野内良三「レトリックのすすめ」大修館書店

公開日: : 最終更新日:2012/02/10 書評(書籍), 文章術/レトリック



豊富な文例が、それぞれ強く読ませる。何度でもじっくりと読み直したくなる。こういう本を早読みするのはもったいない


寝る前に枕元で、長風呂で、など、切りのいいところまで時間を管理できるような一人の時間にはこの本を持っていたい


ここで紹介された、忘れられた明治の文章家にも興味がでてくる。何しろ著者が「後悔することは絶対にない」とまで言い切るのだから


少なくとも、そういった自分の知らない文章家の文の抜粋を、レトリックの勉強とともに味わうことができるというのは価値だ




p4.日本人にはあまりピンとこないかもしれないが、レトリックはヨーロッパ人にとって生きてゆく上で大切な技術なのだ。海に囲まれ、比較的同質的な人間の集まりである日本と違って、ヨーロッパは民族や言語や文化を異にする多くの国々が狭い地域に雑居している。他人はなにを考えているのか分からない、自分と違った考え方をしているのかもしれない。他人は「異人」である。だから、自分の考え方を相手にきちんと説明して相手から理解してもらう必要がある。レトリック(説得術)が需められるゆえんである


p10.文彩とは個々の「目に立った」事例を便宜のために整理・分類したものにすぎない。雑多な寄せ集めになるのも当然である。従ってきっちり整理しようとすると、どうしても無理が生じる。あるいは分類のための分類になってしまう。すると見てくれだけはいいが、まるでものの役に立たない。アバウトな分類基準で柔軟に対処する必要が出てくるわけである


p46.さみだれや大河を前に家二軒(蕪村)


p49.むしろかう言つたらよからう。「武」とは花と散ることであり、「文」とは不朽の花を育てることだ、と(三島由紀夫「太陽と鉄」より)


p52.三島の考え方は、正確を期せば「二分法的」と言い直すべきかもしれない。よくいえば明快、悪くいえば単純。まさしく「対照法的」発想なのである。事実、文例は全体が「生」の欲求と「死」の欲求、「文」の原理と「武」の原理という大きな対照法に貫かれている。とにもかくにも、三島の文章は厚化粧の派手な女を思わせる。読者の好悪がはっきりと(生理的に?)分かれるところだ


p109.かつて永井荷風は文学者になるためのいちばんいい勉強法として「大学などに入る必要はない」「鴎外全集と辞書の言海とを毎日時間を決めて三四年繰り返して読めばいい」と提案したことがある。この提案は現在では時代がかっているけれども、日本語の勉強ということなら私も鴎外の文章を読むことを薦める。その簡潔な日本語は現在でも手本として十分に通用する。鴎外全集とは言わない。絞りに絞って『即興詩人』と『澀江抽齋』を挙げよう。鴎外の仕事はこの2作で代表させることができると信じているからだ


p140.ヨーロッパ語では必要とされる接続語を省略するのを一つの文彩と見て特に「接続語省略法」と呼ぶが、日本語ではあまり問題にならず独立した文彩を立てる必要はないだろう。もともと日本語は理に勝つ接続語を嫌い、「文間の余白」(井上ひさし)をよしとするからだ


p157.日本語には、語順については次のような大まかな2つの規則しかない。①動詞、形容詞、形容動詞などの述語が文末に置かれる。②修飾語が被修飾語の前に置かれる。ほかに絶対的なものではないが、「読みやすさ」を基準にした規則として「大きな文単位(文節)ほど前に出す」があるくらいだ。この原則は長文において文単位(文節)の長さに顕著なばらつき(でこぼこ)が認められるときに有効である


p166.転置法は(同格法も)バタ臭い印象を否めない。村上春樹のように横文字に強い作家が好んで使う傾向があるようだ


p168.一般的には「だ・である体」(常体)と「です/ます体」(敬体)の混用は避けるべきだとされている。問題になるのはほとんど、常体に敬体が混入するケースである。文例もこのケースに相当するが、そんな常識はいっさい無視。文章を書き慣れない人はよくこの混用を何の考えもなしに平気でするが、ここではもちろん確信犯だ。この伸びやかな文体と和洋雅俗の博覧強記とが相俟って丸谷のエッセーは無類に面白い。永井荷風の晩年の随筆がつまらなくなったのは本を読まなくなったからだ。エッセーは仕込みが命である


p172.芥川の文章はいったいに広義の接続語=補語多用を指摘することができるが、それは芥川の理知性を反映しているのだろう。よく「文は人なり」というが、同じように「レトリックは人なり」といえるのかもしれない


p177.奇先法的書き方は結論をくっきりと印象づける効果があるだけでなく、思わぬ副産物として話の展開をスッキリさせるという効果もあるのだ。結論をあらかじめ示してあるので後に来る理由づけ(論拠)はいくら長くなっても論を乱すことはない(むしろ理由づけの補強になる)


p181.人間は意見を一方的に押しつけられるよりは、自分で選び取ったと感じるときのほうが納得度が高い。設疑法は強制的指示よりは自主的判断をよしとする人間の心理をあざとく衝いたものだ。呼びかけ法と併用されることが多い


p192.これまで見てきた誇張法であれ、隠喩であれ、反復法であれ、省略法であれ、みな多かれ少なかれ意外性を秘めていた。ここでこと改めて「驚かす」を取り上げる理由は、この効果を主たる目的としている文彩が確かにあるからである。「驚かす」手だては2つある。音響に訴える場合と思考に訴える場合で、前者に相当するのが言葉遊び、後者に相当するのが撞着語法/逆説法である


p202.日本語のリズムについては諸説あるが、基本的には4拍子と考えて大過ない。文字2字で1拍である。言い換えれば仮名1文字は8文音符に相当する(ちなみに「ぎゃ」とか「しゅ」も1文字とみる)。しかしこのことをあまり厳密にとる必要はない。かなりルーズで構わない。定型詩だったら要するに全体で8文音符8つ(4拍子)に収まればいいのだ


p218.本書はこれまでも、忘却の淵に不当に追いやられている明治の文章家に光を当ててきた。鹽井雨江しかり。大町桂月しかり。斎藤緑雨しかり。饗庭篁村も忘れられた文章家として取り上げた。江戸趣味を紛々とさせた(古色蒼然とした?)文章は他の明治の作家に比べても古くさく感じられるかもしれないが、その語りは軽妙洒脱で、無類におもしろい。まるで「落語の名人芸のようにすらすらと読める」(と私の手元にある本の帯にある)。文例は長めに引いたが、存分に抜粋する余白がないのを憾みとする。未読の読者はよろしく原典にあたってそのおもしろさを堪能されんことを。後悔することは絶対にないはずである




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