた。けれど、実際に育休を取った男性は自分の周りでは1人もいない。1人の人間として個人的には育休を取ってもいいと思っていても、それを許さないさまざま障害があるのだ。世の中に男女の役割に対する伝統的な考え方がある中で、それを切り裂いていく砕氷船がどうしても必要なのだ。自分の選択する小さな一歩が、結果として時代を切り裂くことになれば、それは単なる一家庭での選択を超えた社会的な意義がある、とずうずうしくも思ったのである。今にして思えば、結局、子育ての苦労を知らない、ということだったのだろう


p15.一方、仕事では関係ない男性の友人の1人からは、「いいなぁ。いいリフレッシュになるね。単に育児をするだけではなく、その期間をどう使うかが大切だよね」と言われた。冗談ではない。出産して育休を取る女性に「その期間をどう使うか」などと言いはしないだろう。「いやいや、他に何かできるほど子育ては楽なもんじゃないよ。育児をリフレッシュと考えることが間違いだ」と答えた。これが、世の中の男性が、いかに子育てを甘く認識しているが、を実感する最初の出来事だった




こういう捉え方っていいよね。この本の場合「これが女性だったら、」と考えるだけで思考に幅ができる。こういう考えの切り口をたくさん持つことは常に意識したい




p30.男性の手のひらは大きいので、しっかりと、高志の頭と体を安定させることができる。少なくとも風呂は明らかにパパの方が向いている。初めてパパの方が優れていることを発見できた


p35.産休中にもかかわらず、ちょくちょく妻が仕事に出かけるようになった。産前から手がけている仕事を早く再開したいらしい。高志は家で寝ている。まだ外出は無理だ。妻が仕事に出かけている間は、ずーっと1人で高志と家で向き合うことになる。「家で子どもと向き合っていると息がつまりそう。ノイローゼになりそう」子育て中の親が言っているのはこういうことだったのか。家から出たい時に出られずに、外の空気が吸えない、というのは本当につらい。息がつまりそうで悶々とする。こんなにもつらいものか。完全に見くびっていた。これでは、世の中の若い女性がこの苦痛に耐えられないのは当然だろう。「25歳以上は売れ残り」と、女性の婚期がクリスマスケーキにたとえられていた一昔前の時代には、世の中の女性は、社会で楽しい事を覚える前に、すぐ家庭に入り育児をし、という人生を半ば強制されてしまっていたのだろう。しかし、今はそういう時代ではない。すでに結婚前に、自分の収入で買い物をする楽しさ、海外旅行の楽しさ、飲み会の楽しさを知ってしまっている。出産と同時にこういう楽しみから断ち切られ、家で赤ん坊と向き合わなければならないという、この閉塞感。もちろん子どもを育てるという、新たな楽しみは得られるが、今までの生活とのギャップは予想をはるかに超えるものだ。これは、男性も女性も同じ。相当の重圧だと思う


p46.それでも日中なら救われるが、たまに、夜中に複数の子どもが次々と連鎖で泣き始めることがある。高志が泣きやまない横で、2歳児が変な夢から目が覚めて寝ぼけて泣いているのが1時間も続くと、いくら仕事をしていないとはいえ、つらい。それでも平目の昼間は、えこと健人を保育園に送り出せる分ましだ。平目の昼調子のいい時は、高志は2、3時間連続して寝ていてくれることもある。こういうラッキーなときには、自分も寝だめをする。睡眠が断続的になっているせいか、なんだか頭の芯が重たいのだ。そんな平目の昼間、私が睡眠をむさぼっていたところ、突然電話が鳴った。「ちきしよう。また、あのセールスの電話じゃねえだろうな」と電話に向かう


p50.少し鈍感な私はともかく、「出世に響く」というのが一般的な認識なのであれば、それが理由で育休を思いとどまる男性は世の中には多いだろう。職業人にとって「出世」とは、その職場での評価そのものだからだ。過去に育休を取得したという事実と復帰後の仕事の内容とは全く関係がないにはず。なのに、それを結び付けて評価することは組織として合理的なのだろうか。こういった「育休は出世に響く」という社会に流布する意識を変えていかないと男性の育児休暇取得は進まないし、少子化に歯止めはかからないだろう




出た、出世の論点。いつも残業している人がしっかりと出世しているかどうか、また、いま出世の極みにいる人がどういう経緯で出世できているのか、それぞれ調べて欲しい。このような訳の分からない理解はすぐになくなる




p55.それまでは、泣き始める度にオムツをチェックし、その都度、汚れたオムツを交換していた。その度に洗う手は石鹸で皮脂が洗い落とされ、両手がガサガサになっていた


p58.いったいどうしたものか。一生懸命、綿棒にベビーオイルをつけて肛門を刺激してみるが効果はない。便秘で医者に行くのも、少し間抜けだし、便秘で死んだ人はいないだろう




いや、便秘でも医者には行ったほうがいい




p65.確かに女性の育休であれば、産院や母親学級で知り合った友人、専業主婦となった昔の友人など訪ねていく先はたくさんあるだろう。でも、育休パパの友達はみんな平日の昼間は働いているのだ。こんなところにも育休パパ特有の苦しみがある


p66.父親と母親との間でどのように子育てを分担するか、という点を議論すると、「母親の方が生物学的に適しているのだから女性が育児すべき」という乱暴な意見をよく耳にする。が、私の経験上、子育てに関して、母親でなければどうしてもできない、ということはほとんどない。むしろ、子育ては結構腕力や体力を使う。父親の方が向いていることも多い。唯一母親でなければできないのは、母乳だ。そして、この母乳が、我々夫婦の最大の対立点となってきた。妻は「なるべく高志を母乳で育てたい」という。職場に行く前には、しっかりと母乳を飲ませてから出かけるし、こまめに余った母乳を搾乳し、冷凍パックに保存する。家に帰ってくる前には、必ず連絡を家に入れ、粉ミルクを飲ませるのを極力待て、と注文をつける。高志を預かる父親の立場からすると、こんなママの振る舞いは少し身勝手に映る。母乳、粉ミルクを問わず、赤ちゃんが飲みたいときに飲みたいだけ飲ませてあげるべきではないか。科学的にも、初乳を別にすれば、粉ミルクの栄養は母乳と遜色ない




特段の明確な害がない限り、古来必要とされていた生理的な事柄を取りやめるのは、どうかと思う。これは、後に出てくる虫歯菌の話とは別だ




p71.もっとひどい例もある。「敵視」だ。人づてに聞いた話だが、最近、ある中央官庁のキャリア同士で結婚した夫婦の奥さんが妊娠をした。その上司からは「育休は取るな」との指令が奥さんに下ったというのである。その官庁は霞ヶ関の中でも古い性質で有名なのだが、この上司は、女性の育休に対してですら「敵視」しているのだ。男性の有休などと聞いたら「クビにしろ」とでも言い出しかねないだろう。一般的に中央官庁の世界、とりわけキャリア官僚の間では、多かれ少なかれ、仕事に対し「無制限・無定量」で臨むべき、という倫理感が残っている。自分も今回の育休までは「無制限・無定量」で働いていたし、それを周りの部下や上司にも求めていた




休まないで仕事ということが、どれだけ愚かなことか。ソフトブレーンの宋氏やトリンプの吉越氏と対極的




p73.自分なりに「プチうつ」になった原因を一生懸命考えてみる。第1に、疲れが蓄まっている。家事・育児が予想外に大変なのだ。高志が昼間起きている時間が長くなったのに、夜中の断続的な睡眠は相変わらず。睡眠不足という点では仕事より大変だ。第2は、孤独だ。社会から隔絶されているという意識が日々強くなっている。毎日高志の散歩で公園に行くが、相変わらず、思ったような「公園デビュー」はできていない。公園に子ども連れのママが来ている日もあったのだが、どうも気後れして入り込めない。第3は、職場との関係だ。「男性の育休は出世に悪影響」という世の中の意識に気が付いて以降、自分では極力気にしていないつもりなのだが、ボディブローのように精神的に効いてきている


p76.父親だからなのか、3人目の子どもだからなのか、私の着替えさせ方は相当手荒い。「ゴツン」と軽く頭が着替え台の角に当たったりする。高志も慣れたもので別に泣くわけでもない。その横で「ハーィ、コウちゃん。ごめんなさいねー。おふく脱ぎますよー。いいですかー」と他のお母さんたちは腫れ物に触れるように赤ちゃんを扱う。自分も少し普段から丁寧にした方がいいのかなと半分反省しつつも、「ここまでやったら1人の子育てでもノイローゼになっちゃうよな」とか、「子育ては手間をかけると際限なくなるからな」とか呟いて自分を納得させる




極めて同感




p81.ところが、ぐるぐる巻きの話を私の母に話してみると、昔の田舎では、農作業の傍らに赤ん坊を同様にぐるぐる巻きにして畦に置いておいたと教えてくれた。モンゴルだけではなかったのか。日本にもそのような慣習があったことを知り、少し安心。早速、妻に教えてやる。それからは、心おきなく、高志は毎晩ぐるぐる巻きにされることになった




この本の記載の中で知らなかった数少ないポイントの一つ。へー、すごく勉強になった。こういう知識が世代間で継承されないのか




p84.そうなのだ。子どもにはそれぞれの親の前でしか見せないとびっきりのかわいらしさがある。それは、親しか見せてもらえない子どもからの特別のプレゼント。だから、そのとびっきりのかわいさをプレゼントされると、どの親も、「うちの子が、世界で一番かわいい」と確信するのである。なるほど、この特別なプレゼントがあるからこそ、子どもは親に大切に育ててもらえるのだ




なるほど、確かにその通りだと思う。誰の言葉か忘れたが、「子のする親孝行は、子育ての頃のかわいらしさを親に享受させることで、既に終わっているのだ」という考え方に強く感じたことがあった




p86.かつて、双子の妊娠が判明した頃に、私は自分の母親に「隔世子育て論」を紹介したことがある。直ちに却下された。「なんで私がもう1回子育てしなくちゃいけないの」との反応。「お母さんが年をとったら面倒見てあげるからさ」と相当の覚悟をした切り札を切っても、「自分は誰にも迷惑をかけるつもりはない。老人ホームに入る」と渋い回答




ある日公園を散歩していたら老夫婦から声を掛けられたことがあった。自分の娘が仕事をするので孫はすべて自分たちで育てた、と言っていた。自慢めいていて、決して不幸そうではなかったが、不満そうではあった。個人的には、母親のみが育児をすると鬱積してしまうので、最高の英知は他世代の同居であると思う。それが破綻したから介護保険や育児支援になってしまったのだろうが




p92.おそらく義姉が自分の家でやっていることとほぼ同じはずだ。自分自身が家事をせず、妻が家で毎日していることを知らないので、家でやるべきことがたくさんあることを想像できないのだろう。男だろうと女だろうと日常家事に違いはない(笑)


p92.父母懇談会の日、旦那が有休を取ることはなく、ケンタは一時保育に預けられたようだった。有休を取ることはできなかったし、だからといって「なんでお父さんが有給休暇を取らないんですか」を私に再質問されるのも嫌だったのだろう


p94.とはいえ、長年の友人が専業主婦の妻と同じようになっていたので、面喰らったのだろう。「家の外でも家とおんなじ話を聞かされてはたまらない」と言わんばかりに、私の話の区切りが付くや否や、逃げるように帰っていった。家にいる主婦がついついおしゃべりになるのは、女性だからではなく、家にいるからなのだ、ということがよく分かる


p98.考えてみると、今回、中耳炎になるまでは、私はほとんど育児書の類に目を通していなかった。不十分とはいえ、一応双子の子育ての経験もあり、その必要性を感じていなかった。でも、それ以上に大きい理由は、世の中の育児書の類が、母親向けの装飾・表現を凝らしたものがほとんどであり、反射的に目が拒否していたことであろう。「ママ、赤ちゃんでちゅ」とかいってマンガの赤ん坊のイラストから吹き出しで台詞が出ているイラストなどを見ると、「なめとんのか、こら。大のおとなに向かって失礼だろ」という気になってしまうのである。科学的・非情緒的な内容で、かつ、人前で男性が読んでも気恥ずかしくない装丁の育児書が出てくれたら、それほど抵抗なく読めるだろうが、今のところそうしたものはニーズが低くて商品にならない、ということなのだろう。




“松田道雄「定本育児の百科」岩波書店”にはそういう表現はないでちゅよ、人目を気にするほどの携帯性もないけど。この本だって、男女共同参画的な、少子化対策的な、国の政策とのコラボレーションという優等生的な感じがして、その上、ほのぼの感を意図している挿絵やカバーの装丁がイカニモな匂いがして、十分に手に取りにくいから安心してほしいでちゅ




p107.NHK教育テレビの「お母さんといっしょ」も気になってくる。内容的にはお兄さんもお姉さんもほぼ均等に出てくるし、子どもが歯磨きの仕上げを親にやってもらうコーナーでも「仕上げはお父さん~」といって男性が登場することもある。そうであれば、「パパママといっしょ」に改題したらどうだろう




タイトルよりも、「お母さんといっしょ」でお姉さんに仄かな思いを寄せるお父さんとしては、フライデーの記事のほうが気になって夜も寝られないわけだ。それはともかくとして、著者が言うように、仕上げ磨きにはときどきおばあちゃんなども出てくるのが楽しい。私が仕上げ磨きをする際には「仕上げはサラリーマン~」と歌ってやる。すると、結構、大人にウケる。これは「オレたちひょうきん族」のキャラクターを意識しているのだが、そこまで分かってウケているのではなかろう




p111.保育園が知育とか英語教育とかリトミック体操とかを売りにすることは、この罪の意識を払拭するのに役立っているのだろう。「私にとって保育が必要なだけではなくて、この子にとっても知育される環境が必要なのよ」ということで、引け目を払拭する口実が得られているのではないか。こう理解することにより、ホームページの宣伝内容に納得できた




なるほど、なるほど




p114.本当に子育てをなめてはいけない。育休中で私も妻も家にいるときでラッキーだった。どちらか1人しか家にいなければ、パニクって、えこまで風呂で溺れされたり、高志がベビーベッドから転落したり、という二次災害が起きていたかもしれない。この経験を通じ、育児には体力・腕力が重要と感じた。母乳は育児における母親の生物学的長所だが、体力・腕力は父親の生物学的長所だろう。生物学的に父親の方が育児に向いていないということではない。母親に対する劣等感を改めて克服できた




なぜ、そんなに「男女は育児において能力的に平等」と訴えたいのか




p122.飲み会の雰囲気をまずくするのも本意ではないので、すぐに別の話題に移った。自分自身としては育休という選択に自信をもっているので、動揺することはない。かえって、多様な価値を許容できないことに哀れみを感じてしまう。人間というものは自分の理解できない価値観にぶつかると無視してしまうのだ。深夜、飲み会がお開きになった帰り道、会合の主催者の友人から「元気そうでよかった」と言われる。数年前自殺した大学同期の友人のことを思いだして、もしかして、手を差し延べておかなければ、と思ったらしい。霞ヶ関と育休にはそのぐらいの距離感がある




この心理ってよく出る論点。例えば“養老孟司「バカの壁」新潮新書”は典型だろうか




p123.待っている間に、それとなく周りを見渡してみる。3ヶ月健診の時には産後すぐということもあり、どのママもあんまり違いないようだった。けれど、6ヶ月ともなると、ママの体力・気力も回復しているのだろう。明確に2つのグループに大別されることに気がついた。 目立っているのは、雑誌「VERY」から出てきたようなお母さんたち。三浦りさ子さんのようだ。ママ自身もきれいに着飾っているし、子どもの洋服もそれと分かるブランド。3ヶ月健診のときには、こんな感じのママはいなかった。ざっと全体の1/4くらいは、こんな感じのママだ。ちょっと油断していた。よれよれのトレーナーにジーパンという典型的な普段着で来てしまった自分が、ちょっと気恥ずかしい。でも、残りの3/4の人たちは、体カ的な理由か、経済的理由か分からないけれど、「自分のことには構ってられない」という感じのするママたちだ。お兄ちゃんお姉ちゃん連れも多い。大多数の兄弟連れは非VERY系だ。程度の差こそあれ、誰だって小ぎれいな格好はしたいだろう。にもかかわらず、子だくさんで自分のことは犠牲にせざるをえないママがいる隣で、余裕杓々できれいな格好をしているママがいる。こんな光景を見ると、今の若い女性の多くが、子ども1人で手一杯と思うのは自然な成り行きだろう




VERY系…これには苦笑した。極めて面白い気付き。皆がVERY系になりたいというのはダウト。そこまで気張る必要はないように思うけど。残りの3/4もバシッと決めて、素敵な奥さんにならなければならないのか




p127.わずか1週間かそこらのことなのに、パパを嫌がり始める高志。それはそれで健全かもしれないが、今まで面倒を見てきたパパは少しジェラシーを感じてしまう。妻は「してやったり」という顔だ。結局、高志が泣いたのはわずか1日だけだった。が、ゴールデンウィークに父親が赤ちゃんの面倒を見たからといって、ママを嫌がり始める赤ちゃんはいないだろう。やはり、子育ては母親の方が向いているのか


p131.「大声をあげても子どもは恐がるだけなので、目を見てしっかりダメって言います。子どもはそれで分かります。間違っても叩いたりはしていません」と保育士さん。「えっ、うちは言うことを聞かないとビシビシ叩いていますけどねー」と口を挟んでしまう


p134.「まさか食事は口移しであげてませんよね?」口移しで食事をあげると、虫歯菌が親の口からうつってしまう、とのことだ。でも、口移しは、食事が熱すぎないかどうか、食事の温度をチェックするのに、最も合理的な手段だ。簡単に引き下がるわけにはいかない。「あのー、サルも口移しで子どもに食事を与えてますよね。口移しはとっても自然なことだと思うんですけど」「あなたはサルを育てているのではないんですよ」私の子育てはサルレベルということか




滑稽。著者の気持ちも分からないでもないが、これは粋がりすぎ。なぜ、現在において避けられるリスクがあるのに、それを原始的な例を持ち出してチャレンジするのか。一方でそれで果たそうとしている目的である適温の論点は、例えば、本当に自分の口が子どもにとっても正しいとどうして決められるのだろうか。体温もセンサーも個体が異なれば違うだろう。ましてや成人と赤ちゃんなら尚更




p141.保育園の看護師さんから「やっちゃいましたね、お父さん。育児の勲章ですよ」と声をかけられる。「保育士もみーんな、やっていますよ。一種の職業病ですね」よく周りを見わたすと、別の保育士さんも手首に湿布をしている。「今日手首に湿布をしてきたら、子どもたちに『えこちゃん健ちゃんパパとおんなじ』って言われちゃいましたよ」と保育士さん




どうなんだろう。病気を前提とした家事や職業というのは、早急に改善しなければならないのでは?。この本の中でも、イギリスではいくら泣き叫んでも赤ちゃんはほうっておくという慣習の紹介があったと思う。冷たいことを言うようだが、こちらの方が合理的なのではないか




p145.えこと健人の3才児検診に行く。この手の公的サービスの提供はいつも平日だ。働く親のことを考えているとは思えない




確かに言われてみればそうだ。公的サービスも1/7から2/7以上の割合で休日に行う必要があろう。しかし、私は逆のことを考えていた。子の定期健診のような滅多にないイベントのために親がせっかくの有休を使わないでどうするのだ、と思ってしまう。私の性格が曲がっているのか。価値の優先順位が違うのか。どうも、“森岡孝二「働きすぎの時代」岩波新書”にあまり感銘を受けなかった私だからか




p159.そういえば、ちょうど1ヶ月くらい前、心を許している同期の友人が退職する決意を固めたとのことだったので、連絡をとって久しぶりに会ったことがあった。「お前、絶対にこのまま退職するなよ」と友人が言う。退職する人間に「退職するな」と言われるのも筋が違う、と思ったが、彼の言いたいことは、次のとおりだった。今回のお前の育休は、お前にとっては耳触りのいいことしか伝わっていないだろうが、実は不愉快に思っている奴等も多い。「ふざけるな」「男が育休なんて反則技だ」という人間もいる。そういう人間の中傷めいた発言から必死でお前のことを思って守ってくれている人たちがいる。このまま「専業主夫になります」とか「転職します」とか言っていなくなるのでは、そういうお前を守ってくれている人間たちの梯子を外すことになる。と、いうことらしい




これって、発言者が辞めた人間だという点を除いても、身勝手な考え方だよね。育休に理解ある同僚は確かに著者を守っているという面もあるのだろうけど、本来的には「あるべき姿を目指して戦っている」ということだよね。これがあるからといってたまたま育休とった具体的な個人の職業の自由が阻害されるというのは話が違う。「ほら、育休取るから会社を辞めるじゃないか」というツッコミに容易に反論できないほどの原始的な職場なのだろうか




p171.高志が加わると、今度は二人が眠くとも高志が騒ぐことがある。つまり、3人とも眠くならないと寝付いてくれないのだ。すなわち、眠い確率と眠くない確率が半々だとすると、双子だけのときには、(1/2)×(1/2)=(1/4)。それが、高志が加わると(1/8)になってしまったのだ。スロットマシーンのように、「眠い」が3つ並ばないと寝てくれない




これをうまくこなしたときには、逆に小さな達成感を感じるよね




p185.まだ日本語すら話せない双子に「英語を聞かせろ」という。冗談ではない。まずは、しっかりとした日本語を話せるようになってからだ。英語も確かに大切かもしれないが、子どもにとって大切なことはたくさんある。日本語よりも優先する課題ではないだろう




このロジックは個人的によく使っていた。小学校でも英語を教えるようなことを国が考えているというニュースもあったようだが、本当のところはどうなんだろう




p198.赤ちゃん連れはどうしても融通がきかないことが多いのだ。そういう赤ちゃん連れを対象とする公的サービスが、画一的・機械的だと本当につらい。情のない「お役所」的な対応を受けると、「そのくらい、何とかしてよー」と叫びたくなるのだ




この人は本当に公務員なのかダウト。仕事において、情のある対応を前提としたほうがいいとするのは、本気とは思えない。それとも公務員がそうでない者に阿って見せる「同類ですよ、仲間ですよ」のサインなのか




p208.ある夜、御一緒した先方の父親が、「だらーっと日曜の午後に酒が飲めるようないいソバ屋を知りませんか」と呟く。「ああ、この人はそういう楽しみを追求できる立場にいるのか」と改めて思う。それでは、今回の旅行は疲れたはずだ。子どもが1人だと、子どもを妻に押しつければそういう生活も可能なのだろう。まったく、こういう人に子育てを語る資格はない。と同時に、せっかく子どもに育てられて親になるチャンスを自ら気がつかずに放棄してしまっていることを気の毒にも思う。私はソバ屋の酒よりも子どもとのプールの方が楽しいと思う


p218.「そのお医者さんが、卒園の時に、しみじみとおっしゃったことを今でも覚えています。『ぼくは、ここに来るようになって初めて、患者さんが家族をどう思っているか、家族が患者さんをどう思っているか、分かるようになりました。本当に勉強になりました』っておっしゃってたんですよー。山田さんも、きっといい経験をされているんだろうなー、って見ていたんですよ」いい経験、どころの話ではない。極端に言うと、禁欲的で殺伐とした仕事一辺倒の人生から、彼岸に辿り着いた、という感じだろうか。これが、「いい経験」とか「懐かしい思い出」になったのではたまらない。正直、自分はこちら側の人間になってしまっている。育休当初あれだけ見ていた仕事の夢など、最後にいつ見たかすら覚えていない。これから、職場に戻るとなると、どうしても起きている時間の大半は職場で費やされることになる。あちら側に行ったら、ちょうど1年前に味わった精神的な戸惑いやイラつきを味わうことになるのだろう。その結果がこの1年を「いい経験だった」とか「懐かしく思い出される」のでは悲しすぎる。なんとか、仕事と育児を両立できないだろうか。そのためには、周囲に流されない強い自己を保つこと(これは育休を取ったことで周囲もあきらめてくれるので楽だろう)と、誰にも後ろ指をさされないように、短時間でも効率的にキチンと仕事をする、ということだろう。職場に遅く残っていることが価値と勘違いしている人に対しては、仕事の質で文句を言わせないことだ。ちょっと、復帰を前にして少し気張りすぎているかな




いずれも極めて強い共感




p230.極めて人間らしい欲求だ。こういう彼女に対し、上司は、次のように注意したらしい。「プロとして仕事をする以上、九時|五時じゃお話にならないわ。人を雇ってカネで解決しなくちゃ。私たちはそうやって働いてきたのだから。今の人たちは甘えているわ」別に雇うカネが惜しくて彼女は早く帰りたがっている訳ではない。「自分で自分の子どもを育てる」という価値観を職場の論理の押し付けにより放棄させられたくないのだ。「最初は、その上司は、共稼ぎ夫婦で二人で子どもを育てている、って間いていたから、子育てには理解があると思っていたの。でも、実際には一世代前のとにかくバリバリと男勝りで働いていたタイプで、子どもも完全にシッターが育てたみたいなのよ。それと同じことを私に求められてもねえ」と彼女。要するに、時代は変わったのだ。子どもは産む、けれど、男性社会の秩序は崩さないよう、子育てや生活をトコトン犠牲にする、というのはもう古いのだ。我々の世代の共稼ぎ夫婦の多くは、女性も男性も普通に仕事も子育てもしたいと考えているのだから


p236.第1に、手当で予算をバラまくことと比較して、所得控除による減税は「大きな政府」を志向しない。第2に、実際に子育てにかかった費用を控除するわけだから、国の懐勘定が確実に少子化対策に使われることになる。お父さんやお母さんの飲み代や遊び代に化けるということはない。第3に、キチンと納税している人に恩恵が与えられる。第四に、DINKS(夫婦二人子どもなし)や独身者との関係でも理解を得やすいだろう。世の中には、子どもを作らない世帯には「少子税」という懲罰的な措置をとろう、という論者さえいる。懲罰的な措置は行き過ぎだが、だからといって、「産んでも、産まなくてもどちらも全く同じ」、というのでは、何の少子化対策も講じようがない。おそらく、手当ではなく所得控除で、というのは理解を得やすいだろう。消費税についても、子育て支援からの検討ができよう。出産費用や妊婦・乳幼児の健診費用から、必要な子ども服・玩具などの購入費用まで、消費税の対象外とする、といった思い切った政策もあるのではないか。また、いまの保育政策にも問題がある。相変わらず待機児童が減らない現状は、地方自治体などの公的主体が中心となって保育サービスを提供するという、これまでの政策の限界を示しているかもしれない




なるほど、所得控除ねえ。そうそう、うまく回りそう




p245.本当に子育ては自分でも驚くほど発見と感動の連続だった。世の男性は、こんな楽しみを今まで女性に独占させていたのか。と正直思う。願わくは、1人でも多くの男性に、子育ての喜びや楽しみを味わってもらいたい。そして、本書をきっかけに、世の中が男性の子育てに暖かい目を向けてくれるようになれば、と願っている




半年くらい前だっただろうか、NHK総合でやってた少子化問題の討論番組でワタミの渡邉氏が「子育てはツライというが、本当は大変な喜びなのではないか」と、大意として同じことを言っていたのを思い出した。同感


20060409224800


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  • 名前:Max 年齢:人生の2合目くらい 誕生日:夏の暑い日 一言:他言無用ということでお願いします
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