長田庄一「バブル獄中記」幻冬舎

公開日: : 最終更新日:2013/01/15 おかねまわり, 書評(書籍), 有罪判決



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本人の手記の部分をメインに、本人の足跡をたどる無名の解説文が各章の冒頭におかれている


一人の特殊な被疑者に対する取り調べや拘置の記録として極めて面白い。対象期間は、逮捕直前から公判開始まで。逆にそれ以外の参考にはなりにくい


情のところは共感できる。若いときの従軍経験と現在の境遇との比較、あとは蚊やゴキブリとの戦いの記述が多すぎる気はするけど。また、識の部分も、読書家と見えて、「空気の研究」とか、「国策捜査」とか、彼の気持ちを表現するに似つかわしいキーワードも登場する。しかし、知の部分はあまりピンと来ない(どころか、ひどい)


だから、各章冒頭の解説文により、本人のここに至る経緯や事件の概要についての補足が必要だったのだろう。そうでなければ本にもなりにくい


当時としてかなり話題になった事件であり、タイトルと著者だけ見れば、読んでみようと思う人は少なくない。私もその一人。さしずめレクイエムや墓碑銘って感じかな




p9.「会長、形式犯だから、ともかく幕を引いてくれ。東相銀(東京相和銀行)の捜査は刑事が何十人で1年間もかかったが、何も出てこない」と、ぼやいている


p10.「当行が国民の税金をたくさん使う破綻になった。そのことは事実だ。それで誰かを代表にその申し開きをさせる、ということなら、この私が会長だからいちばんよい。だがね、言っとくが、私は銀行なんか潰していないよ。私にそんな覚えは何もないよ。銀行を潰したのは金融監督庁だ。その内容を知りたいか」と言うと、刑事は、「銀行が破綻したことを罪名にするのじゃない」「じゃ、何だ」と、聞き返すとまた、刑事は同じことをぶつぶつ繰り返し、いつまでたってもラチがあかない


p11.「じゃ、まあ、取調書は貴君たちの好きなように書いておけ。みんなオーケーにしてやる」(これは後で弁護士先生に、目の玉の飛び出るほどきつく叱られた)と言うと刑事は喜んで、下手な字で何か訳のわからんことを用紙いっぱいにゴテゴテ書いて「サインを……」と差し出してくる。読んでみても、何がなんだかよく分からない。が、根負けして黙ってサインをすると、主任の刑事が言い訳でもするように「警視庁は形式庁だから」とかなんとか呟きながら、黙って観察している私に使ったこともないような真新しい手錠を遠慮しがちに差し出した


p14.私ども日本人は、とかく長いものには巻かれろ式だ。特に軍隊生活で戦場経験などのあるものはこんなとき、いつも偉そうに格好をつけたもの言いをする、というか、理屈をつけて、自分にとって不利な運命も簡単に達観し、その場の現実に目を瞑る。つまり、”敗軍の将、兵を語らず”なんて、自分のマイナスを格好よく見せるために理屈をつけ、本人もそれを納得してしまうのだが、おかしなことである。理由もないのに一人で責任をとって満足し、戦時中なら、さしずめ、それで大義、今なら社会的責任とかで、罪をあっさりかぶって終わりにする。不合理で悪いところだ。無条件で調書にサインをした自分を恥ずかしく思う、と同時に、今晩はこのことを先生にしっかりと叱られた


p17.7時ごろ、独房に入るが、入口の係員から「ここでは、きょうからおまえは番号で呼ばれる。名前は一切使わせない」と念を押された。これからおまえか、やれやれ……


p25.それにしても私のピアノのことなど、銀行でもどこでも、あんまり他人には知られていないことなのに、どこで知ったのか。”何でも知っているぞ”という、当初に放つ検事一流のジャブの一発、常套手段か。そうかもしれない、油断はできない


p32.「供述調書は本人が書くものでしょう。勝手に作成した文章をワープロ打ちまでして、サインをと迫られるなんておかしい。私も字は書けますよ。私の供述なんだから、その調書は私が書く」と言うと、相手は黙って、何も言わない。それに、そのワープロ書面は何枚にもわたっていて分厚い。このため、「私が仮にサインをするとしても、この調書の前後のページのつながりの、その契印はどうするつもりか。これでは誰かの都合で、いつか別のものにすり替えられても分からないのでは……」と言うと、検事は、「私を信用しないのね」と、これも芝居か、眉をつり上げて、ますます激しく怒り出す。話にもならない。「こんなところで検事なんか、信用できるか」と言いたいが、それは言えない。言ったらおしまいだ。また、私が黙っていると、その間にもちくりちくりと、「ご長男は銀行で代表役員の一人でしたね。だが、私たちは今回、彼をここに入れなかった」とかなんとか、恩着せがましく人の弱いところを突いてくる。心理作戦である。昔の軍隊の憲兵と同じだ。親、子供を引っ張り出して、「認めなければ、お前の郷里の役場に、この事実を知らせるぞ。親、兄弟は国賊になる」と、言うことを聞かない兵隊に、よく憲兵はこんなことを言っていた。それにはこちらも反論できない。いつまでたっても、だんまり戦術。どこの大学を出たのか知らないが、大学を出て、検事になるための難しい試験もパスし、現職についた頭のいい女性だろう。だが、頭と教養は別のものだ。この御仁、どうも少し気が強い。検事には向いているのかも


p54.長田庄一は全国の地方銀行経営者においては極めて異色の存在だった。旧大蔵省や日本銀行から天下った東大卒のエリート頭取が主流を占める地銀のなかで、長田は閨閥とも学歴とも無縁の、とくいえば「立志伝中の人物」、悪くいえば「成り上がり者」だった


p57.夕食は4時30分。夕食が外部より早いのは、職員が5時に帰るため


p65.きょうから外部の本の差入れがある。早速、田島先生に司馬遼太郎の『翔ぶが如く』をお願いする。大変な長編もので、出るまでに読み切れるかどうか分からない。だが、こんなときこそ本でも読んで、この長い道中を乗り切ろう


p67.差し入れ弁当は、拘置所前にある指定の弁当屋(たいがい所員のOBが経営しているらしい)から届いたものだ。服飾はあまりうまくない。が、御飯だけは、おいしい白米、日の丸弁当。拘置所から支給される官食は、朝も昼もアルミの弁当箱で麦飯。まだ1回も食べていない


p70.「警察だ。特に世話になっている赤坂署と池袋署、それに碑文谷署、これは毎年だ。行かなくても向こうから取りに来るよ。お正月の武道会のお酒代だ。何十年間も続いている。恒例だな」「赤坂、碑文谷は銀行の本店と会長の自宅のあるところだから、よく分かる。だが、池袋は?」「三カ所だけではない。当行にはあなた方のOB署長が何人もいる。だから、本庁の総監室にも挨拶に行く。それに池袋は昔、当行の本店のあったところだ。それから……」と言って、さらに言い継ごうとすると、年配の刑事が私の話を両手で遮って、「そうですか……」と言うと同時に、いきなり取り調べを中止して口を閉じ、何事かを考えながら私の目の前で、取調室の机の上にガバッと手を突き平身低頭、平蜘蛛のようになり、「いつもお世話になっております」と言いつつ、私の後ろを歩いている若僧に「座れ」と指示し、私に刑事自身の書面を見せ、「ここから先は全部消します」と。後は「私も定年が近いので、そのうちに会長のご厄介になるかもしれない。そのときはまたぞうぞよろしく」と雑談になり、それが終わると、2人はバツの悪そうな顔をして立ち上がり、後ろも見ずに帰っていった


p80.検事は最後だから態度を硬化させて、後は目を剥き、腕を組み、女性としては最も醜い、夫婦の口喧嘩のような態度と言葉で迫ってくる。見られも聞かれもしたものじゃない。馬鹿だ、ぼけている、これでよくも50年間も銀行の会長が務まった、と。いくら検事の職業的な手法だとはいえ、罵詈雑言の言いたい放題。礼儀も恥じらいも何もなく、ただ、口から出まかせの悪口だけ。検事は、当初の計算が外れたものだから憎しみ百倍、この80ジジイにテーブルを叩いて夜店のバナナの叩き売りよろしく、使いなれた啖呵と戯言、泥棒を罵るいつもの怒声か、これを躍起になって浴びせかける。だが、当の私は何の反応も一言もない。そんなことには一人で黙ってどこ吹く風。以上のようなことは、言うだけなら問題はない(拷問にもならない)。仕事とはいえ、40代の女性が、戦場を4年、戦後を50年も生きてきた立場の弱い老人に向かって言う言葉としては場所を心得ていない。よくこんな言葉をこんなところで平気で使えるものだと、逆に感心する。いやしかし、だからこそ彼女には、ここの仕事が務まるのか。本当の教育を受けた人かどうか、それは知らぬが、それらの言葉は、いくら職業でも常軌を逸していて聞き苦しい


p83.銀行の経営者ということから甘く見たのかもしれないが、そうだとしたらとんだ見込み違いだ。私は高名な大学などを出たサラリーマン社長ではない。戦場帰りの78歳、自分で銀行をつくってここまで経営をしてきた事業人、戦後の焼け跡から這い上がった最後の男だ。東京という世界一、魑魅魍魎の金権亡者がウヨウヨしている都会のど真ん中で、金融をなりわいとして50年間生きてきた人間である。銀行だから、年寄りだからと甘く見ると、当てが外れる


p86.検事がありもしない嘘の供述を要求し、そのウソで作成した供述調書を裁判所に出す。そのために、私にその調書へのサインを迫る。応じなければ、あと何カ月でも勾留する。こんな汚くひどい話が、この21世紀も間近の日本でなぜ通るのか。不思議な国の法律である。「そんな嘘を私が認めると、私は自分自身で、現在の自分の存在価値を否定することになる。何のために60年前、戦場から生きて帰り、これまで仕事をしてきたのか、それすらも自分で分からなくなる。そんな、自分で自分の60年間を否定するようなことなど、少し大げさに言うと、自分の命を懸けてもできないことだ」 最後に、サインしたあとで検事に率直にそう説明すると、本当に分かったかどうか、おそらくこの検事には分からないだろうが、何かあきらめたか、力尽きたか、穏やかになり、「ここを削ったのでは、この事件は意味がないわ」などと独り言を呟きながら、私の述べたとおりに指示したところを全部消した。検事も好きでやっていることではないと思う。国策捜査だということも分かっている。苦しい仕事だ。それにまた、彼女は女性である。といって私には、ここでそんなことに同情する義理は何もない


p114.今朝この汚いホースから出る水で顔を洗いながら、昔戦場から日本に復員したとき、池袋の知人宅で朝、コップ一杯の水で顔まで洗ったことを思い出した。あのとき、その家の女主人が、私の洗面する姿を垣間見て、「長田さん、なぜ、そんな少ない水で顔を洗うの。日本は物不足だというけれど、水ぐらいはたくさんあります。どしどし出して使ってください」と注意した。そこで私は「あっ、そうか。ここは日本か、水の悪い中国の戦場ではないんだ」と気がつき、翌日から水道の水をジャンジャン使って顔を洗い出した。習慣とは恐ろしいものだ。ここに来てからよく昔の戦場にいた時代のことを思い出すが、なぜだろう。環境が似ているのか


p211.「今晩は、このホテルの清潔なベッドで4カ月ぶり、目が覚めるまで眠っていられる」と思ったら、110日間の疲労がいっぺんに出て、ベッドに倒れこむなり前後不覚。その後はすべてが夢の中




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