國分康孝「カウンセリング心理学入門」PHP新書

公開日: : 書評(書籍)

この本を読んでいる間にも別の文献に筆者のお名前やコメントを拝見したりという具合に、かなりの人物のようなのだ
その割に、内容はお世辞にも整理されているとは言いがたい。でも、読み物としておもしろいのだ。話術というか、ご自身の経験してきた蓄積が不意に吐露されるときに何度か邂逅する。いろいろなお話を聞いてみたいという気になる
以下にメモする事柄も、あまりカウンセリングに関係のない余談が多かったりする。っつーか、エピソードばかりだ。そういうのを喜んでメモするのも自分の悪いところだ。読者として本の本質をつかめていないのだろう

p13.「何?」ときき返すと「きき返すものじゃない。サムライは殿様の声がききとれなくても『わかりました』と答えておき、あとで側近の者に『殿様は何と言っていたのか』ときくようにしていたものだ」云々と諭すのである
p14.陸幼教育が原点だった。人間尊重の思想。ある夕食時にルーズベルト大統領の死をラジオが放送した。生徒は拍手した。その直後指導教官が「敵国であっても人の死に対しては弔意を表するものである。拍手するようないやしい人間であってはならぬ」と諭した
p15.初めて外出する前夜、次のようなガイダンスがあった。「年長の部下が敬礼するのは上官がえらいからではなく、星の数(役割・階級)に敬礼しているのだ。上官が部下よりも人間としてすぐれているからではない。これを忘れると傲慢になるから注意せよ」
p16.私はこの自己開示を戦時下の陸幼で教わった。たとえば「弾丸が飛んでくるとこわいものだ。上官はこわがるべきではないと無理して平気ぶらなくてよい。ふるえながらでよいから、なすべきことをすればよいのだ」と語る教官は、あるがままの自分を許容しこれを表明する勇気を教えてくれた。また、ある教官は「戦死した生徒の遺骨を父親に渡すとき、俺は何と挨拶してよいのかわからなかった。『お宅の坊ちゃまを死なせて申しわけありませんでした』としか言えなかった」と生徒を集めて悄然と語った
p22.私は落ち込みながらも敢然としてニイル、フロイドの路線を歩もうと心ひそかに決心した。国立大学の学問にやがて対峙できる自分になりたい。そう思った。そういう私であったから、出身大学の博士課程には合格できなかった。修士課程を済ませた仲間の中で私一人だけが不合格であった。これが私を発憤させた。そのおかげで後に私はアメリカで博士課程を修了することになる。人生でとんとん拍子に行かないことがかえって好運のチャンスになるのだと今の私は思っている。「民間学者の研究をして何になる?」と批判されたおかげで、民間学者の説であろうと国立大学の学問であろうと、要するに問題解決の役に立つものは何でも取り入れた方がよいのではないか、という思いがつよくなった。私の折衷主義への関心はこの頃からつよまったように思う。それゆえにアメリカの大学院で折衷主義にふれた私は水を得た魚のように活力を取り戻した
p26.「今までの日本人留学生で精神分析を知っている者はいなかった。ワンダフル!」とほめてくれた。日本の大学では「はみ出し者」と評された私は、「私をはみ出し者と評した教授こそ、アメリカの基準でいえばはみ出し者である」と思うようになった。つまり私は自己肯定感を取り戻したのである。これはその後28年して私が母校に教授として迎えられたときにそれを受ける決心をした伏線になっている。かつては私をはみ出し者と評した文化に対峙してみたいという気概の源泉であった
p54.私がアメリカに留学した1960年代は、学生に「君の専攻は?」と尋ねると臨床心理学専攻の学生は誇らしげにしかし低い声で「クリニカル・サイク」と答える。ところがカウンセリング心理学専攻の学生は明るい顔でしかりややひかえめに「カウンセリング・サイク」と答える。この差が私をふるいたたせた。そして大部分のカウンセリング・サイク専攻学生は臨床心理学とはちがう分野を開拓する意欲に燃えていた
p68.以前、警察関係の人にカウンセリングを教えていたことがあるが、そこの研修担当の課長が、昔刑事をやっていたという人だった。その人の刑事時代の話だが、「自分は柔道三段だけれども、五段の泥棒を捕まえていた。道場で勝負したら、やっぱり三段は五段には負ける。しかし、犯人を逮捕するときには、『おれは刑事である』というアイデンティティがはっきりしているため、何としてでもおれはこの泥棒を押さえないといけないと思うから、三段でも五段の泥棒をちゃんと押さえて手錠ぐらいかけられるんだ」と言うのである。結論としてその人は気合いが大事だと言うのであるが、カウンセリング心理学のことばに翻訳すれば、アイデンティティが行動の決め手になる、ということである。別の例を挙げよう。昔の軍隊で、誰でも弾が飛んでくるとこわいものである。ところが、位が上がって中隊長になると、兵隊が伏せているときでも、自分はちょっと立ち上がって望遠鏡で様子を見なければならないときがある。そのとき、「おれは中隊長だ」というアイデンティティがあるから、こわいけれどちゃんと見ることができる。それを見て兵隊たちは、「今度の中隊長は勇気がある」と言うが、勇気があるのではなく、こわいけれども「自分は中隊長である」というアイデンティティがあるから、ふるえながらでもなるべき行動がとれるのである。私の教官は「勇怯の差は小なり、責任感の差は大なり」ということばを教えてくれたが、まさにそのとおりである。したがって、私は大学院の学生を教えるときには、「君たち、大学院で教育を受けたんだから、それだけのことをしなければいかん」と言うようにしている
p70.先日、教授だけで酒を飲んでいるときに、ある教授が、ある程度まで飲んだら「これ以上飲まない」と言う。「車で来ているのか」ときくと、「おれは医者だ」と言う。その教授の本職は医者なのである。「これだけ人が集まって酒を飲んでいると、気分の悪くなった人がいた場合に、自分はやはり医者だから、面倒を見なければならない。そのときにおれが酔っ払っていると処置が狂うから、おれは君たちとちがって、絶えずさめた目を持っていなくちゃだめなんだ」と言うのである。おそらくその人は若いときから、医者というのものは人と酒を飲んでも酔いつぶれてはだめだ、というある種の行動規制をされているうちに、医者というアイデンティティがきちんと定まったのであろう。このように、子供を育てるときでも部下を育成するときでも、ある具体的な行動をきちんと指定してあげないと、自分は何者であるかという意識が定まりにくい。さらに言うなら、アイデンティティを定めるためには、部課や会社全体など、ある集団が共通の行動をする必要があるということである
p78.世の中のすべての人から好かれなければならないという考えの人が、結構いる。こういう人は一人でも自分を嫌う人がいたら、自分はだめだと言って落ち込む。学校の教員で、一人でもクラスで反逆する子どもがいると、おれは教師失格だと思い、父兄の一人でも電話で苦情を言ってくると、おれはだめだと落ち込む人がいる。それは、自分はすべての人に好かれなければならないという考え方があるからである。この考え方がなぜおかしいかというと、人生の事実に即していないからである。つまり非現実的なのである。私たちが人生ですべての人に好かれるということはあり得ない
p84.筑波大学の社会人大学院で教えていたとき、学生に会社の重役もいた。その中の一人が修士論文のテーマとして、社員で重役になる人とならない人がいるが、その差は何かということをとり上げたことがある。そして、定年でやめた人間ばかりを訪問して、生い立ちをずっときいて回ったのである。すると、だいたい重役になった人というのは、30代のときにいい上司にめぐりあって、その上司の考え方、対処の仕方を全部きちんと模倣している人だということがわかった。結論として、メンター(いわゆる師匠)に相当する人に出会った人は、その後重役にまでなっているということである。それほどモデリング(模倣)の対象を持つということが大きな影響を与えるのである
p110.行動カウンセリングでは、実行しやすいように具体tけいに指示することをすすめている。たとえば、「お子さまと家で過ごす時間をもっと持ってください」と言わず、「月・水・金はお子さまと一緒に入浴するのはどうですか」となる。「約束の時間におくれるな。早くしろ」と言うよりは、「定刻5分前には到着して相手を待て」の方が叱られた感じがしない
p113.世の中が都市化するにつれ、恋愛結婚が増えてくる。つまり、人口移動が激しくなるにつれ仲人役をしてくれる人がいなくなるから、自分の伴侶は自分で探さねばならない時代になってきた。ところが統計によると、見合い結婚よりは恋愛結婚の方が離婚率が高い
p123.行動が感情に影響を与えるのである。「私の配偶者は本当はいい人なのだ」と念じて嫌悪感を消そうとするよりも、ラーメンを一緒に食べに行く(行動)方が効果的だというわけである
p130.論理療法とは、考え方次第で悩みは消えるという理論である。たとえば、離婚という出来事そのものが自己嫌悪や劣等感の原因なのではなく、離婚という出来事をどう受け取っているか(考え方)が原因である、と論理療法では考える。つまり、「離婚は人生の失敗である」と受け取る(考える)から落ち込むのである。「離婚でやっと自由が得られた。離婚は新しい人生の出発点である」と考える人は、さほど絶望感や自己弱小感に陥らない
p155.留学生に日本語を教えている日本人教師が、中国系の留学生に電話した。こちらが名前を告げたのに、その留学生は自分の名前を言わなかった。そこで、この教師はこう言った。「ぼくが自分の名前を告げているのに、君は自分の名を言わない。これは失礼である」。留学生は答えた。「私の文化では名前を言わないのが礼儀なのです。『私は名を告げるほどにえらい人間ではないのです。無名の人間です』という謙虚さの表明なのです」と

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