今北純一「とどめのひと言」PHP

公開日: : 書評(書籍)

久々に興奮して読み終えた本。こういうのはじっくりと読んでしまうのでなかなか早く読めないと同時に、本を読むことを止められない。おそらく架空なんだろうと思うが、具体的な攻撃者の名前があることが臨場感を高めている
攻撃の言葉と、それに対する考え方、そして実際の反撃の言葉が書かれている。それだけだと辞書のような退屈さが発生してしまう。あまりエッセンスだけとしても、記憶に残らない。この本の良さは、それが筆者の体験を基礎とし、それを解説して応用へつなげるというところだろう
1割くらいの事例または主張はずれている、または首尾一貫していないような気もするが、それこそ社会での対応の難しさを表しているのだと考えた

p27.私は20代後半からヨーロッパを中心に仕事をするようになったが、その時、公の場で自分の意思をきちんと発言できるようになりたいと思い、背水の陣をしいたことがある。国際会議やシンポジウムの席で必ず質問をするということを自分に課したのだ
p32.私が聞き流せなかったのは、理系の人間は頭が固いという決めつけよりも、「技術屋と事務屋」という分け方だった。人事を預かる人間が、このように人を分類しているのかと、私はショックを受けた。日本では常識的に使われるこの「技術屋対事務屋」という分け方は、企業のなかで総務、人事、あるいは経理といった仕事を預かる人たちと、研究、エンジニアリングあるいは技術開発といった仕事を担う人たちとの間に無用な意識の溝をつくり、両者の対話とコラボレーションを妨げる元凶だ、と私はそれまで思っていた。導き出したのは、「技術屋と事務屋」のようにものごとを単純に二分して論じるやり方は、一見わかりやすそうでも、たいていはウソやごまかしにすぎない、ということだった
p41.相手の言動のなかには、矛盾、勇み足、思い上がり、勘違いなどの弱点が必ずあるはず。それを瞬時に見抜き、ピンポイントで反撃せよ
p42.ぱっと手を挙げると、係の女性が飛んできてマイクを私の前に差し出した。その瞬間、それまで考えていた質問がすべて吹っ飛んでしまい、結局、何も言えずに着席した。「周りの人たちはさぞや私を冷笑するだろう」と思ったが、周囲にはざわめきすら起こらず、マイク係の女性もさっさと別の質問者のほうに飛んでいった。彼らは他人の失敗に何の興味もないし、それを嘲笑っているような暇もないのだ。公衆の面前で恥をかきたくないという感覚は、日本のような同質社会の中だけのもので、「対世間」という亡霊に怯えているだけにすぎない――。そのことに気づいた私は、それから人前で失敗することを恐れなくなり、少しずつ公の場で発言できるようになっていった
p62.質問者「この提案のレポートは、何ページぐらいになるのですか?」あなた「質問をお間違えになったのではありませんか? レポートの厚さは何センチですか、重さは何キロですか、というのなら理解できますが……」
p66.この出来事が“時効”になった頃、同僚の何人かに「きみだったらどうする?」と尋ねてみると、それぞれ即座に、相手の皮肉を逆手にとるような回答例を披露してくれた。やはり彼らは知らぬ間にトレーニングをしっかり積んでいるのだ。全員が一致して推奨したこの場合の模範解答は、とにかく不躾な質問と無関係なことを笑顔で喋ればいい、ただし日本語で――ということだった。皮肉に対して言われっ放しではいけないけれど、馬鹿正直に反応してもいけない、ということだ。どんな状況でも気持ちの余裕を失わず、ユーモアのセンスを持ち合わせること。それが皮肉の応酬で優位に立つ秘訣なのだと、彼らは私に教えてくれたのである
p76.グローバル化が進んでいる今日では、「相手にとどめを刺してはいけない」という日本特有の不文律の中に閉じこもっているだけでは、解決できない問題が山ほど生じてくる。臆せずに知的ボクシングに臨み、個人の力量と器量で問題を解決していくことが、これからはますます求められる
p100.紹介者のジョンの立場を考えると席を蹴って帰るわけにはいかない――。その時、「あ、それは相手にしても同じではないか」ということに気づいた。谷下専務が私との面会を了承したのは、ビジネス上の関係があるジョンの仲介があったからである。私をこのまま帰してしまえば、谷下専務もジョンの面子を潰すことになるのだ。「このウイークポイントを攻めるべきだ!」と直感し、私は言った。「私はジョンの提案でお目にかかりに来ただけで、何かを売り込みに来たのではありません。ミーティングの目的について、どうも行き違いがあるような気がします。ここで打ち切りましょう」すると、谷下専務はそれまでの態度を急変させ、「いやいや、そういうことではなくてですね……」と、しどろもどろになっている。30分はあったという間に過ぎた。相手のほうからこの会見の条件として出してきたタイムリミットである。私は、そこでぴたりと話をやめ、谷下専務に向かって言った。「いただいていた時間になりましたので、これで失礼します」「ええっ、そんな……。もうちょっと話を聞きたいんだけどな」という顔をしている谷下専務を残し、私は応接室を出た。高飛車な人、横柄な人、格好をつける人、計算高い人に共通するのは、皆エゴイストだということを、図らずも目撃した瞬間であった
p106.”Nobody is perfect.”という言い回しはすでに私は何度か使ったことがあり、こういう切迫した局面でかなりの効果があることもわかっていた。この言い回しに限らず、緩衝材になったり、燃えさかる怒りの炎を少し弱めたりできる、そういう「使えるフレーズ」をたくさん持っておけば、状況に応じてその中の一つを選び、いざという時に繰り出すことができるのだ
p107.そこで私は、サンドリンからすれば「上司の開き直り」とも受け取れるとどめの一言を発したのである。私の思惑は当たり、サンドリンの怒りのボルテージはスーッと下がっていった。自分が噛み付いている目の前の上司が、自分との対話の回路をオンからオフに切り替えたことを察し、「あ、いけいない!」と思ったのだろう。秘書は、無意識のうちに自分のクビをかけて仕事に臨んでいるから、どこまでやり合い、どこで引くべきかの限界が動物的直感でわかる。だから、「限界に触れた」と察知したサンドリンは、一瞬にして冷静な我に返ったのである
p136.作曲家の故團伊玖磨さんは、名字に新字体の「団」が使われることを非常に嫌い、宛名に「団」と書かれた郵便物はいっさい受け取らなかったという
p142.いろいろと話をするうちに、彼の人物像が見えてきた。彼は、ある種の荒っぽさを売り物にしている人間だった。講演の初っ端でスピーカーに対して挑発的な態度を見せ、「自分はただの進行役ではない。侮ってもらっては困るよ」と牽制する。端から見れば単なる礼儀知らずだが、本人はそんな自分のスタイルに自信過剰気味で、“無頼派”を決め込んでいるのだと感じた
p173.総務の川島という人が「あの手紙は広報部の田中に回しました」と言ったとする。そうであれば、この川島氏に対して「手紙を回していただいてありがとうございます」と丁重に礼を言ってから、「では、ご回答は川島様からいただけるのでしょう、それとも広報部の田中様からいただけるのでしょうか」と、個人名を出して追い込んでいく。それをせずにボヤッとしていたら、永久に誰も答えないからである
p179.さあ、次が勝負だ!「とても残念ですが、この車にはエアバッグがないので無理です」このひと言で決まった。彼女は何も言わなかった。「自分が絶対に譲れないことは何かといえば。それはセキュリティである。ならば、その最たるものを探せばいい。安全面で決定的に足りないものを指摘すれば、相手も反論できないはずだ」というロジックである
p185.「……と、外国では言いますけどね。でも私は日本人ですから、そんなこと言いませんけど」もちろん、先の言葉は私自身が考えて口にしたものだが、「外国では……」と借り物のかたちにすれば、パンチの重みはかなり軽減できる。これは、一つのテクニックなのである
p201.「沈黙は恐ろしい」と思う人間の心理を逆手にとった作戦である。だから、日頃から意見をはっきりと言う人ほど効果がある。外国では発言のチャンスを周囲から潰されても、誰も気遣ってくれないから、「いつもは発言する彼が、なぜ黙っているのか?」と周りに気を遣わせるような仕掛けを、自分でつくらなければいけないのだ。ただし、こうした沈黙の効用が期待できるのは、互いに気心の知れている相手だけであり、人数的には少数、せいぜい多くて10人くらいまでの会議である。そのような世界であれば、「この人が黙ったときは気をつけないといけない」と周囲に思わせることができる
p217.「何となく虫が好かない」という微妙な気持ちに、仕事上のねたみ、やっかみ、コンプレックスなどが複雑に組み合わさった「男のジェラシー」は、平素は表に出ないだけに女性のジェラシーより陰湿で、それをぶつけてくる相手をきちんとハンドリングする手立てはまずないと思ったほうがいい
p221.CEOは間髪を入れずに、こう答えたのである。「そうですか。しかし今の時点では実現していませんよね」この言葉を聞いて、私は心底、「ああ、こういうふうに言えばいいのか!」と感心した。感心というより感動に近かったかもしれない。それほどまでに、CEOの言葉は見事に相手のアキレス腱を突いていたのである
p228.「ムッシュ・シラク、あなたは本気で立候補されたのですか?」「出馬表明はしても途中で降りるのでは?」という意味である。以前のシラクなら、このトゲのある質問に、むきになって答えたかもしれないが、この時の彼は違った。にっこりと笑い、短くひと言、「あなたはどう思われますか?」と答えたのである。1988年のテレビ討論の時とは違って、シラクにはどこか吹っ切れた落ち着いた余裕があった。そういう余裕は国民にも伝わる

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