内田貴「民法改正-契約のルールが百年ぶりに変わる」ちくま新書

公開日: : 書評(書籍)



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最近の民法改正の動きを正当化する立法事実の説明を行っているもの。実はこの本を読むまで民法改正の必要性については疑問を感じていたが、それを改めさせられた。著者が大学教授の地位を擲ってまで、民法改正に精力を傾注していることに感動。現行民法の経緯をここまで整理して説明してくれることを、この新書一冊だけでも一通り示されることで、安心を感じる


この日本民法の歴史を知ることが、この本の楽しみである。民法の編纂者の3人、穂積、富井、そして梅の3人とも、当時30代だったということに驚くとか。短期消滅時効はフランスの文化に根ざすものであり、日本にしっくりこない制度であったとか


当時、立法を拙速に進めた事情があった以上は、その事情が解消された暁には改めるべきところを改めるのはいうまでもない。しかし、そういうのって「喉元過ぎれば熱さを忘れる」というありがちな状況で100年くらい経ってしまったのだと。それでなくても、どのようなものでも、その時代に合わせた見直しと、それを踏まえた修正が必要な部分が出てくるはずだ


統一に向かっていく取引法の性質が感慨深い。フランスの民事法の統一の話、ドイツでは国家の統一に先だって民事法が統一されていたとか。また、米国では統一商法典という形で、「民」でなく「商」と表現されて動いているのが示唆的。このことから、やっぱり国内法だけで足れりとせず、国際私法を知る必要があると痛感




p022.現在拘束力を持っている法律で、民法より古いものは5つしかありません。最古の明治17年の「爆発物取締罰則」(太政官布告第32号)など一応改正によるメンテナンスがなされているもののほか、明治22年の「決闘罪ニ関スル件」(法律第34号)のように、もはや適用の機会がなくなったと思われていたのに、近年、暴走族の抗争に適用されて注目されたものもあります。しかし、いずれにせよ国の根幹を定めるようなものではなく、民法のように国の根幹を定める法律の中核部分が、100年以上ほとんど改正もなく存続しているというのは異例です。ちなみに、国の根幹を定めている法律としてまず思い浮かぶのは、いわゆる「六法」と呼ばれる法令です。六法とは、まさに国の根幹を定めている主要な六つの法典を意味し、憲法・民法・刑法・商法・刑事訴訟法・民事訴訟法です。フランスでは、ナポレオンが法典編纂を終えた1810年の時点で、民法・刑法・商法・民事訴訟法・治罪法(刑事訴訟法)の5つの法典があり、その中に当時のフランスで効力を有する法のほぼすべてが集約されていました。日本ではそれに憲法を加えたものが六法と呼ばれ、転じて法令の総体といった意味となり、「六法全書」という名称にも使われるのです


p029.権利の侵害者を常に想定するところが、民法の特色です。なぜなら、民法は、侵害に対する救済手段の体系だからです


p034.なぜだか理由はわからないけれど、AがBに100万円支払う合意があると主張されたとき、裁判所はその履行の強制を認めるかというと、通常は、そのようなことは認めません。まずAB間でどのような契約が結ばれたのかが探られ、13種類の典型契約にあたらあなくても、社会的に確立した契約の類型を法的に認定して、たとえば、「これはファイナンス・リース契約である」とか「フランチャイズ契約である」といったあてはめをするのです


p040.パンデクテンとは、ローマ法大全(ユスティニアヌス法典)の中の学説集のドイツ語名です。19世紀のドイツ法学は、これに依拠しながら近代的な精緻な法体系を作りあげました。そのため、この体系的理論をパンデクテン法学といい、その理論体系に基づいて作られた民法典の構成をパンデクテン方式と呼ぶのです。このような編成を採用すると、一般的規定が頭に来て特殊な規定があとに来るという具合に民法が体系的に整理されます。他方、一般的といことは抽象的ということでもあるので、素人が民法をはじめから読んでいっても抽象的すぎてさっぱりわからないということになります。また、現実の法律関係と規定の配列がうまく対応していない、という欠点もあります。たとえば売買に関する規律を知りたいとき、民法の売買の節だけ見ていたのではだめで、すぐ前にある契約総則の規定を調べると、契約一般についての関連する規定がある。さらに手前の債権総則には債権に関する関係規定がある。そして民法総則を見ると、意思表示についての関係規定がある、という具合です。このような方式は、ドイツの影響を受けた立法に見られますが、国際的には少数派です。多くの国の民法典は、ローマ法大全の中の法学提要(教科書でありながら法としての拘束力を持ちます)と呼ばれる部分の構成に準拠して、人の編・物(所有権)の編・行為(契約等)の編に大きく分ける編纂方式を基本としています


p046.法的プラットフォームの基礎ができたのは、古代ローマ法であり、それ以来2000年以上の歴史の中で、徐々にルールが整備され、自由主義社会の中で、ヨーロッパ大陸法と英米法というふたつの大きなグループが形成されました


p051.世界の民法典の歴史は、実際上、フランスのコード・シヴィル(Code Civil 1804年)とともに始まるといってよいでしょう。ナポレオン法典とも呼ばれるこの法典は、フランス人にとって、フランスの国民精神の象徴であり、憲法以上の存在でした。実際、フランスにおいては、憲法はフランス革命の際に制定された1791年憲法以来、15回に渡って変更され、東京大学の北村一郎教授の言葉を借りれば、それは、「法律家にとっての≪根本規範≫と言うには程遠く、長きに亘って革命またはクゥデタによって樹立された権力が自己を定義する政治的文書にとどまってきた」といわれます。これに対してフランス民法典は、市民社会の根本規範として君臨してきました。この民法典ができる前の、いわゆるアンシャン・レジーム(旧体制)期のフランスは、慣習法が支配する北部地域と、ローマ法の影響を受けた南部の成文法地域とに大きく分裂していました。しかも、北部慣習法地域では、村や町ごとに異なる慣習法へと分裂していたのです。この中でパリ慣習法は有名です。18世紀フランスの哲学者ヴォルテールは、「馬を替えるたびに法が変わる」と言っています。馬車で旅をすると、馬を替えるごとに適用される法が変わったというのです。このような法の分裂が、封建制から近代へと移りゆく時代にあって、不都合なのは明らかです。そんな中にあって、ローマ法は、11世紀末にイルネリウスという学者がイタリアのボローニャ大学でローマ法研究を学問的に再興して以来盛んに研究されて、精緻な概念と論理の体系を作り上げていましたので、当時の分裂状態を解消するにはローマ法を使うのが便利であることは明らかでした。しかし、フランスの王権は神聖ローマ帝国との対抗上、ローマ法を公然と国内法としたくはありません。そこで、王令によって法源の適用に順序をつけ、まず第一に王令、第二に慣習法、そして該当する法源がない場合にはローマ法を補充的に適用すべし、として、慣習法の公式編纂を命じます。他方、学問的には、数世紀にわたり、ローマ法をベースとしつつ法の体系化が図られました。フランス民法典は、これらの成果の上に成立したもので、とりわけ18世紀の学者ポティエの影響は圧倒的であったといわれます。極端な例としては、契約の解釈原則の規定など、ポティエの概論書の一ページをまるごと引き写しにしていると、北村教授は指摘しています。フランス民法典は何よりフランス革命の産物であり、とりわけ、実際の法典の審議の際、会議の半数程度にはナポレオンが議長として参加して、学者的なわかりにくい規定を明晰な条文に書き直させながら審議を進めました。このため、コード・シヴィルはフランス人にとって文化遺産ともいえる象徴的な文書となったのです。しかし、市場という観点から見るなら、市場取引が活発になり国内市場がひとつに統合されていく中で、フランス民法典は、国内の法の分裂状態を解消し、国民国家の国境線で表された統一市場の中の契約ルールと統一するという政治的役割を果たしたのでした


p054.ドイツ圏を構成する国々では、ドイツという統一国家が形成される前である1861年に、商取引に適用される統一法を作り上げました。これが「一般商法典」と呼ばれるもので、国家統一前に法の統一が実現されたのです。ドイツ国家の統一後に編纂された民法典は、先行している一般商法典の中の契約に関する一般的な規定を引き抜く形で作成されました。ここに見られるのは、市場が統一されると、国家の統一より先に取引に適用される法の統一が求められる、という現象です


p56.1952年にUCCの最初の版が現れたとき、それは、単に50州のためのモデル法というにとどまらず、イギリス法からアメリカ法が完全に自立したことを内外に宣言するものとなりました。同時に、それは新たな法のブランドの誕生でした。フランス民法もドイツ民法も、民法を作ろうとする世界の多くの国々に大きな影響を与え、いずれも、まさに民法の老舗ブランドといってよいのですが、アメリカのUCCも、その質の高さとオリジナリティーによって、新たなブランドの確立といってよい評価を獲得したのです


p057.自由法運動とは、フランスやドイツで、19世紀から20世紀への変わり目の時期に盛り上がりを見せた法思想のひとつで、法律の条文から論理的演繹によって裁判の結論が導かれるという観念が幻想であると批判し、結論を導いている本当の根拠は、法論理以外のところにある、と主張します。ルウェリンは、このような思想のアメリカにおける中心人物の一人となりました。UCCも、ルウェリン的リアリズム法学の香気を漂わせているといわれます


p057.たとえば、UCCは信義誠実の原則(英語ではグッド・フェイス good faith)を重視しますが、英米法ではもともとグッド・フェイスは単に正直であること(法的には、ある事実を知らないこと)という意味で用いらられることも多いのです。しかし、ルウェリンは、「公正な取引についての商業上の合理的な基準を遵守すること」(”the observance of reasonable commercial standards of fair dealing in the trade”)という意味で定義しています


p069.フランスでは、このような反論の展開と同時に、だめな制度だと指摘され、国内でも確かにそうだと考えたものについては、即座に改正をしました。たとえば担保法は、すでにフランスでも1804年の民法典ではとうてい現代の金融取引に対応できないと考えられており、2006年に民法典に新たな編を付け加えるという形で、担保法の全面改正が行われました。また、フランス人自身「混沌」と評していた民法典の時効規定は、2008年に全面改正されました。それまで消滅時効と取得時効を一緒に規定していましたが(日本民法もこの発想を継受しています)、もともと両者は沿革的にも機能的にも全く異なる制度ですので、改正により完全に別の章に分けて規定されています


p073.この条約に日本は2008年になって加入し、翌2009年8月から日本でも発効しました。これにより、日本企業が条約加盟国の企業と結ぶ国際売買契約には、当事者が合意で排除しない限り、ウィーン売買条約が適用されることになったのです


p083.フランス民法典の翻訳は、箕作麟祥という語学の天才に命じられました。よく引用される有名な話は、江藤が、「誤訳もまた妨げず、唯、速訳せよ」と命じたことや、さらには、日本の民法典を作るには、「仏蘭西民法と書いてあるのを日本民法と書き直せばよい」と言ったとか、言い伝えられています。箕作麟祥はその後、法政大学の前身の和仏法律学校の校長を務め、また貴族院議員、行政裁判所長官なども歴任した大物学者ですが、その死後、知人の実業家清水卯三郎は麟祥について、「まあ何の事はない、翻訳をしにこの世に生れて来たやうなものだ、もう少し早く生れたら、旧幕の時に好い所に用ゐられましたらうが、時が悪かつたかして、あの人の骨を折つたことが、其割合に世間に知れて居ませぬ」と述べています


p085.ボワソナード草案をもとに日本人の委員による日本語の民法草案の準備が進行しますが、これが猛烈なスピードの作業で、1日15カ条というノルマがあり、準備作業のための規則には、「法理の得失、実施の緩急、文字の当否は、之を論議することを許さず」という定めまでありました。つまり、ほとんど翻訳だけという作業だったわけです。それほど急いだ理由は、1890(明治23)年の国会開設前に完了しないと、国会にかけなければいけなくなり、そうなると法律になるまで何年かかるかわからないから、条約改正が遅れてしまうという政治的配慮がありました。こうして、いわゆる旧民法は1890年4月21日と10月7日に公布されました。第1回帝国議会の招集はその年の11月25日のことです


p087.当時、穂積はすでにイギリス、ドイツ留学を終え新設の東京大学法学部長や貴族院議員を経験した法学界の重鎮でしたが、起草委員に任命されたとき37歳。富井もフランス留学を経て東京大学法学部教授となり、貴族院議員にもなっていましたが、ときに34歳。梅にいたっては、司法省法学校を首席で卒業し、フランス留学でめざましい成績を修めて帰国し、ただちに東京大学(当時は帝国大学と名称変更されていた)の法科大学教授となった秀才ですが、まだ32歳でした。若い国家の若々しい俊英たちが、近代国家の象徴としての民法典編纂を担うことになったのです


p090.この民法典は、モデルとした母法国の民法と比べて大きな特色がありました。それは条文の数が極端に少ないということです。日本の民法は、戦後の家族法改正の結果、最後の条文の番号が1044条になっていますが、制定当初はもう少し多くて1146でした。しかし、日本がモデルにしたフランスの民法はというと、最後の条文の数は現在の数字で言うと2488、ドイツ民法の場合は2385で、いずれも日本民法の倍以上の条文数があります(枝番号が付いているので実際の条文数はさらに多くなります)。フランス、ドイツ以外の国になると、もっと条文数の多い民法を持っているところは少なくありません。つまり、もともと民法という文化が発想した地であるヨーロッパの民法というのは、われわれの日常の生活に必要なルールがある程度は書き込まれているために、条文数もそれだけ増えるわけです


p091.このような方針は、もちろん、それなりに理解できる面もあります。大急ぎで法典を作る必要があったことに加えて、日本は、近代化に向けて社会が大きく変動している時期であり、民法の規範にできるような安定した社会的慣習を抽出することには無理もありました。このため、細かな規定を作ろうとすると、結局は全部西洋から輸入せざるをえないわけですが、ヨーロッパの細かな条文をそのまま持ってきても、日本の社会にうまく合わなくてすぐ改正しなくてはいけないということになっても困ります。そこで、細かな条文を全部落として、原則だけ、それも非常にシンプルに書くという方針が採用されたのです。このような方針の結果、ボワソナードが、西洋式の法学になじみのなかった日本人のために、まさに教育的見地から多数用意していた定義的、説明的規定がことごとく落とされてしまいました。西洋法学を完全にマスターした超エリートたちの矜持もそこに見るべきかもしれません。しかし、同時に、法典の名宛て人から、一般国民が完全に抜け落ちてしまったのも事実です。このたびの契約法改正に対して、条文数が多くなるとわかりにくい民法になるとの批判がなされることがあります。しかし、もともと条文数の少ない日本民法の条文が多少増えたからといって、民法の内容がわかりにくくなるわけではありません。むしろ、日本民法の成立の経緯を考えれば、書かれていない必要なルールを整備していくことこそ、「わかりやすい民法」へとつながるのだと思います


p094.鳩山由紀夫元首相の祖父は鳩山一郎元首相ですが、その弟が鳩山秀夫です。当時、賢弟愚兄などといわれたそうですが、その兄が首相になったわけで、弟がいかに優秀であったか、ということです。その鳩山秀夫が若くして、ドイツの理論をもとにした精緻な解釈論の体系を作り上げます。日本の民法の条文は少なくとも半分くらいはフランスに由来していますが、条文は横に置いておいて、条文を読んだだけでは絶対に出てこないドイツ式の理論が解釈論の名のもとに精緻に体系的に作り上げられたのです。これは日本のユニークな点です


p094.歴史的には、法典ができると、立法者が解釈を禁ずることは珍しくありません。判断基準はすべて書いてあるから、勝手な解釈をするな、というわけです。しかし、日本の民法は、もともと解釈なしには適用できないほどシンプルで、しかも、初期の段階から、条文に書いてあることと解釈論が乖離していました。条文はフランスからきているが、解釈論は、異なる条文を前提としたドイツから来ている、ということが珍しくなかったのです


p095.その後鳩山は、東大の同僚の末弘厳太郎から、横書きのドイツの理論を縦書きの日本語にしているだけだと、厳しい批判を受けてたいへん悩み、結局学者を辞めてしまい、そのあとは衆議院議員になったり弁護士をしたりしました。ですから学者として活動した期間はそれほど長くはないのですが、しかし大正年間は、「民法といえば鳩山、鳩山といえば民法」と言われるくらい有名な理論になりました。鳩山が同僚から比較を受けて、おまえの法学はドイツの焼き直しだと言われて悩んだときに、自分の家に住み込んでいる書生の手を取って、涙を流したというのですが、そのときの書生が我妻栄で、我妻はその後東京大学で鳩山の後を継いで、我妻理論と今では呼ばれる非常に精緻な解釈論を完成させます。これがその後の日本の解釈論の基礎になっています


p110.ある地方裁判所の所長に聞くと、裁判員になる前と経験した後とで一般の人の法に対する感覚が別人のように変わると言います。何日間か自分で事件を担当して、被告人を目の前にして証人尋問をやったりして実際に裁判にかかわると、法に対する意識が変わる。こういう経験を積んだ人がこれから万の単位で毎年輩出されることになりますので、それによって日本社会の法に対する意識も変わり、その影響はまちがいなく民事事件にも及ぶだろう、とその裁判官は語っていました。したがって、国民の生活に一番密着した法典である民法典に何が書いてるのかわからないし、大事なことは書いていない。知りたければ弁護士や司法書士など法律専門家の所へ行きなさい、というようなことはもはや通用しないだろう。ルールがあるのになぜ法律にきちんと書いていないのかと思う国民がどんどん増えていく。そういう新しい法意識に対応できるような、国民のための民法が、今や求められているのです


p133.判例法国であるアメリカには、判例法を明文化したリステイトメントと呼ばれるルール集(法典のようなもの)があります


p136.M&A(企業合併・買収)の実務では、契約の相手方が提供した情報が正しいことが何より重視されますので、不実表示に対して契約の取消権を認めることはそれなりの合理性を持ちます。しかし、重要な情報が誤っていたことが、契約の履行が終わってしまってから判明した場合、複雑な合併のプロセスを全部取り消してもとに戻すのは当事者双方にとってコストが大きすぎます。そこで、そのような場合は契約の取消しは認めずに、損害賠償で処理するという合意があらかじめ結ばれることが多いといわれます。このような合意は、アメリカでの用語に倣って表明保証と呼ばれています。仮に、不実表示のルールが強行規定として明文化されると、効果としての取消権を排除するこのような合意が無効となってしまうのではないか、という懸念が表明されているのです。M&Aの実務に見られる表明保証の合意は、当事者双方にとっての無用なコストを回避するという合理性を持っているように思われますので、不実表示の明文化にあたっては、その合意の有効性を確保する方向での検討がなされる必要があるように思います。そして、それによって、現在は前述の錯誤のルールとの関係が必ずしも明確ではない表明保証の実務に、より明確な位置づけを与えることができると思います


p140.ドイツでなぜ過失責任主義がとられたのでしょうか。ある研究によれば、イギリスやフランスに比べて資本主義のスタートが遅れたドイツでは、資本家の自由な経済活動を促進しようという政策がとられ、一種の経済イデオロギーとして、過失がない限り責任を負わなくていいという過失責任主義が採用されたと言われています。しかし、ドイツからの学説継受を担った学者たちにとって、当時の世界最新かつ最高水準のドイツ民法に明文化された過失責任主義は、まさしく近代法の大原則であったわけです


p146.契約でどこまでのリスクを引き受けたかは、もう少し専門的に言えば、契約の性質に応じて、「契約の解釈」として導かれます。そして、日本の裁判所が行ってきた「契約の解釈」はたいへん柔軟なもので、そこでいう「契約」とは契約書のことではありません。「契約の解釈」においては、契約書に書いてあるかどうかは決定的なことではなく、その契約をした当事者の属性(企業か消費者かなど)、あるいはその契約がされた取引社会の常識や慣行、契約の交渉過程の経緯、等々のあらゆる事情を総合考慮して、債務者が引き受けるべきリスクであったかどうかということが評価されます


p152.なぜこのように職業や債権ごとに事細かな時効期間を定めなければならないのか、まったく理解できません。これらの規定は、旧民法を経由してフランス民法に由来していますが、フランス民法の規定も、合理的な理由に基づくというより、18世紀までのフランスの古い慣習に由来するものといわれます。かつての職業差別が背景にあるとも言われ、もはや維持する必要はないと思われます。すでにフランスでも2008年の民法改正で整理統合してしまいました


p156.時効期間が3、4、5年あたりに収斂しつつあるというのが、現在の国際的な状況なのです


p174.多くの顧客と契約を結ぶために、目的物、価格、納期などの契約の中心部分はともかく、周辺的な条件についてはできるだけ画一的な条件で締結する必要のある取引は、さまざまな領域に見られますが、とりわけ近年著しく発展したのが、ネット取引です


p175.約款は、19世紀の末にできた日本民法典の知らない現象です。約款という現象そのものが19世紀になかったわけではありませんが、約款という概念が現れ、そしてそれをめぐる問題点が盛んに議論されるようになったのには、特に20世紀中葉以降のことですから、民法典は約款という概念を知りません。そこで、新たな対応が必要ではないかということが議論されています


p179.個人的な例で恐縮ですが、私の約款体験をご紹介しましょう。普段は一消費者にすぎない私でも交渉力のある契約は、本の出版契約ではないかと思い、ある本を出すときに、出版契約書のある条項について不満だから変えてほしいと求めてみました。しかし、結局変えてもらえませんでした。「今まで全部これでやっていますから、先生だけそのように言われても困ります」と言われました。これが本来の約款なのだろうと思います。たとえたまたま契約条項を読んだとしても、約款による契約であることは変わらないのです。出版社としては、たくさんの本を出しますので、細かな契約条件についてはできるだけ画一的な処理をするほうが効率的であるのは間違いありません。もっとも、出版契約書は、日本では本ができてから作成することも少なくないようで(私の場合もそうでした)、その意味でも、伝統的な契約概念からは外れているともいえます。ところで、この体験をしたとき私は、交渉で負けたらからやむをえない、これに拘束されよう、とは考えませんでした。たとえこの条件で契約をしても、万一紛争になって裁判になれば十分効力を争うことができる、と考えていました。もちろん、その出版社との間で紛争になると考えていたわけではありません。現実には著者と出版社は信頼関係で結ばれていることが多く、そもそもトラブルになる前に話し合いで解決されることが多いと思います(その意味では法化以前の日本的契約の世界なのかもしれません)。しかし、純粋に理屈の問題としては、出版契約についての合意があるからといって、すべての条項に無条件に拘束されるわけではない、と私は考えていたのです。現実には、約款についてそういう意識を持つ場面は多いだろうと思います。こんな条項はおかしいと思うけれども、いざとなれば、いい弁護士をつければ何とかなるのではないかと思うことは多々あるわけです。このように、約款による契約は、当事者が合意をしてサインをしたからといって、当事者が契約に納得しているはずだという推定は成り立たず、合意という事実によって契約内容の合理性を担保することができません。そもそも、読まないことが普通なのです。そこで、契約法のルールによって、その点を補う必要が出てきます。これが約款のコントロールです


p195.民法が制定された当時の日本は、まだ近代的な銀行制度の形成途上にありました。民法施行前年の1897(明治30)年に金本位制が確立します


p196.現在のドイツ民法には、決済サービスについての30条近い詳細な条文が置かれています。べつにそのまねをする必要があるというのではなく、世界の民法は多様だということです。たまたま100年余り前に特殊な状況の下で大急ぎで作られた、自国の民法の姿を絶対視するのではなく、もっと柔軟な姿勢で、これからの日本にとって必要な民法典のあり方を考えるべきではないかと思います。すなわち、具体的な規定の必要性を吟味したうえで、それを民法に置くかどうかを実用的政策的観点で判断すればよいと思います


p205.419条3項は、この遅延損害金の賠償について、「債務者は、不可抗力をもって抗弁とすることができない」と定めています。金銭は、たとえ手元になくても借り入れなどで必ずどこかから調達できるものだから、不可抗力(戦争、動乱、大災害などが典型とされます)によって履行できなかった場合も、賠償責任を免れることができない、と立法者は考えたのです。しかし、阪神淡路大震災の際に、この規定が過酷にすぎることが感じられ、立法論として批判されました。そこで調べてみると、この規定は旧民法の規定を承継したものですが、諸外国にはこれほど厳しい責任を定めているところは見当たらず、ボワソナードの「創意」によるものだろうと言われています。そして、日本の解釈論の体系を築き上げた我妻栄は、「立法例としては特異のものであるが、その当否は疑問である」と述べていました。このような経緯を踏まえると、このたびの改正に際して、改めるべき規定のひとつでしょう


p216.充実した法務部を持つ大企業は、民法にルールが書かれていない現状で別に困っていないと言います。しかし、日本の企業の大部分は中小企業であり、法務部など持たない企業が多数を占めます。そのような中小企業にとって、現状では、基本的な民法のルールを知るためにも、お金を払って弁護士などの専門家に尋ねるか、または体系書などの書物を苦労して読まなければなりません。本来、条文の中に書かれているべきルールを知るために、それだけのコストがかかるのです。確立したルールを条文に書くことは、それらの法務コストの節約になります。それを金銭換算することは簡単ではありませんが、長い目で見ると、決して小さな額ではないことは想像できます。民法を改正すると契約書を書き換えなければならず、差し迫った必要もないのにそのようなコストを企業に強いることはすべきではない、といった反対論も聞かれますが、法務コストの節約だけでも、国全体として見れば、改正に対応する契約書書き換えコストをはるかに凌駕するメリットを生み出すはずです。さらに、一般国民が、確立したルールを容易に知ることができないということは、正義の実現が阻害されるという、正義のコストを生んでいることも知る必要があります。かつて、中世ヨーロッパでは、ラテン語で書かれたローマ法大全を各国語に翻訳することは、長らくタブーでした。似たような状況は、キリスト教の聖書にも見られます。ヘブライ語であれ、ギリシャ語であれ、あるいはラテン語であれ、聖書は聖職者達の独占物であって一般庶民の読めるものではありませんでした。マルティン・ルターがこれをドイツ語に翻訳し(ドイツ語に訳したこと自体はルターが初めてではありませんでしたが)、庶民に対して、聖書だけをよりどころとすべしと説いたとき、伝統的なキリスト教勢力は猛烈な弾圧を加えたのです。今日では、聖書は誰にでも読める書物として普及しています。聖職者、そこに何か書かれているかを知っていることで権威を得るのではなく、聖書を読むことのできる人びとを相手に説得的な解釈を施すことが求められます


p231.余談になりますが、契約法の改正について弁護士や裁判官などの法曹実務家と議論をしていると、「学者は実務への影響を十分考慮していない」と批判される実務家の方々が、きわめて学理的な(理論や体系を重視する)議論にこだわりを見せる場面にしばしば遭遇しました。そして、自分の頭にしみこんでいる思考様式と相容れない発想の改正には強く異論を唱える、ということが珍しくありません。しかし、実はその思考様式は、実務経験が生み出したというより、最初に受けた法学教育で植え付けられていることが多いのです。その意味でも、民法典がどのように編成され、教育がどのように行われるかは、通常考えられているよりはるかに重要なことであると思います




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