竹内正浩「地図だけが知っている日本100年の変貌」小学館101新書

公開日: : 最終更新日:2011/09/20 書評(書籍)



すべての都道府県を取り上げる趣向はいいが、正直、おもしろい県とそうでない県があった。2つ以上を取り上げても良さそうなところがいっぱいある


驚いたのは、安土城周辺や巨椋池の埋め立てが、そう遠くない昭和の出来事だったということ。大昔だと思っていた


連想では、旧街道、国道、バイパス、高速道路などが幹線として、順番に敷かれた跡を見るのは結構好きだったりする。旧道とバイパスが分岐したり、一緒になったり。複数車線のバイパスが渋滞しているときに旧道のほうがが実はすごく空いていたり


こういう地図ネタってハズレがないと思う。あるいは自分がマニアなのかも




p52.お金こことを「おあし」ともいうが、この呼び方が生まれた説のひとつに、「おあし」の「あし」とは、足尾で造られていた足字銭(「足」という字の刻印があった)をさしていたというものがある。説の真偽はともかく、ある時期まで、江戸幕府の銅需要を足尾が支えていたのは事実であろう


p58.現在の上越国境は、鉄道3本、道路2本の計5本ものトンネルで結ばれているのだ。人の移動や物流の主役は、在来線と一般国道から、上越新幹線と関越自動車道へと完全に移った。現在、清水トンネルを通る定期旅客列車は、普通列車5本と夜行列車3本に過ぎない


p60.日本は、世界中の10分の1の火山が集中する世界一の火山大国である。気象庁が監視カメラを設置して常時監視を行っている火山だけで34もあるのだ


p60.火山でもないのに山頂が低くなってしまった有名な山が関東にある。秩父盆地の南端にそびえる武甲山である。日本武尊が自らの甲をこの山に奉納したという伝説からその名がおこったといわれ、独立峰にも見える堂々たる山容は、いにしえの昔から秩父の人々の信仰を集めてきた。ところが、この山は資源に恵まれていた。推定可能鉱量4億トンという石灰石の宝庫だったのである。そのことが山の運命を変えてしまった


p63.八郎潟干拓で生まれた秋田県大潟村は例外中の例外としても、面積を4倍に増やした市があると聞けば、これまた驚くのではないだろうか。それが千葉県浦安市なのである


p92.敦賀の町に鉄道が開通したのはずいぶん古く、明治15年(1882)だった。本州の日本海側としては最初の鉄道駅である。敦賀に日本海側最初の鉄道駅が開設されたのは、敦賀が、名古屋と京阪神双方から最も近い日本海側の港町だったからだ


p98.富士山の山頂から右側の県境が記載されていない。実は静岡県と山梨県との境界は、富士山頂から小富士までの約5.6km(地図上では2.7cm)がいまだに未確定なのだ


p100.明治19年にこの地を訪れたひとりの外国人が軽井沢を救った。それが、英国聖公会宣教師アレキサンダー・クロフト・ショーである。軽井沢の風光に魅せられたショーはその後、民家を移設した簡素な別荘を建てるとともに、知人に軽井沢の魅力を広めた。明治26年には碓氷峠を越えて鉄道が敷設され、次第に軽井沢には外国人の別荘が増えていった。こうして軽井沢は、欧米文化の香り漂う避暑地として息を吹き返したのである。明治の末年頃まで、夏の間は、軽井沢駅の乗降客の半数以上が外国人だった


p123.昭和17年(1942)に始まった小中の湖(安土町)をはじめに、次々と干拓工事が進められていった


p125.安土城は内湖である小中の湖に突き出した半島の山上に築城されており、城の三方は湖に囲まれていた


p126.近鉄京都線に乗って京都から奈良に向かっていると、進行方向右側に一瞬、水田が一面に広がる風景が展開する。じつはこの水田のある場所がそっくりそのまま巨椋池だったのだ


p128.巨椋池は、昭和8年(1933)から昭和16年にかけて行われた干拓事業によって、農地に姿を変えた。干拓前の巨椋池は、平均水深90cm、最大水深も1.7mしかない浅い湖だった。ポンプで池の水を排水するだけで、広大な陸地が誕生したというわけだ。ちなみに、巨椋池の干拓は初めての国営事業として行われ、戦後の八郎潟干拓などにつながっていく


p156.広島はただの軍都ではなかった。明治27年(1894)の日清戦争当時、本丸には明治天皇の臨幸を仰いで大本営(最高戦争指導機関)が置かれ、場内にあった西練兵場には帝国議会(今の国会)が移ってきた。日清戦争に勝利を収めたことで、広島は、日本軍の栄光を象徴する都市となったのである


p171.皇居前広場の楠公銅像は、明治30年(1897)に、住友家当主の15代住友吉左衛門友純が献納したものである。明治23年、別子銅山は開山から200年を迎え、住友家は別子銅山二百年祭の祝賀のため、別子で産出した銅を用いた記念の品を宮中に献納することを発案。それが楠公銅像として実を結んだのである。現在の場所に建立されたのは、宮内省による立派な台座が完成した明治33年7月だった。普通、銅像といえば中が空洞なのが当たり前だ。しかしこの像は、中までしっかり銅が詰まっている。だから重量は1800貫(6750kg)もある


p200.大正時代、大湯線と呼ばれた久大本線は、大分から湯平まで開通すると、そこから先は、南由布村、北由布村を通らずに直進ルートで建設される予定だった。しかし、その計画を知った住民たちが猛烈な誘致運動を展開し、大幅にルートを変更させて北由布駅と南由布駅を設置させた。その結果が現在の大迂回した路線なのだという




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