原田泰「なぜ日本経済はうまくいかないのか」新潮選書

公開日: : 最終更新日:2012/09/19 書評(書籍), 原田泰



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ただの批判や混ぜっ返しで終わらず、分かりやすいようにかみ砕いて分析し、さらに建設的な対案を示すのが非常に好感。尋常でない博学さも感じさせる。この人の言論は外せないと改めて感じる。著者の略歴上は元官僚ということになる。そういうレジュメの人が、こんな立場を示すところも気になる


子ども手当に反対するのは、官僚の裁量がなくなるからだ。子どもがいるかという切り口から判断する、「終わろうとする世代から始まろうとする世代への所得移転」であると考えると、それほど違和感はない。国民の個人資産の多くが高齢者にあることもあわせ考える


政府に成長戦略は描けない。成長が分かっている業務があるなら、私人は国に頼らずに我先にと事業化するはずである。国は収税の結果である国家の財産をどのように処分するかを決めるだけだ。そこに群がる私人は、その国家資産の処分が莫大な額であることに気付き、その間に入って口銭を得ることだけが目的だ。それ自体はあまり経済成長に繋がるものではないように思う


政府は事業をまともに運営することができない。日本による満州経営も、アメリカのニューディール政策も、うまく行ったように見えて実際は異なる


「銀行を潰すと、経済全体に大変なことが起きる。救済しなければならない」ことはない。これは護送船団方式による国家による金融業への介入の失敗を確定させないための弥縫である


金融業で働く人は、長期的に出てくるはずの結果を、結果が出る前に人為的に好評価して、それを根拠に高額な報酬を決めている。さらには、うまく行けば多額の報酬となり、失敗しても退散するだけだ。いちど払った報酬は返還されないから、取引の損は株主の負担となる。最終的に失敗しても、すでにもらった多額の報酬があるので、経済的には困らない。多額になるのは、扱う金額が莫大なのも理由の一つだ


既得権を認める仕組み。特に現在の中央官僚がそうだ。天下りができなくなるなら、天下り含みで期待されていた生涯年収は、別の手段で保障しなければならない。本書の分析のとおり現状維持で終わってしまう


ポジショントークに注意する。人が何に利害を感じて行動しているのかを知る。補助金が出るから林業従事者が間伐を行う。純粋に木の生長には無意味という。最近のTPPの議論についても、農協が反対しているなら良いことなのかも、と思ってみる


街のブランドづくりや地価上昇と、地主の集中との関係。地主は大きいほどいい。その代替的役割を担うべき地方政府




p20.現行の政策には無駄が多い。これを人々に直接配るバラマキに変えて悪いことは何もない。経済を発展させる要諦は、現状を改善したいという人々の創意をできる限り阻害しないことだ。現場を知らない官僚組織が、人々にあれこれと指図することが膨大な無駄を生み出している。また、壮大なビッグプロジェクトが成功したことは少ない。バラマキ政策は、人々の創意を阻害しないがゆえに、より効率的な政策になる


p24.金銭給付であれば、与党に有利に、野党に不利に運用することは難しい。与党と野党のどちらを支持するかを聞きながら子ども手当を配ることなどできはしない。政府の直接給付が欲しい企業は、与党の有力者に献金するかもしれない。しかし、一律にばら撒かれてしまった子ども手当が欲しい企業は、自ら魅力的な製品を作り、便利なサービスを提供するしかない。金銭給付は、市場メカニズムをよりよく働かせる


p37.経済の成長分野を政府に示して欲しいという財界人がいるのかもしれないが、それは企業家の自殺行為である。政治家や官僚に成長分野が分かって、企業家に分からないのなら、企業家はいらない。どんな商品やサービスが社会に求められているのかを探し求めるのが企業家だからだ


p39.政府が国民に行くべき道を指し示すことができるとは思えない。戦前、政府が国民に指し示した道は、アジアから欧米勢力を駆逐し、日本がそれに取って替わることだった。しかし、それは失敗した。戦後、別に政府が高度成長を指し示した訳ではない。成長しようとした人々の意欲を邪魔しなかっただけだ。政府が、成長などできないという左翼知識人の言動を否定したことは事実であるが、それを指し示したというのは言いすぎだ。当時の政府は、左翼知識人より賢かったが、国民以上に賢かった訳ではない


p40.民主党が不審を抱いているように、官は効率的な組織ではない。官の仕事を増やしても、官は期待されたような仕事ができず、結局、民主党の官への不信はますます増すということになる。この矛盾を解決するアイデアが、子ども手当、農家戸別所得補償などのバラマキ政策である。保育所を増やそうとしても、官僚機構を使えば、効率の悪い、コスト高の保育所しか作れない。しかも、地方では保育所は余っているのだから、都会にばかりお金が落ちる。子ども手当でばら撒けば、両親は、孫の面倒を見てくれる祖父母を助けることができる。官僚機構に日本の農業を強くし、農家の生活水準を引き上げることなどできなかったのだから、農家戸別所得補償でばら撒いたほうが良い。それが、民主党の原点だったはずだ


p49.結局、成長戦略の目玉は、法人税を40%から35%に引き下げることになるようだ(法案が国会を通るか分からないが)。これは、儲かった企業には一律に税金をまけるということなのだから、バラマキなのではないか。法人税減税がなぜ優れた政策かと言えば、政府があれをしろ、これをするなと言わないことだ。利益は、企業が社会に対してなした貢献を現している。税金を一律に配るのはバラマキで、税金を一律にまけるのはバラマキでないという根拠はどこにあるのだろうか


p51.バラマキが悪いと言えば、このような補償が難しくなる。むしろ、多くの人が、バラマキが悪いと言うのは、構造改革を難しくするためではないか。TPPで損する農家は補償されても、TPPで仕事が減る族議員や官僚機構は補償されない。族議員や官僚機構にとって、構造改革を難しくして、構造改革をできないようにするのが、バラマキ反対の本当の理由なのではないだろうか


p54.構造問題という意味のない言葉が流行るのは、構造であれば仕方がないという諦念と、また逆に、大きな変化をもたらさなければならないという熱情を呼び起こすからだろう。諦念は、責任の所在をはっきりさせなくてすむという意味で、既存のエリートには都合が良い。熱情は、現在はまだ権力を持っていないエリートに都合の良い心理的状況である。しかし、これはきわめて危険な心理的状況である


p55.構造改革によって得られる所得増は、それによって削減される所得よりも必ず大きいのだから(そうでなければ構造改革には値しない政策である)、その所得増の一部を、改革によって所得を削減される人々にばら撒けば良いだけのことである。前項で述べたように、構造改革とは、あなたの損は補償するから我慢していただけないかと、お願いに行くことではないだろうか


p64.なぜか満州における統制経済がうまく行っていたという評価が残っているようだが、その評価に疑いをもっていただくために、一つのことを指摘したい。戦後1957年に満州の黒竜江省で油田が発見され(大慶油田)、60年代で年産5000万キロリットルにもなっていた。日中戦争を開始した37年の日本の石油消費量は417万キロリットルにすぎない。日本が発見できなかった理由は必ずしも明らかでないが、満州国は、39年に商工省に石油試掘を申し込んだが認められなかったという


p100.なぜ金融機関の救済が経済回復にとって重要だという言説が流布したのだろうか。それは次のようなお話を望んだ人がいたからだろう。90年代の初に金融政策や銀行監督に関わった人々は、不良債権の深刻さに気が付いていた。政策当局は強い危機感を持ち、公的資金の投入によって不良債権を抜本的に処理し、銀行を立て直すことを考えていた。しかし、公的資金の投入は世論の支持を得られず、不良債権の処理ができないまま10年を失ってしまう。もし90年代初に公的資金の投入によって不良債権を処理していれば、日本の失われた十年はなかっただろうというのである。これは、当時の政策当局者にとっては都合の良いストーリーである。自分たちは分かっていたのだが、世論が許してくれなかったから失敗したのだというのだから。しかし、このストーリーの根拠は乏しい。まず、世論の反発は、公的資金の投入が銀行を救うことに対して向けられたのであって、預金を保護することに向けられたのではない。銀行がけしからんという人は多かったが、けしからん銀行に預金した預金者がけしからんという世論があったわけではない。次に、銀行を生き返らせたからといって、景気が良くなるという根拠がない。拓銀の破綻が道内経済に与えた影響が小さいなら、他の金融機関の破綻が日本経済に与えた影響はさらに小さいだろう。人々は自分にとって都合の良いお話を作りたがる。しかし、少し調べてみれば、そんなお話には根拠のないものが多い


p103.自由を守るためには、究極的には、人々が愚かなことをする権利、愚行権とも言うべきものを守らなければならない。ゴータマ・シッダールタが、王宮を捨てて荒野を彷徨ったことも、ナザレの大工の息子が神に遣わされてその言葉を伝え、十字架で殺されたことも、当時の基準からして愚行であったかもしれない。しかし、その愚行がなければ私たちの文明はまったく異なったものとなっていただろう。最終的に善きことが何か分からないことが多々ある以上、人々の試みを許容する文明こそが力強いものとなるという信念が、自由な社会を支えているのである


p107.しかし、シティ、AIG、メリル・リンチ、リーマン・ブラザーズの経営者たちの所得を、社会の富を増進したことへのご褒美と考えることはできない。金融業では、そもそも儲かっているのか、儲かっていないのかを判断することが難しい。通常の貸出業務の利益や証券売買の手数料なら、儲かっているか儲かっていないかは分かりやすい(それでも、日本の銀行は不動産への貸し出しで膨大な損失を被った)。しかし、自己資金をつぎ込んでの投資は分かりにくい。リスクを取れば利益があがる。それが3年続けば、巨額のボーナスをもらっておさらばである。4年目にリスクが現実化してもである。宴の間、サブプライム・ローンで高い金利を稼いだ人々はボーナスを得ていた。ともかく、今稼いでいる形を作りさえすれば良かったのだ。サブプライム・ローンに関与した会社が破綻すれば、最終的な損は金融機関の株主、救済されれば納税者が負担する。ボーナスを得た人は負担しない


p109.日本のバブルは87年から91年までの4年間、アメリカの住宅バブルも4年間しか続かなかった。1年後の利益ではなくて、5年後のボーナスに連動させてボーナスを払えば、至上主義の暴走を抑えることができるだろう。5年後のボーナスで不満な人は、1年限りの利益を追い求める人間だと推測できる。むしろ、そんな社員を雇わなくて良かったと喜ぶべきだ。金融機関に公的資金を入れる条件として、報酬支払いの仕組みを、まずすべて公表させるべきだ。失敗した仕組みの検討から、正しい報酬支払いの仕組みが考案されることになるだろう。その仕組みは、市場経済について人々の不信を招かないものとならなければならない。現在の報酬支払いの仕組みが、利益をもたらす価値ある秘密で公表できないと経営者が主張するなら、その言葉は疑いの目で見る必要がある。なぜなら、サブプライムの危機は、その仕組みが何の価値も生み出さないどころか、世界を破壊するものだったということを明らかにしているのだから


p112.資産だけが狙われるわけではない。負債を持っている会社も狙われる。アメリカの研究によれば、買収による利益の多くは、被買収企業の暗黙の雇用条件の破壊によるものだという(ただし、そうではなくて、企業の効率を上げたことによるという研究も最近は多いようだ)。すなわち利益の大半は、年功型の昇進や賃金、雇用保障を、無視あるいは破壊することによって生まれたものだという。日本の場合では、これに経営者の雇用保証も含まれているかもしれない。雇用保証はコストのかかることであるから、暗黙の債務と言える。新しい経営者が暗黙の債務を破棄すれば、株主は一時的には利益を得られる。経営者も労働者も、つねにその仕事にふさわしい報酬と賃金で働いているわけではない。銀行経営者と従業員は、1980年代末期の報酬の高いときにはせっせと不良債権をつくり、報酬が下がった90年代後半には不良債権を必死に処理していた。報酬が下がっても、大部分の銀行員はおとなしく働いていた。企業を買収して、運のいい人間を運の悪い人間にしてしまえば、利益があがる。しかし、人間は何度も運の悪い人間にはならない。暗黙の雇用条件を破棄すれば、その時点では利益があがっても、人々は、それ以後は働かなくなってしまうだろう


p119.日本の制度の問題点は、儒教と同じく、できないことをできるということである。例えば、2005年に起きた耐震偽装問題で明らかになったことは、政府は、建築物が正しく設計され、建設されているかをチェックすることになっているが、実際にはそんな能力はなかったということだ。考えてみれば当たり前である。膨大な数が建てられる建築物を、いちいちチェックすることなどできないだろうし、そうするインセンティブがない


p154.私は政権交代でもっとも期待したことは、自民党が、権力の果実の分配をする立場から追放されることによって、自分たちは何をしたいのか、国民のために何をするべきかを真剣に考えるしかない状況に追い込まれることだった。しかし、何もしなくても政権に復帰できるのではないかという状況が生まれたことによって、真剣に考えることを止めてしまった


p156.ルーズベルトの政策はそれほど効果的でなく、むしろ回復を遅らしたという経済学者もいる。ニューディール政策とは、労働組合が賃金を引き上げる能力や企業の独占力を強め、経済にとって有害だった。また、TVA(テネシー川流域開発公社)などの公共事業は、必ずしも効率的なものではなかった。日本では、財政拡大が大きな役割を果たしたと信じている人が多いが、そもそも財政支出の拡大はわずかだった。回復は、金本位制から脱却し、金融緩和に転じたからであるというのである。であるなら、ルーズベルト大統領が、33年5月に、アメリカの中央銀行総裁に当たるFRB議長を、金融緩和に反対するユージン・メイアーからユージン・R・ブラックに交替させたことだけが重要だということになる


p174.歩みを早めるためには、むしろ既得権を既得権として認めることが必要ではないだろうか。既得権を認めなければ、既得権者が反対するのは当然である。しかし、認めてしまえば反対する理由はなくなる。ゼロよりもなんらかのプラスになるのは良いことではないか。改革を妨げているのは、既得権があるからというよりも、既得権を認めないからではないだろうか。既得権は認められないと分かっていれば、あらゆる既得権益を隠し、どこに問題があるのかを分からなくしようとする。むしろ、既得権は認めるとしてしまえば、既得権益を明らかにして、改革を進めることができる


p177.元京都大学の赤井龍男氏(現ハイトカルチャ株式会社会長)によれば、下刈や間伐をしなくても森は育つという(以下、田中淳夫『日本の森はなぜ危険なのか』平凡社新書、2002年による)。自然条件にもよるが、下刈をしなくても、木は、雑草の中から育ってくる。赤井氏は、「間伐している木は、本来自然に枯死するか生長を止めてしまう分なんです。わざわざ伐らなくても、植栽密度に関係なく自然に間引きが起こり、優勢木は支障なく生長します」という。そもそも、日本の伝統的林業は間伐などしなかった。ヘクタール当たり3000本植えて間伐するようになったのは、戦後、この本数なら補助金が出たからだという


p184.では、本当に科学技術は成長に結びつかないのだろうか。私はそうは思わない。ただし、科学が成長に結びつくのは、もっと深甚な経路を通ってである。イタリアにいたガリレオは、地動説を説明した本(『天文対話』岩波文庫)をイタリアで出版したが、次の著作、科学を仮説、演繹、帰納的実証という方法によって基礎付けた本(『新科学対話』岩波文庫)は、ローマ法王の権威を恐れ、オランダの出版社から発刊した。オランダは17世紀、目覚しい経済発展を遂げていたが、地動説や科学的思考が、直接、オランダの経済成長をもたらしたとは考えられない。ただし、権威によらず自分の頭で考えること、客観的な真実はローマ法王の教えよりも尊いとオランダ人が考えていたことは確かだ。科学的発見がオランダを豊かにしたのではなくて、豊かなオランダには合理精神が芽生えていたから、ガリレオの異端の説を受け入れ、科学的精神を見事な論理で表現した書物の価値を認めたのだろう。地動説に対して、地球が丸いという地球球体説は、スペインとポルトガルに莫大な富をもたらした。ポルトガルは、地球が丸いという科学的仮説を信じて、コロンブスというイタリア人に資金を提供し、それゆえに、スペインとともに新大陸の黄金を独占することができた。新大陸のインディオにはとてつもない災厄だったが、スペインとポルトガルは莫大な富を得ることができた。地球球体説と地動説は、どちらも科学が明らかにしたことだが、それが経済に与えた影響は異なっている。地球球体説は富をもたらしたが、地動説はなんの富ももたらさなかった。しかし、略奪によって栄えたスペインとポルトガルの繁栄は続かなかったが、地動説と科学的精神の価値を認めたオランダの繁栄は続いた。もちろん、人口の少ないオランダには、海上貿易の富を独占することも、植民地帝国として栄え続けることもできなかった。しかし、海上貿易の富の過半をイギリスに譲った後でも、スペインやポルトガルとは異なって、オランダは豊かな国であり続けた。地動説は富をもたらさなくても、権威によらず自分の頭で考え、事実を観察して、真実を発見しようという科学的精神が、オランダが豊かな国であり続けることを可能にした。オランダは科学の国でもあり続けた。オランダのノーベル賞受賞者四人(うち、平和賞、が1人、経済学賞が2人、残りは物理・化学・生理学医学である)に対して、スペインは7人であるが、うち5人が文学、2人が生理学医学である。オランダの経済学賞の受賞者はクープマンスとティンバーゲンであり、経済学に数理的、計量的、政策的思考を持ち込んだ人だ。その考えはオランダの資産ではなくて全世界の資産だ。経済停滞に悩む日本が使おうと思えば無料で使える考えだ


p206.軍人の給料は安かったが、10年に一度は戦争があって、そのたびに華族様が生まれるというわけだ。職業軍人とは、制度が博打である公務員と考えた方が良い。軍功と関係なく、そのときのポストで華族になれるか否かが決まる。そのばからしさは、軍人も自覚していた。少将で従軍すれば途中で中将になり、ほとんどが華族になれた。戦場から妻に、「生きて帰れば男爵夫人、死ねば浮気な後家となれ」と書き送った少将もいたという。粋な軍人もいたものだが、無事、男爵になった。太平洋戦争が日本の敗北でなく終わっていたら、当然に軍功華族が大量に生まれただろう。軍隊という組織は、極めて運営の難しいものである。死ぬ気で戦わなければ戦争では勝てない。しかし、死ななかった軍人が出世して栄達を得る。中国軍は、この仕組みが分かっているから、誰も本気で戦わなかった。日本のナショナリズムはこの難しさをなんとか克服したが、中国にはこれができなかった。しかし、日本の際限のない野心が、中国の屈辱感を最大限に高めたとき、これが可能になった。一方、日本の軍隊は、死ぬ気で戦うという部下の我儘を認めざるを得ない組織になっていく。満州事変以来の日本の歴史は、派遣部隊が本国の許可を得ず戦線を拡大するということを繰り返す。派遣部隊にしてみれば、そこに利権があり、戦争が栄達への道ならば戦線を拡大しようとするのが当然である。本国の許可を得ず満州事変を引き起こした関東軍司令官本庄繁大将は、満州国建国の功をもって男爵となる。ピーター・ドラッカーは「会社の精神は、会社が上級の地位につけるために選び出した人々によってつくられるのである。まったくのところ、いかなる組織体においても、唯一のほんとうな『コントロール(管理)手段』は、人事の決定、そして、とりわけ、昇進の決定である。昇進の決定は、その組織体が本当に信じているものはなにか、本当に望んでいるものはなにか、どんな立場をほんとうにとっているのかを証明している。昇進の決定は、言葉よりも雄弁に物語り、いかなる数字よりもハッキリと事態を明らかにしている」と書いている(『創造する経営者』328頁、ダイヤモンド社、1964年)。戦線を拡大することが、日本の精神であったのだ


p214.人聞が平等であり、どんな人であれ、人々の権利を保護しなければならないという思想は、商人たちの世界からも生まれてくる。文楽と歌舞伎の傑作、「義経千本桜」で、船宿の主、渡海屋銀平は、船待ちの順番を無視して船を出せと迫る鎌倉方の武士に、「一夜でも宿泊すれば商い旦那様」、自分の客は平等に扱うのが宿主の務め、船待ちの順番を崩すこと、女に乱暴するなどは許さぬと見えを切る。お侍様方の刀は他人の狼藉を防ぐ道具で、それゆえ武士の武の字は戈を止めると書くと説教した上に、切りかかる鎌倉武士の刀を奪ってみね打ちにする。見物の町人たちは喜んだに違いないが、文楽・歌舞伎独特の不思議な作劇術によって、渡海屋銀平、実は平知盛であるから、江戸幕府もお咎めなしということなのだろう。何しろ、知盛は「見るべきほどのことは見つ」と言って壇ノ浦に沈んだ平家方最大のヒーローなのだから


p217.しかし、幸福追求の権利とは何だろうか。自由は分かる。平等は、当時の状況から考えると、結果の平等ではなく、機会の平等であるだろう。だが、幸福追求の権利とは何か。それは、私的所有権の尊重を意味する。なぜかと言えば、アメリカ各州の憲法に、自由、平等、そして財産の獲得と保護の権利と書いてあるからだ(『アリステア・クックのアメリカ史(上)』174頁、NHKブックス、1994年)。財産を持つ権利では、あまりにも率直なので、独立宣言では幸福追求の権利としたのだろう


p226.世阿弥は天才である。探幽もまた天才である。狩野派の人々の、天才ではない子孫たちに、お抱え絵師としての繁栄を引き継ごうとした必死の思索を貶めることはできない。日本もまた、反映を引き継がなければならない国だ。教育とは、型を教えながら天才が表れるのを待つことではないか。狩野派は「型」への過剰適応によって滅びたが、その最後には最初の近代日本画家である狩野芳崖を生むことができた。それどころか、伊藤若冲や喜多川歌麿のような天才を生み出すのに、型は邪魔にはならなかった。狩野派の衰退は、型を目的とし、天才を評価できなかったことにある。しかし、日本の画家は、狩野派の型が西洋絵画からの挑戦を受けたとき、その型を突き抜けることによって挑戦に応じることができた。江戸時代の人々が型と自由の意味を理解していたからこそ、明治の日本は西欧文明のもたらした新しい「型」にも対応できたのではないか


p239.蒲田駅前のような場所はどこにでもある。当然、駅周辺の地主は金持ちで何も困っていない。目立つと損をすると思っている金持ちも多い。しかし、発展する場所もある。二子玉川、川崎、武蔵小杉、品川のように、あるいは、丸の内や渋谷のように、さらに発展しているところもある。地主が少なく、土地が企業によって所有されているところだ。ピルや駅の格が高まれば、さらに自分の所有している他の土地の価格も上がる。そうでないところの地位は低下していく。経済的にも技術的にも世界トップクラスと思っていたが、いつのまにやら上位集団の下あたりになっている日本と同じで、知らぬ間に沈んでいく。結局、土地をただ一人で(少数でも良いが)所有し、その所有者が企業家精神を持っていることが大事だ。今からそうすることは不可能だと、多くの人が言うだろうが、近似的にそうする方法がある。本来、地方自治体がすべての土地の所有者であるように振舞うことが、都市を発展させることになる


p245.1870年の都道府県別の人口を見ると、新潟が一番だった。江戸時代の経済は農業が主力だったので、米の収穫量の多いところに経済力がある、そこに人が集まるので、新潟の人口がトップだった。ところが、新潟の順位は、低下していく。農業が経済の中心である時代には、生産物は土地の広さに制約されるので、人口は必ず分散する。地方は、自分たちの富を中央政府に奪われたくないので、本気で地方分権を唱える。ところが、工業化によって土地の広さと関係なく富を築くことができるようになった。明治以来、大阪、東京の人口順位が上がっていく。うまくいくところと、いかないところができて、うまくいかないと人口が減って立ち行かなくなる。そうなると、地方分権をしても解決にはならない。工業化で人口移動が起きると、貧しいところは助けてくれと中央政府に頼むようになってくる


p249.現在の憲法をマッカーサーの押し付け憲法だという人はいるが、現在の税・財政制度をシャウプ博士の押し付けだという日本人を私は知らない。皆が望んでいたことをアメリカから来たシャウプ博士が実現してくれたと多くの日本人は思っていると、私は思う。つまり、工業化による人口移動で自分の地域が取り残されてしまうのではないかという不安に対して、シャウプ博士が、中央からのお金でなんとかするという仕組みを作ってくれたということだ


p258.しかし、街の美しさにしろ、経済活性化にしろ、うまくいかない理由のうちで最も重要なのは、日本全体のやる気のなさかもしれない。仕舞屋(「しもうたや」、なまって「しもたや」とも言われる)という言葉がある。広辞苑によれば、元商店だったが、その商売をやめた家、金利や資財の利潤で裕福に暮らしている家、転じて、商店でない普通の家、とある。日本全体が、意味が転じる前の仕舞屋なのかもしれない。駅前商店街がシャッター通りになっていることが問題とされているが、そこに住んでいる人は案外困っていない。過去に儲かった時があって、その時に得た財産で老夫婦なら暮らしていける。あるいは、郊外のショッピングモールに店を持っていて、駅前の店で収入がなくても困らない。そうなれば高く売れるのに、貸せば営業権や補償など面倒なことが起きる。シャッターを閉めておくのが一番だとなる







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