橘玲「マネーロンダリング入門」幻冬舎新書
この本は、すごいタイムリー。北朝鮮の核実験や銀行資産の凍結の件、村上や堀江の件、グラミン銀行の件、すべてがこの本に書かれている。ローマ法王の交代も比較的最近の話だ
カシオ事件についてメモしたところは、なぜ会社の資産を巻き込んだ犯罪を会社が組織として予防できなかったのか、という点に焦点が置かれている。やはりチェック体制がなっていない。本人がいなければ会社が回らない、上司も部下のやっていることを理解できないまま承認してきていた、という実態が出てくる
どこをとっても刺激的で興味深い話がある。こんなに丁寧に本を読んだのは久しぶりだと思う
“手嶋龍一・佐藤優「インテリジェンス 武器なき戦争」幻冬舎新書”と同様、幻冬舎新書の初期に投入した作品なので、それなりのしっかりした内容の本をぶつけているのだろう。今後もこのような読み応えのある新書が出てくることが期待される。これで720円+税はお買い得だ。
p21.佐世が資金部次長に昇進してから98年に事件が発覚するまで資金部長は空席のままで、佐世は40代半ばにして部長と同等の権限を有していた。担当役員の鈴木には金融のことはなにもわからず、日常の業務は一任されているも同然だった
p22.セオドール・Tは、米国版『エスクァイア』誌に”7億ドルの債券を動かす男”として紹介されたこともあるという
p38.樫尾和雄社長はじめカシオ幹部は、わずか半年で得た20%という高利回りに驚き、偽造した残高証明とでっちあげの報告書に基づいたこの稟議をあっさりと通してしまう
p39.驚くべきことに、カシオの経理部はもとより、監査を担当した朝日監査法人(現あずさ監査法人)まで、この子供だましの手口をやすやすと信じ込んでしまう
p40.それに呼応するかのように、同年6月と7月の2回、ニューヨーク市内のホテルで佐世は、アメリカ人弁護士を相手に宣誓供述を行ない、そのなかで総会屋対策や株価操作、創業者一族の醜聞、暴力団との関係、政治家への賄賂など、自分が見聞きしたカシオの暗部を赤裸々に語っている。この得意なビデオは暴力団関係者を通じてメディアに持ち込まれ、一部の雑誌に掲載された
p42.刑事裁判に証人として出廷した樫尾和雄社長は、「佐世のことを信用していたのに裏切られた」とほぞを噛んだ。別の役員は、「私らは素人だから、”金融のプロ”の佐世にすべて任せていた」と述べた
p50.香港上海銀行(HSBC)のプライベートバンクは中環本店の13階にあるが、応接は社員用の打ち合わせスペースと共用で窓すらない。口座開設のための最低預金額は300万米ドル(約3億6000万円)だが、100万香港ドル(約1500万円)でメンバーになれる上級口座プレミアの専用フロアのほうがずっと豪華だ
p55.日本の大手銀行の”プライベートバンク・サービス”は、日本市場の株式や債券すら満足に扱えず、顧客に提供できるのは預金商品とファンドだけで、応接室の豪華さを競うまったく別のビジネスである
p59.スイスにおいては、脱税は2種類ある。無申告や申告漏れなどの消極的脱税と、書類の偽造などをともなう積極的脱税で、刑事上の犯罪に問われるのは後者のみだ。消極的脱税は駐車違反と同じで、行政罰しか科されない。スイスは日本を含む69ヶ国と租税条約を締結し、「脱税行為に対しては司法共助や銀行守秘義務解除などで積極的に協力している」とされるが、この場合の「脱税」は日本では重加算税の対象となるような積極的脱税のことである。脱税行為が積極的か消極的かは主観的な判断に大きく依存するので、他国の税務当局がスイスの金融機関に情報提供を求めるのは事実上不可能なのだ
p60.銀行守秘義務を維持するために、スイスは2005年7月からEU居住者の銀行口座に対する源泉課税の代理徴収を余儀なくされた。スイスにとっては苦渋の選択で、実際に香港・シンガポール、ドバイ、カリブ諸島などEU圏外のオフショアに資金が流出しているとされる
p99.現実には、「富裕層だけの特別な金融商品」などというものは存在しない。金融市場における最大のプレーヤーは年金基金や生命保険会社などの機関投資家で、数兆円規模の資金を運用することも珍しくない。もしも運用資金の多寡によって利益が割り振られるのなら、彼らこそ真っ先に特等席を確保し、年金の運用難などは起こらないはずだ。事実、ほとんどのプライベートバンクでは、一任勘定のパフォーマンスが市場平均を下回っている。彼らが自社の運用成績を公開しないのは、「特別な運用」を行なっているからではなく、たんに格好がつかないからだ
p102.酒販組合事件では、クレディ・スイスの日本人担当者は逮捕された元事務局長を接待で籠絡したと報じられた。だが実際は、取引が終わった後に半蔵門のホテルの和食料理店で天ぷら定食を食べただけだという。ライブドア事件では、堀江ら幹部を銀座のクラブで連日のように接待したと言われたが、堀江も宮内も夜の接待は好まず、会員制の六本木ヒルズクラブにランチを食べにいっただけであった。それも、食事代は宮内が払っている。プライベートバンクの接待交際費は、一般に思われているほど潤沢ではない
p102.金融機関は他の業種と比べて個人の成績が重視され、それが報酬に直結するため、ときに集団での意思決定が機能せず、個人や一部門の暴走を止められないことがある。プライベートバンクでは秘密保持のため同僚との顧客情報の交換が禁じられており、こうした傾向がより顕著に出ることは否めない。プライベートバンクは、「クレディ・スイス」や「UBS」の看板を掲げた自営業者の集まりに近い。五菱会事件の最中、クレディ・スイス香港の香港人プライベートバンカーと食事をしたことがあるが、彼は事件について「自分にはなんの関係もないこと」とまったく興味を示さなかった。会社に対する忠誠心とは無縁の世界である
p117.コルレス口座は、それがたとえ日本の銀行内にあったとしても、口座名義人である銀行の所在地国の法律が適用される”治外法権”となる。あなたの「送金」した1億円は、プライベートバンクのコルレス口座に入金された瞬間から、日本国の法の下からスイスの法制度の下へとその管轄権が移転するのである。MUFGのコルレス口座に対しては、金融庁・日銀・税務当局など金融機関を監督・調査する日本国の公権力は及ばない
p128.次に、ラスベガスで待機している協力者が預金を全額ほんもののドル札で引き出し、隣の銀行の別名義の口座に入金する。ラスベガスでは100万ドル程度の現金の入出金は珍しくないから、誰も気にとめないだろう。こんな単純な手口ですら、偽札はなんの痕跡も残さず真札に姿を変えてしまうのである
p132.精巧な工芸品にも擬せられるスーパーダラーは、世界経済への脅威というよりも、奇矯な独裁者を戴いた北朝鮮人民の不幸の象徴なのである
p137.SWIFTのデータは「テロ資金の解明」というきわめて限定的な目的のみに使用され、その他の用途にはいっさい転用できないと決められた。調査の過程で、国際的な麻薬組織のマネーロンダリングや巨額の脱税の動かぬ証拠が発見されても、すべて無視されるのである。この規則を徹底するために外部の監査人が作業を検証し、不適切なデータの取り扱いをした捜査員が任を解かれたこともあるという
p140.アメリカはドルを支配しているが、コルレス制度を使って管理できるのは自国の通貨だけである。「テロとのたたかい」によって犯罪者やテロリストの資金をドルから切り離せば、莫大な額のマネーがユーロなど他の通貨に流れ、やがては新たな世界通貨が誕生するだろう
p155.パキスタンとバングラデシュで2人の銀行家が抱いた貧困救済の夢は、その後、大きく異なる軌跡を描くことになる
p158.アベディは、自分が神から使命を与えられたと信じていた。行員に配布される文書には、次のように書かれていた。「第三世界に善を広めるため、神は銀行という制度をお創りになった。そして、ご自身の意思を遂げるために、神はBCCIをお選びになった。当行の存在意義は、株主のために利潤を追求することではない。ひとえに神に仕え、人間愛を広めることにある。利益はあくまでも副次的なもの、当行が神から与えられた使命を遂行しているという、神からの啓示にすぎない」
p162.秘密口座を担当できるのはBCCI内でもパキスタン人の行員だけです。大事な会話はウルドゥー語を使いますから、現地の行員が理解することはできません。そのうえ私どもは記録を残すことを禁じられており、指示は電話で伝え、最低限のメモもウルドゥー語で記載し、厳重に金庫に収めることになっております
p185.だがそのあと、税関職員の言葉を聞いて腰を抜かさんばかりに驚くことになる。「電子機器の輸入には規制があるんだ。現金なら、最初からそう書いておいてくれないと困るじゃないか」男はそのときはじめて知ったのだが、スイスには現金や有価証券の持ち込み制限はいっさいないのだ。それからは積荷に堂々と「CASH」と記載し、質問ひとつされたことはなかったという
p197.こうした手法が人気を集めた結果、いまでは日本企業の大株主にわけのわからないカタカナ名のペーパーカンパニーが名前を連ねるようになった。これを経済紙誌は「外国人投資家」と呼ぶが、その多くは日本人である
p204.電子マネーの優れたところは、現金と同じく匿名性が確保されていることだ。「日本でチャージして海外で使う」日も遠くないかもしれない
p206.イーゴールドのもうひとつの特徴は、ネットワーク内では完全な匿名性が成立していることだ
200612200708
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