林成之「勝負脳の鍛え方」講談社現代新書

公開日: : 最終更新日:2011/09/20 書評(書籍)



筆者をテレビの特集で見たことがあると思う。脳外科の救急病院で、従来では助からないような脳障害の救急患者を低温状態に維持すると、どんどん回復して、やがて後遺症もなんだかほとんどないくらいに回復するという不思議な話だった。そういう実際の患者や家族へのインタビューとともに報道されていたので、信じた


別に、それが前提にあってこの本をとったのではない。たまたまどこか、多分ビジネス誌で紹介されていたんじゃないかと思う


端的にいって、興味深い記述がたくさんあった。新しい発見が多かった。頭が良いとはどういうことか、スポーツができるとはどういうことか。勝負事に勝つにはどうすればよいか。ひいては人生において成功するために脳はどう使うべきか


純粋に医学の定説みたいなことと、著者による最新の医学の発見のことと、その一方で著者の自由な発想に基づく部分と、それらが混ざっているので、この辺は注意して読むべきかもしれない。自由な発想部分を否定するわけではないが、特に気になったのは、マイナスイオンの効果の件と、肉食動物・草食動物の部分だ


新書で値段も安いし、知的生活を送ろうとするすべての人に勧められる




p30.プロのバッターが豪速球を打ち返すとき、じつはボールを見ている脳と同時に、ボールを見ていない脳も使っているのです。ボールが投げられてからバッティング動作に入ったのではどうしても対応時間が少なくなって振り遅れになります。そのためバッターは、ピッチャーが投球動作をしている段階から、ボールが手元にくるまでの軌道をイメージ記憶をもとに予測して、バットを振るのです


p33.これをピッチャーの立場からいえば、バッターのイメージ記憶をなんとか狂わせようと、ボールを離すタイミングを変えてみたり、ボールが見えにくいような投球フォームを考えたり、と工夫することになります


p34.ぜひ銘記していただきたいのは、人間の記憶はすべて、短期記憶中枢である海馬回でおこなわれるということです。記憶とは、そもそも短時間で消える仕組みになっているのです


p35.あるとき、バスケットボールの神様といわれたマイケル・ジョーダン選手がインタビューに答えて、「僕はシュートする前にドリブルをしているときから、次に投げるボールがゴールインするかどうかがわかる」とコメントしていました


p36.キャッチボールでは「胸元へ投げよう」という意識を持って投げるとそのとおりに投げられるのも、じつはうまく投げられたときのイメージを脳が記憶していて、そのときの動作を体に再現させているからです。私は考えました。ジョーダン選手の場合は、このイメージ記憶をかなり前の段階からつくっているのではないか


p47.たとえば、目の前にお茶を入れた湯呑みがあって、その先50センチのところにある辞書をとろうとする場合、多くの人はそのまま手を辞書に伸ばすでしょう。もちろん、それで何の問題もありません。しかし、プロの脳外科医はそうはしません。手を伸ばした際に袖が湯呑みに触れて倒れてしまう可能性を考えて、湯呑みを先に横にどかせてから辞書に手を伸ばすのです。このように、もしかしたらという危険を伴う行動は避けることが習慣になるように心がけているのです


p57.そう、イメージ記憶は補色の関係になっているのです。つまり、見たものを反対の色で打ち消す仕組みでイメージ記憶は作られているのです


p62.できるだけイメージ記憶を正確に思い出す方法は、次の7つです。1.人の話はできるだけ興味を持って、感動して聞くようにする。2.覚える内容にも興味を持ち、好きになるようにする。3.長時間の学習はできるだけ避け、時間を限定して集中して覚える。4.覚える内容を、自分の得意なものと関連づける。5.声に出して覚える。6.覚える内容について、自分で独自に考え、勉強する。7.覚えたものは、その日のうちに一度、目を閉じて声に出してみる


p73.みなさんにも経験があると思います。先述のように日々叱られながら訓練を続けていると、人間は人の話を聞かないようになり、その結果、話を集中して聞く能力が衰え、頭も悪くなって覚える力や思い出す力が弱くなり、自分で創意工夫して解決していく力も養われなくなるのです


p77.サイコサイバネティックス理論は1960年代にマックスウェル・マルツというアメリカの形成外科医が提唱したもので、マルツはその後、心理学者として名声を博しました。彼がこの理論を思いついたきっかけは、自分のクリニックで顔を整形した女性のなかには、どれだけ美しくなっても満足しない人もいれば、たいして変わっていないのに別人のようにその後の人生を積極的に過ごす人もいることに気づいたからだといいます。彼はそこから、人間が成功するか否かは現象の受け取り方次第であり、成功するイメージさえ持っていれば必ずそこにたどり着くことができる、という理論を考え出したのです。具体的なアドバイスとしては、できるだけ陽気にふるまう、他人に好意的にふるまう、そうありたいと思っている自分になったつもりで行動する、悲観的なことは考えない…といった習慣づけをすることが推奨されています


p83.ここに紹介した①目的と目標を明確にする、②目標達成の具体的な方法を明らかにして実行する、③目的を達成するまで、その実行を中止しないという3つを守ることができれば、人間は必ず目的を達成する習慣を持っているのです


p95.マラソンで追う側のイメージ記憶を逆用するおそろしい作戦があります。追われる側が速度を落として、わざと追い越させるのです、自分のほうが速いと確信している追う側は、それ見たことかと喜んで追い越します。ところがその瞬間、追い越されたほうが温存した力を爆発させ、思いきりスピードを上げて抜き返すのです。これをやられると抜き返されたほうは、一気に戦闘意欲を失うことがあります。自分より弱いと思っていた相手がこんなに強かった、自分は間違っていた、もうだめだ、と思った瞬間、心と連動するモジュレータ神経群がダメージを受け、脳が著しく疲労すると同時に運動機能が極端に低下するからです


p99.脳はさまざまな言葉で疲労のサインを送ってきます。どうも気分が乗らない、何をするのも億劫だ、考えてプレーするのが面倒だ、この競り合いは勝てる気がしない、早く戦いを終わらせたい、などの否定的な言葉が頭に浮かぶのは、すべて脳の疲労状況です


p102.そう、競技中でも、好きな友だちを思い浮かべながら、架空の楽しい会話をすることで脳の疲労をとることができるのです


p104.脳の疲労を誘導するTGFを早く体から排泄するために、入力してリラックスすることや、脳内移行が可能で活性酸素の除去効果を持つテアニン(緑茶)の摂取、疲労回復効果があるビタミンB群を含んだ食べ物を摂ることも、脳の疲労回復に有効です


p110.モジュレータ神経群の昨日を高いレベルに保つためには、脳の疲労を残さないことも大切です。それには前頭眼窩野とブローカ言語中枢を刺激するため、楽しい会話をする、そのときできれば好きな香りを嗅ぎながら話をすることでした。ここではもう一つ、この神経群を使って緊張をコントロールする方法として、笑顔をつくることをおすすめします。人間は笑顔のまま緊張することは非常に難しいものです。このことを利用するのです。朝、歯を磨くときに鏡に向かって、すばらしい笑顔をつくれるように顔の運動とマッサージをして練習するとよいと思います。奇想天外に思われるかもしれませんが、きちんと脳科学にもとづいた方法なのです


p113.人間は同種既存の遺伝子を持っています。学校に入学するとその学校が好きになる、会社に入るとその会社が好きになる、日本で生まれると日本が好きになる、自分が日本人でもかりにアメリカで生まれたとするとアメリカが自然に好きになる。これらは、同種既存の遺伝子が組み込まれているからです。これも、人間の本能として機能しているものです。私たちはこの本能のおかげで、誰でも、自分が生まれた国のチームを自然に好きになります。もし、自国のチームが好きになれない人がいたら、本能を作り上げる脳のどこかがおかしいか、その遺伝子に障害があるのかもしれません


p116.「勝ち負けを決めるのは教育上よろしくない」などといって子供たちに手をつながせてゴールさせている運動会は、脳は悔しさをバネに育つという脳科学を無視した指導といえるのです


p127.個人競技と団体競技で、得意とする国、不得意とする国がある。日本は団体競技を得意とし、個人競技はあまり得意でない。私には、この差は食べ物の違いからきているようにおもえてならないのです。そのことは、動物の行動パターンをみると一目瞭然です。草や穀物を主食とする草食動物は、集団で行動して敵と対抗する方法で身を守っています。これに対して肉食系の動物は、一般に単独行動をとる傾向が強いものです。人間も草食系の民族には集団で農耕に従事していたときからの、肉食系の民族には一人一人が獲物を求めて駆け回っていたときからの遺伝子が組み込まれていて、その影響から逃れることはできないのではないでしょうか


p128.受精卵として命を授かった人間が、母親の胎内で少しずつ神経や臓器をそなえて人間らしくなっていく過程をみていくと、脳や脊髄はなぜか、腸と密接な関係にあることがわかります。脳と脊髄が腸を守るように発達していくことが、不思議な現象として医学会で認識されているのです


p130.草食系の民族である日本人もまた、草食動物と同じように、危機的状況を迎えると体が硬くなって緊張する習性を受け継いでいるのです。しかも、いざ肉食動物と草食動物が戦えば草食動物はつねに敗れ、食べられる側にいます。草食系の民族にも、戦いとは負けるものだと考える遺伝子が植え付けられているのです。だから日本人にとって勝負とは、負けるという結果が予想される危険な行動です


p133.どの国よりもサッカーを楽しむことを大切にしているブラジル代表チームにして、絶対に優勝というプレッシャーがかかるとこうなってしまうのです


p143.実際に、自分で体験してみてください。背中の両肩甲骨間の筋肉を意識して、ここを前や横へ動かす感覚で体を動かしてみると、いかに安定した動きになるかがわかります。ここを意識して、体を前に運ぶ感覚で歩いてみると、足の力をそれほど使わなくてもバランスのポイントを前へ移すだけで速く歩くことができます




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