ダイヤモンド社編訳「世界で最も偉大な経営者」ダイヤモンド社

公開日: : 最終更新日:2012/02/03 書評(書籍)



これを読むと、偉大な経営者は時代の波にうまく乗った者ということができるのではないかと思う。そうでない経営者というのに興味が向く。ここで紹介されているなかでは誰が当てはまるのだろうか


英語を単純に和訳したような記述の物足りなさが目立つ。ロバートをボブと書き換えて平然とする態度。アメリカやイギリスの慣習の予備知識があって初めて理解しうる記述などがある


複数の編集者の手によるものであるから、各人物の扱われ方に斑もある。一生懸命に読む本ではない


それぞれの人物評の末尾によりよく知るための参考文献の紹介がある。各経営者のことを知るための入り口としては適切な量であると思う




p15.ケレハーが無駄をそぎ落としたサービスを続けられるのは、顧客にたいするすばらしい心配りがその基礎にあり、しかも従業員に対するそれ以上の配慮が支えとなっているからだ。このサービスのカギはケレハーが育て上げた企業文化だ。かれの考えでは、サウスウエストで働くことは、何よりも楽しいことでなくてはならない


p25.1943年に自分の会社を興したとき、カンプラードはわずか17歳だった。それをイケアと名づけた。IKは自分のイニシャルから取り、EとAは、自分が育った農場のあるエルムタード、そして生まれ故郷の村アグナリッドから取った


p27.もう一つの特徴は飲食の提供だ。店舗での飲食の提供はコーヒーとロールパンから始まって、今では豊富なメニューを誇るレストランにまで発展しているが、来店客に何かおいしいものを提供するという考え方は、今も昔も変わっていない。「お腹がすいたままでは、いい買い物はできませんからね」と彼は言う


p27.製品供給を受けるのが困難になって、カンプラードは自社で家具の設計と製造を手がけることにした。業界の展示会から閉め出されたことに対抗して、自前の展示センターを確保した。競争相手がどんな手を打ってきても、カンプラードは常にそれらを打ち負かした


p28.カンプラードは、その昔マッチ売りから身を起こそうとした人物と、根本のところでは変わるところがないようだ。「私の仕事は大衆に奉仕することだ」と言っている。「問題は、その大衆が何を求めているのかをどのようにして見極めるのか、それにどう応えるのが最良なのか、ということだ。私の答えは、常に普通の人たちのそばにいろ、ということだ。というのも、もともと私自身がその普通の人だからだ


p38.大学在学中から、孫は金をつくる一番よい方法は、何かを発明することだと考えた。そのために、毎日必ず何か新しいアイデアを思いつくようにしようと心に決めた。そうして出てきたアイデアのなかに、電子手帳の原型があった。シャープが100万ドルでその電子手帳関連の特許を買い取った。これがのちに「ウィザード」(日本名ザウルス)になる。孫はその現金を足がかりにして次の手を打つ


p49.1955年2月、ポール・ジョブズとクララ・ジョブズは孤児を引き取った。名前はスティーブン・ジョブズ。育ったところはカリフォルニア州ロスアルトスだ


p52.このiMacこそ、ジョブズの信念のすべてを体現した製品だった。思わず見とれてしまうようなデザイン、そして簡単な操作。それだけでなく、コンピュータそのものに対するジョブズの斬新なビジョンを表現した製品でもあり、なんとディスクドライブがついていなかった


p68.新しい名前は「世界中どこでも認知してもらえるような新しい名前、どんな国の言葉でも発音が同じになる名称」だ、と盛田は語っている。その答えはソニーに落ち着いた。これはラテン語の音を意味するsonusと、アメリカ口語の快活な坊やを意味するsonnyとの造語だ


p68.周りの人たちには、録音機能のないカセットプレイヤーなど、どんなに小さくつくっても、そのマーケットがあるとは思えなかった。盛田は頑として自説を曲げず、1980年にウォークマンを誕生させる。案の定、盛田のこの直感を裏付けてくれるようなマーケット調査は一つとして存在しなかった。盛田は言った。「大衆には、どんなことができるのか、それがわからない。われわれにはわかる」


p75.「インターネットはわれわれにとって、夢の実現そのものだ」とデルは言う。「変動費がゼロの取引ができる。これよりもすぐれた方法があるとすれば、それはテレパシーだけだろう」


p84.1930年代にスタンフォード大学でパッカードがヒューレットに出会ったとき、パロアルトで一番有名だったのはプルーンだった。パッカードが他界するまでの間に、そのパロアルトは世界で最も有名なハイテク地帯の中心的存在となり、パッカードが生み出した企業はシリコンバレーにおける中核的企業の1社となった


p92.この時期、ブランソンはさまざまな行動で注目を集めた。たとえば、熱気球による無着陸世界一周に挑戦したり、航空会社設立の記者会見場に革製の飛行ヘルメットをつけて現れたり、アメリカでのヴァージンコーラの導入に合わせて、ニューヨーク市の街路に戦車を走らせ、コーラの缶でできた壁をぶち壊したり、スチュワーデスの格好やウェディングドレスにハイヒールという花嫁の盛装をしたり、裸になって山腹をスキーで滑り降りたり(撮影はしなかった)した。そのPRの才能を発揮して、ほとんど費用を出すことなく、何百万ドルもの価値のある宣伝効果を上げている


p135.第2次世界大戦の足音が近付いた時、ウッドラフはこう約束している。「軍服を着ている兵士には例外なく、コカ・コーラのボトルを5セントで販売する。その人がどこにいても、そして会社にどれだけ負担がかかっても、5セントだ」。この戦争のおかげで、コカ・コーラは世界中に広まった


p235.エジソンは問題解決に没頭することで有名だった。自分が会社で研究し、睡眠を取り、食事をしただけでなく、部下にも、研究室のドアに鍵をかけ、答えが出るまで外に出るなと命じることがあった


p252.1931年の『フロントページ』の創作と、1934年のヒューズ・エアクラフト社設立との間の空白期に、ヒューズは姿をくらましている。ところが、それと同じ時期、アメリカン航空に身長190センチのひょろ長い従業員が現れ、チャールズ・ハワードと名乗って航空会社の業務について延々と質問をくり広げ、周りをいらいらさせていた。チャールズ・ハワードとは、ほかでもないハワード・ヒューズその人だということがのちに判明する。ヒューズはまた、その「行方不明」の期間に、流浪の旅をしたり、社交界の写真家になったりしていた


p254.他界する1975年までのヒューズならではの仕事ぶりを思い出させてくれるものが2つある。強迫神経症的なふるまいと、国税局から逃げ回ったという行動だ。ところが、常に居場所を変え――滞在するホテルを転々とし、さらに外国を転々としている――ますます奇怪な行動を取り、鎮痛薬に頼るような状態であるにもかかわらず、ヒューズはどういうわけか、電話の受話器を通して自分の企業群をコントロールしていた。そのうえホテルやカジノにも手を広げ、ラスベガスの歓楽街にあるデザートイン、サンズ、キャストアウェイ、ニューフロンティア、そしてシルバー・スリッパーを買収した。もちろん、膨大な資金を盛んに投じて何千エーカーもの土地や500件以上の採鉱権も手に入れている


p264.マクドナルド兄弟はまさにハンバーガーの組み立てラインを動かしていた。5軸式のミルクセーキ用のミキサー8台が同時に動き、40杯のミルクセーキをつくっている。食器洗浄の時間を短縮するために、兄弟はプラスチックの食器類と紙ナプキンを使っていた。マクドナルドの調理の効率が非常に高く、顧客は注文した品を60秒以内で受け取れる。そのうえ兄弟は、メニューの数を絞り込み、それに極めて低い価格をつけていた。クロックはマクドナルドスタイルのファーストフードが、次の世代のレストラン革命を起こすと確信した


p266.自分が世界の食事の仕方を変えた、と言える人物はほとんどいない。レイ・クロックはそう言える人物の1人だ


p270.ロックフェラー自身はすべて否定している。「ほんとうのところは、30歳代の半ばを過ぎてからはなまけ者だった……私は初めて仕事に就いたときから、自分の時間と頭をすべて仕事漬けにするようなことはしていない」


p296.「私は小さな働きバチだ。あちこち訪ね歩き、花粉を集めてすべての花を元気づけるのが仕事だ」しかし、部下たちはディズニーに元気づけられていたわけではない。スタジオで働くアーティストらのすぐれた仕事を認めようとしないその態度に、多くの社員が不愉快な思いを抱いていた。絶えず神経質で偏執狂的な面をのぞかせ、厳格な規則をスタジオ全体に押しつけていた。仲間同士でディズニーの悪口を言っているのが見つかると、従業員はその場で容赦なく解雇された




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