宮城谷昌光「新三河物語 中巻」新潮社

公開日: : 最終更新日:2012/02/10 書評(書籍), 宮城谷昌光



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のつづき


中巻における主な目線は、割合の順としては、大久保忠世、徳川家康、依田信蕃、平助といったところだろうか。上巻では大久保忠佐の目線で書かれた部分が多く、次いで、常源と徳川家康だった


忠世、平助、そして信蕃が好ましい人物として描かれている。大久保家のことをよく書くことはいいとして、信蕃がクールすぎる


徳川と武田との戦いが今回の主な舞台。三方原の戦い、長篠設楽原の戦い、本能寺の変後の甲州


戦国の英雄たちの嫡子の不幸も続く。信康が殺されるところも出てくるが、あまり感情的な部分はない。信忠も本能寺の変で殺される件もある。間接的にではあるが、勝頼が活躍する前提としての義信の死もあった


上巻は一向一揆などいまいちノリが悪かったが、今回は面白くなってきた。特に本能寺後の甲州、信州が、自分の知らないところであって新鮮に読めている




p22.この殊遇を、田原戸田氏の三郎右衛門忠次は、複雑なおもいで見守ったことであろう。大樹から大樹へ移って、激しい風雨をまんまとしのいできた二連木戸田氏に対して、大樹の陰から出て大雷雨に遭い、雷に打たれたような田原戸田氏との違いは大きい。が、忠次は二連木戸田氏を、以前のように嫉視しなかった。栄落はおのれのなかに原因があるが。田原戸田氏を攻め潰して栄貴を誇った今川義元でさえ桶狭間の雨に打たれて零砕してしまったではないか。そういう恐ろしさを知って生きることと、知らずに生きることとは、霄壌の差があり、家康は知っている主君であると忠次はみた。忠次が淪陥の暮らしのなかで思考し体験したことは、狡猾に家を保持することよりも、得たものは大きかったといえる。いまになって忠次は、――よくぞ苦難を与えてくださいました。と、父祖に感謝することができる。苦難を経ないものは大きくなれない、というより、傑出する者に天は必ず苦難を与える、といったほうがよい。忠次はそういう考え方ができるようになった


p193.――自身の城にさせなければ、とても難敵とは戦えない。家康は家臣に気前よく城地をふるまう型の武将ではないが、北遠は忠世に与えよう、という心づもりをもった。与えた方が、何度も取り戻すよりも、支出が少なくて済む、という計算がないはずはない


p219.所領は望み次第、という勝頼の言葉を伝えたとき、鳥居強右衛門勝商は泣いて喜んだ。三河でも、どこでも、人は人だ、と信廉は安心したともいえる。だが、翌朝、強右衛門は天下の武人に衝撃を与えるようなことをやってのけた。柵際に立った強右衛門は親しい城兵の名を呼び、「よく聞いて伝えよ。信長公は当地へ、二、三日のうちにお着きになる。丈夫に城をもちたまえ。今生のなごり、これまでなり」と、いった。いや、言い終わらぬうちにとりおさえられて、打擲された。そのあと、城兵がよく見える場所で、磔刑に処せられた


p250.この城は改名されて「牧野城」と、なるが、なんとこの城に家康は今川氏真を置いた。氏真は元亀2年に北条家を離れて、家康に保庇を求めた。以後、家康の客であるが、設楽原合戦には従軍している。駿河攻略のために氏真の名を使うことができる、と家康は考えたようだが、大井川流域の実情は甘くなく、結局一年半後の天正5年3月に、氏真を浜松城に移すことになる


p266.三河を出た正重を追ってゆけば、並々ならぬ武勇譚を語ることができる。滝川一益に属し、前田利家に仕え、蒲生氏郷を扶けて、なんと九州豊前の岩石城を攻めるのであるから、かれの履歴は広い天地を持ったといえるであろう。門徒武士として兄と共に追放された後、諸国を歩き、兄とは袂を分かって帰国した。その後、本多忠勝の下で数々の武功を樹てたが、徳川の運気が上昇し始めたこのときに、徳川から離れたというのも、正重の特異さである。権力を欲する正確を持ち合わせておらず、もしかすると顕揚欲も少なく、宗教的感情とは少し違う哲学的探求心が彼を突き動かしたのではあるまいか。哲学的といっても、倫理面のみをもって人を考察する儒教は、彼の行蔵に当てはまらない。とにかく不思議な男であるとしかいいようがない


p288.二俣城に帰る忠世は、「平助よ、暴君が名君になったというためしはあるか」と、幽い口調で問うた。忠世はどこへゆくにも平助を随従させる。「本朝では、識りません。唐土では、殷の太甲がいます」「おお、そうであったな。3年間、離宮に幽閉されて、悪王が聖王になったときく、だが……」信康に改心を促すため、幽閉することが出来るのは家康しかおらず、家康が信康に甘いとなれば、信康の恣暴を制する者はたれもいない。忠世の予想では、壮思に満ちた信康が――武田信虎に肖るのではないか。と、なる


p311.「林の谷しかありますまい」と、勧めた相木市兵衛と横田甚五郎は、実は敵の目が集まる岡部長教を囮に使ったといえなくはない。武田家が滅んでも、しぶとく生きて家康に仕え、寛永12年まで長生きする横田甚五郎の狡猾な活力は、ここでも発揮された


p331.すずやかにふたりを迎えた


p332.家康は利よりも義を前に出して戦い抜いた信蕃と虎吉を臣従させたかった。信蕃はおもむろに頭を下げた。「かたじけない仰せではありますが、それがし、勝頼公の存亡を知りません。しかるにいま浜松さまに従えば、まったく臣下の義を忘れたことになり、汚名を子孫に遺すのみです」「それがしも、同意でござる」と、虎吉はいった


p340.家康の急使が到着していた。この死者は家康の新書を携えていた。忙しく書面に目を通した信蕃の顔色が変わった。ついでそれを読んだ弟たちの眉宇に驚愕がひろがった。こういう内容である。ちかごろ信長はいつわって令を下し、甲州と信州の諸士を招いている。それに応じて参上する者は殺されるのである。それゆえ、信長または信忠のもとへ、往ってはならぬ。すみやかに遁れて、わが陣に来るがよい。――これほどのご厚情があろうか。信蕃は激情家でもある。胸を熱くし、落涙するほど家康に感謝した。武士独特の情の風景である。家康の周辺にはまだそういう風景があり、武士として生き続けたい者たちは、信蕃に限らず、家康の磁力に引き寄せられることになる




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