ウォルフガング・ロッツ「スパイのためのハンドブック」ハヤカワ文庫NF

公開日: : 最終更新日:2012/03/30 書評(書籍)



こういう本をもっと読んでいきたい。スパイになりたいのではなく、スパイであるために何をするのか、ということが実の生活でも無駄ではない知識だと思う。如才なく生きる手立てを教えてくれる


赤信号を渡るか? この問いに対する新しい回答を教えてくれた




p6.人間の性質というのもはそういうものであるが、善意の助言であっても自分の考えや希望にそわなければ聞き入れる人はほとんどいない。20年前に情報部に入った頃の私も例外ではなかった。あくまで意志を押し通し、押しとどめることのできない人たちはいつもいるものであり、しかも、それを後悔しない者さえ少数ながらいるものだ。何らかの理由でもう活発な行動のできない者が、ゆったり構えて他人に助言を提供したくなるというのも、たいていの職業についていいうる人間性の特徴である


p22.私の上司である将軍は私にいったものである。「ラスティ、きみが誰を連れてこようと私はかまわん。われわれの役に立つ職業についているものなら、銀行家だろうとポンビキだろうと、公爵夫人だろうと売春婦だろうとかまわない。しかし、たのむから理想主義者には近づかんでくれ! 時間をむだづかいして、つまらぬことに首を賭けることはやめたまえ」このずる賢いじいさんは人を見抜くことにかけては名人級であり、私は彼から多くを学んだ


p25.人のことに口出ししない人、子供や子犬を虐待している者にちょっかいをださない人に最高点が与えられている。通常ならばそうしたいくじのない態度に対し、我々は嫌悪以外のものは感じない。それを賞賛するとか、高く評価することなどはもってのほかである。しかし、たいてい秘密情報部員には異なった行動基準がある。口出しすることにより、彼は任務の妨げになるような事態に巻き込まれるかもしれない。不必要な注意を自分にひき、足止めをくって重要な約束をすっぽかし、とどのつまりは警察署で尋問を受けるはめになるかもしれない。節義の人であることはまことにけっこうであるが、スパイは自分の任務を優先的に考えなければならない


p27.道路横断もだめだ。あなたの任務がそれを求めるいざという時まで、法律違反を控え、その時になったらちょうど必要なだけそれをやり、けっしてやりすぎてはならない。しかも、もし、しなければならないことを合法的にする方法があったら、そうせよ。犯罪を面白半分に犯すのは馬鹿げており、危険でもある


p41.私はその男の上着をもう一度眺め、両肩の肩章が外されたところに穴が3つずつあいているのに気づいた。「お会いできてたいへんうれしく思います、大佐」自分の発見を腹にしまっておくことができず、私はいった。彼はぎょっとした表情でこちらを見たが、自分の肩口を見やるとにやりとした。気持ちのいい笑い顔だった。「なかなか観察力がある」彼はぶっきらぼうに感想を漏らした。他の2人は上司の反応を読み取るまではどちらともつかぬ表情をとってきたが、遅れじとばかり追従笑いをうかべた


p45.「2つの事柄しだいです」私は彼に告げた。「私は正確なところ何をしたらいいのか、それから、いくらぐらいの給料がもらえるか? この2点に関して満足のいく回答がもらえましたら、たぶん答えはイエスでしょう。それくらい簡単なことです。金だけが目当てのような口のききかたはしたくありませんが、何だってせんじつめれば、こういう話になるものです


p53.通常、同性愛者は弱点がありすぎて、この職種では、少なくとも本国チームの一員としては、あまり使いものにならないと考えられている


p55.あなたがいかに優秀かとかあなたができることを自慢するべからず。反対に、おどおどしたり、過度に謙遜してはいけない(相手はそれを買わない)。自分に自信のあることを示すべし


p57.囚われの身になったスパイが沈黙を守り通し、尋問者に(嘘八百以外は)何も話さなかったという話は、尋問の係官がいい加減な仕事をしないかぎり、まったく虚構の世界に属する出来事である


p57.そういう次第であるから、情報部は、部員に荒療治が施されてしゃべらされる瞬間に、彼らがあらいざらい暴露するのを防止する手段を考案しなければならなかった。それが“区画化の原理”とよばれるものである。その考え方は、人間はどんなに大きな圧力を加えられてそれに耐えることになろうとも、自分の知らないことはいえない、ということである。訓練期間中、各工作員は厳重に分離され、お互いに他人の経験は知らずに過ごす。彼らは個別訓練を受け、教官たちは仮名でしか彼らに知らされていない。実戦行動でも同じ原理が適用される。絶対に欠かせないものでないかぎり、組織内の他の部員との接触は疫病のように避けられる


p67.私がいちばん愉快に思ったのは、例の麦わら帽のトリックに彼がいたく感激したことであった。私がそのばかばかしい物を飛び入りの場所で買ったのは、まったくの偶然であった。しかし、私が変装のためだけに防止を手に入れたとシマリクが考えているのであったら、何もわざわざ彼の思い違いをぶちこわしにすることはない。私の訓練報告に書けば見ばえはするだろうし、帽子代は事務所に請求できる。あなたにとって帽子の一件はとるに足らぬことと思えようが、一つのたいへん重要な教訓を説明するために、それを注意深く覚えておいてもらいたい。つまり、その教訓とは、われわれの仕事で大切なのは結果だけである、ということだ


p67.スパイの備え持っていなければならないものの中で一番重要なものの一つは運なのである――運とそれをうまく利用する能力である。幸運な出来事を、考えうる最大の自身の利益に転換することは才能である


p72.自分で独習していたと彼に告げてはならぬ。たいていの教官は、前に習ったことは全部忘れろ。おれのやりかたで行け、という態度をとる


p85.彼らに当時の戦友であり、若年兵の一人だったと思ってもらうことは造作もなく、20年かそこいらすれば人の容貌も少しは変わるものだということで、なかには私の顔を“思い出した”という者もいた。私にとって幸運だったことに、人の記憶もまた風化するものなのである


p87.土壇場で助けられなかったら、おそらく私は笑い、じつは戦争中ずっと一兵卒だったが、見栄えをよくするためにカイロの2、3の人々に将校だったと話した、と打ち明けたことであろうと思う。「お願いですから、他言はされないように、大佐」彼としては気にくわないであろうが、聞き入れたことであろう


p93.私がメルボルン(彼女の故郷)の生活の思い出話をすると、彼女は私の顔に憶えがあるといった。いうまでもないことだが、私もまた彼女の顔を思い出し、われわれはほどなくカイロの社交界で、“メルボルン時代以来の旧友”ということになった。暗示の力とはかほどなものである


p95.ときには偽装の中の偽装という詐術を用いることができる。換言すれば、あなたが抜け目なく、かつ運がいいなら、小さい犯罪を自認することにより、大きな犯罪を隠しおおすことができるということである


p108.若き情報部員諸氏には賭けるなとお勧めする。訓練中に教わった規則を全部厳正に守る必要はない。そんなことはできないし、誰もそんなことは本気で期待しない。あなた自身のスタイルを育てることは結構であるが、あなたの仕事はいちばん調子のいいときでさえ危険率が高いということを知っておいてもらいたい。危険率を不必要に高めることはない


p114.愛は盲目というが、異性にのぼせ上がっているときもそうだ。抜け目ない、熟練情報部員でさえ、情況によっては、いかにあっけないほど盲目でだまされやすくなるかは驚くべきものがある


p126.長官の立腹がおさまって、落ち着くと、ぼくはすぐに、われわれの結婚は少なくとも僕の偽装に関するかぎり、負債であるよりはむしろ資産であるという事実を指摘できる。おそらく、他の面でもそうだろう。露見をながびかせばながびかすほど、説得力はます


p132.「問題は、控えめにいっても、重大な紀律違反であり、わしはきみをぼろくそにけなすことになっている」「結構です。私はぼろくそにけなされました。二度とそういうことはしないと約束します」


p137.305点以上。もう一度、合計点を確かめよ。あなたはロボットか去勢人間にちがいない。サウジアラビアの後宮で付添人の仕事でも探せ


p146.それは自分の偽装の一部であった。面白おかしく暮らすことは楽しいことであり、たしかに私は自分自身の安楽と愉悦に関するところでは、経費を惜しまなかった。私はぜいたく好きであったし、自分がそれに値すると感じていた。私が費消した金の1ドル1ドルがいずれも公務中以外には絶対つかわれなかったかというと、そうでもない。そうであると、主張したこともない


p155.どんな男も(事これに関しては、どんな女も)その人なりの値段がある、という言い古された言葉には多くの真理がある。私は賄賂のきかない官僚とか公務員にまだお目にかかったことがない。100ドルかそこいらの少額の心付けをマントルピースの上とか財布の中に慎み深くおいてやれば一夜妻になるご婦人でも、どこの街角でも20ドルで拾えるような売春婦のことは蔑視するものである。ところが、そういうご婦人も、ミンクのコートやダイヤの指輪、あるいはスポーツカーをがっちり要求する“高級コールガール”には見下げられてしまう。同様に、当然のこととして定期的にリベートを受け取る大手百貨店の仕入部長に、それが賄賂であるというと、ひどく腹を立てるだろう。私を皮肉屋という人の数は多い。たぶんそのとおりだろうし、疑いなく私のかつての職業がその原因の一部となっている。自分に贈り物をくれたり、恩恵を施してくれる人がいると、その人の値踏みをする習慣がついてしまった。たいていの人には正札がぶら下がっている


p159.ちょっとした個人的な依頼をするのである。テニス用ラケット、ポロ競技用の鞍あるいは映写機を貸してもらうといった目立たぬ、公然たる頼みごとである。そうした物品をすぐさま返却し、感謝感激しているところを盛大に示す。プレゼントをさらに高価に、さらに個人的なものにする


p161.あなたは、自分が一人の官僚を腐敗させ、彼がその発覚を恐れていることを悟るであろう。これをばらすぞ、などといってあからさまな脅しをかけてはいけない。とはいっても、彼が無礼にも協力を拒否してくるようなことがあったら、いかにも用心深そうに、それをほのめかしてやるとよい。脅迫? もちろん、脅迫だ。いいか、きみはスパイなのだ。慈善事業家ではない


p171.あなたがこの特定の状態にあると疑問の余地なく確信したら、助けを借りずにペンを握れるうちに相手の求める自白書に署名してしまうのが最良の策である。あなたは多くの悲しみと苦痛を受けないで済む


p174.自分の発言の細部に至るまでニュアンスを記憶する。あなたが信用されようとされまいと、同じ質問を何度も繰り返し訊かれる。1週間あるいは1カ月して彼らは不意打ちに質問をぶつけてくる。あなたは前回にいったことを性格に覚えていなければならない


p185.重病になるか、重傷を負わないかぎり、医者にその旨を告げるな。医者に仮病つかいと書き留められるのがオチで、あとで本当に医者が必要なときにひどい目に遭わされる


p192.大尉は一言もいわずに、ムチで彼の耳元を鋭く打った。「さあ、もう一度訊いてやる、このおろかな怠け者め」うめき声が静まってきたところを見計らって彼はいった。「いったいおまえの頭はどこにある?」「はっ、ちゃんとここにあります」頭蓋を指さしながら、彼は叫んだ。「あるべきところにちゃんとあります」「私は無教育な単純人間だ」ヴィクターが仕事場に戻された後、大尉は心理学者に説明した。「あなたは精神分析を勉強したが、私は一度もそんなものを学んでいない。どれほどの臨床心理学が私のこの小さなムチに籠められているか、あなたもびっくりするだろう」今は退役したS大尉自身が、凍るように冷えたウォトカを一本空けながら、この逸話を私にしてくれた。「とくにおもしろい点は」彼はいった。「この小さな事件が二つの見解のいずれをも証拠立てていることだ。旧派の支持者にとっては、強圧政策が行刑当局にとってただ一つの成功しそうな策であることの証左である。一方、社会復帰派は、行刑改革が早急に必要であることの一例としてこれを用いるだろう」


p203.弁護士、著作権代理業者、出版社のいうとおりにする。彼らはプロであるが、あなたはそうでない




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  • 名前:Max 年齢:人生の2合目くらい 誕生日:夏の暑い日 一言:他言無用ということでお願いします
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