福岡伸一「生物と無生物のあいだ」講談社現代新書

公開日: : 最終更新日:2011/09/19 書評(書籍)



いわずと知れた最近のベストセラー。この人はすごく文章がうまいと思った。楽しい読み物


しかし、最後の1/6くらいはつまらなくて読み飛ばしてしまった




p21.野口の研究は単なる錯誤だったのか、あるいは故意に研究データを捏造したものなのか、はたまた自己欺瞞によって何が本当なのか見極められなくなった果てのものなのか、それは今となっては確かめるすべがない。けれども彼が、どこの馬の骨とも知れぬ自分を拾ってくれた畏敬すべき師フレクスナーの恩義と期待に対し、過剰に反応するとともに、自分を冷遇した日本のアカデミズムを見返してやりたいという過大な気負いに常にさいなまれていたことだけは間違いないはずだ。その意味で彼は典型的な日本人であり続けたといえるのである


p26.結局、私たちが自然に対して何かを記述できるとすれば、それはある状態と別の状態との間に違いがある、ということでしかない


p36.ウイルスは、栄養を摂取することがない。つまり一切の代謝を行っていない。ウイルスを混じり物がない純粋な状態にまで精製し、特殊な条件で濃縮すると、「結晶化」することができる。ウイルスは、鉱物に似たまぎれもない物質なのである


p37.ウイルスは生物と無生物のあいだをたゆたう何者かである。もし生命を「自己複製するもの」と定義するなら、ウイルスはまぎれもなく生命体である。ウイルスが細胞に取りついてそのシステムを乗っ取り、自らを増やす様相は、さながら寄生虫とまったくかわるところがない。しかしウイルス粒子単体を眺めれば、それは無機的で、硬質の機械的オブジェにすぎず、そこには生命の律動はない


p46.核酸は高分子ではあるけれど、たった4つの要素だけからなっているある意味で単純な物質だった。だからそこに複雑な情報が含まれているなどとは誰も考えていなかった。今日の私たちは、たとえ0と1という2つの数字だけからでも、複雑な情報が記述でき、むしろそのほうがコンピュータを高速で動かすには好都合だということを知っている。しかし、当時、情報のコード化についてそのように考えられる研究者は、少なくとも生物学者にはいなかった


p55.おそらく終始、エイブリーを支えていたものは、自分の手で振られている試験官の内部で揺れているDNA溶液の手ごたえだったのではないだろうか。DNA試料をここまで純化して、これをR型菌に与えると、確実にS型菌が現れる。このリアリティそのものが彼を支えていたのではなかったか


p70.あとになって、ワトソンは、そんなことはちょっと考えれば誰にでもわかることさ、なぜなら自然界で重要なものはみんな対になっているから、と嘯いた。目前のところで、この大発見を逃し、ノーベル賞を逃すことにもなった誇り高いシャルガフの胸中はいかばかりのものだったろうか


p85.死んだ鳥症候群。私たち研究者のあいだで昔からいい伝えられているある種の致死的な病の総称である


p91.ロックフェラー大学の1階にはバーカウンターを備えたサロン風の部屋があって、毎週金曜日の夕方にはフリードリンクが供され、大学のメンバーが三々五々集って語らえるようになっていた


p95.キャリー・S・マリス最高の「伝説」は、ドライブデートの最中にPCRをひらめいた、ということにつきる。科学界髄一の一発屋であるマリスが、ノーベル賞を受賞するに至ったアイデアをひらめき一つで得た瞬間である


p128.Chance favors the prepared minds. チャンスは、準備された心に降り立つ。パスツールが語ったとされるこの言葉のとおりのことが起きた


p143.生命現象に参加する粒子が少なければ、平均的なふるまいから外れる粒子の寄与、つまり誤差率が高くなる。粒子の数が増えれば増えるほど平方根の法則によって誤差率は急激に低下させうる。生命現象に必要な秩序の精度を上げるためにこそ、「原子はそんなに小さい」、つまり「生物はこんなに大きい」必要があるのだ


p146.このような現象を目の当たりにすると、生物が示す形態形成の根拠には、分子の拡散がもたらす濃度勾配やその空間的な広がりなど、ある一定の物理学的な枠組みがあることが見て取れる。それは決してランダムな試行と環境によるセレクションによるものでなく、そのような淘汰作用よりも下位の次元であらかじめ決定されていることなのである。ランダムなのはむしろそのときの原子や分子のふるまいであり、その中からいかに秩序が抽出しうるかが問題となる。そのための大前提として、いみじくもシュレーディンガーが看破したように、原子に対して生物は圧倒的に大きな存在である必要があるのだ


p162.よく私たちはしばしば知人と久闊を叙するとき、「お変わりありませんね」などと挨拶を交わすが、半年、あるいは1年ほど会わずにいれば、分子のレベルでは我々はすっかり入れ替わっていて、お変わりありまくりなのである。かつてあなたの一部であった原子や分子はもうすでにあなたの内部には存在しない。肉体というものについて、私たちは自らの感覚として、外界と隔てられた個物としての実体があるように感じている。しかし、分子のレベルではその実感はまったく担保されていない。私たち生命体は、たまたまそこに密度が高まっている分子のゆるい「淀み」でしかない。しかも、それは高速で入れ替わっている。この流れ自体が「生きている」ということであり、常に分子を外部から与えないと、出ていく分子との収支が合わなくなる


p181.秩序を保つために秩序を破壊しつづけなければならないこと、つまりシステムの内部に不可避的に蓄積するエントロピーに抗するには、先回りしてそれを壊し排出するしかない




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